王都ナンティーヌ
盗賊の来襲があった翌朝。アリは本当に怖いところは両親が見せなくしていたが、それでも怖かったようで、食事をする際もあまり言葉を発していなかった。
向かう方向が反対のため、家族連れ、そして馬車と護衛達とその場で別れ、再び王都ナンティーヌに向け歩き出す4人。
途中の村付近で、交替で仮眠を取った後は特に問題なく王都に到着する。
「流石は王都。城壁の高さだけでなく、街の規模が違うな」
遠目から見えてくる王都の姿に驚く仲間達。城壁より上に飛び出して見える塔の高さにも驚いているようである。
「ルナは見慣れているのか?全然驚いていないじゃないか?」
前世でのコンクリートジャングルに慣れてはいるが、この世界でも商人の両親と一緒に王都を見た記憶がある。
「まぁね」
「流石だね」
城門の入口検査では、護衛依頼で通って来たジュリヨンやラガレゾーのときと勝手が違う。護衛のときには商人が自分の身分証を見せて荷物に応じた通行税を支払っていた。同行の冒険者達も念の為に身分証を見せることもあったが毎回や全員ではなかった。
今回は護衛依頼では無いので、検問では自分達の冒険者の身分証を見せるしかない。ただ、冒険者が優遇されているためか通行税を取られずに済む。何をチェックされているのか、何かの魔道具を使っている気配もないため、衛兵だけが知る何らかの形状やマークがこっそりあるのかと思ってしまう。
日頃の交通量は分からないが、今日の出入りのどちらも膨大な数であり、門の衛兵の数も増やしているのかもしれないが、かなりな待ち時間になってしまった。
「やっと解放されたな。とりあえずは冒険者ギルドか?ルナの目的のところに行くか?」
「まずは盗賊の装備の売却かな。彼らの冒険者の身分証もあったから報告も兼ねて、まずはギルドね」
魔の森にも近いのでそれなりの数の冒険者が居たはずの港町ワイヤックより、王都の冒険者ギルドの建物は大きかった。
「流石はナンティア王国の冒険者ギルド本部。これくらいは大きくあって欲しいな」
「アルは何を言っているのか」
変な感想を述べる仲間を放置して建物に入ると、昼間なのに居る冒険者の数に驚く。
酒場、掲示板、受付など、どこでも必要なものは同じはずであるが、その数や規模が違う。
「じゃあ、まずは受付ね」
受付の列に並んで、順番になったときに盗賊達から入手した身分証を差し出す。
「そうでしたか。確かに冒険者には誰でもなれるので、盗賊でも身分証を持つ者がいるのはあり得ますね」
子供のときから盗賊になりたい者など普通はいるわけがなく、誰でもなれる冒険者で頑張ってみるが、成功できずに仕方なく盗賊になってしまった者も多いのだろう。
「こちら頂戴した4つの鉄級冒険者の証、いずれも昔にこのナンティーヌで発行した物と確認されました。抹消もされていないので、何らかの依頼達成などを続けていたのかと」
十数人の規模で行動していて、自分達が倒したのがこの4人であったことも説明する。
「皆さんの身分証をお預かりします。お見かけしない皆さんですが、登録拠点はどちらでしたか?」
「港町ワイヤックです」
「ナンティーヌに拠点移動をされますか?ワイヤックのままですと、あちらで登録抹消される懸念がありますが」
住所は未定であるし、この後の行動予定も立っていないが一旦は登録変更をお願いしておく。一定期間にギルドに貢献が無いと抹消される仕組みを踏まえると、念のためである。
「え?」
しばらく待って渡されたのは銅製の身分証であった。
「今から申し上げることは秘密事項ですので、銅級より上の冒険者以外に口外されないようにお願いします」
代表してやりとりしているミミに、小声で話してくる受付嬢。
「銅級昇格には戦闘力だけでなく裏条件があります。まさに盗賊などと対応する際に、人間相手でも萎縮せず実力を発揮するため対人戦の経験が必要なのです。皆さんはその旨を証明されたので昇格になります」
確かに振り返って考えると、ワイヤックの街では魔物相手のみであったのでその条件を満たす機会がなかったことに納得する。
「それと。噂を耳にされていると思いますが、今は情勢が非常にあやしくなっております。銅級以上の冒険者の方は、参戦に対する依頼募集にも応じることが可能になります」
「う。それは追い追いで」
最後に盗賊達の装備の処分場所と宿の紹介を受けたミミに入れ替わり、ルナリーナがジュヌシー伯爵家、つまりジョフレッドの屋敷の場所を確認する。
そして盗賊達の装備を売却し、屋台で昼食を済ませた4人。
「じゃあ、宿に行くか?それとも早速、そのルナの目的のところに行くか?」
「どんな用か分からないけれど、一般の冒険者が貴族様の屋敷に泊めて貰えるなんて思わないから、まずは明るいうちに宿を確保するべきかな。それに、訪問してもすぐに会えるとも限らないし」
「じゃあ、まずは1泊分の確保をするか」
途中で経由したジュリヨンとラガレゾーの宿とそれほど質は変わらないようなところを選んだはずであるが、物価の問題か、食事をつけない2人部屋でも、2人分で銀貨を超えてしまう。
「この王都に拠点を構えるならば、しっかり稼ぐあてを作らないと生きても行けないんだな」
「スラム街に落ちていくか、盗賊になるか……」
「ミミ、怖いことを言わないでよ」
「ごめん、ごめん。じゃあ、買い出しも行っておく?先に貴族様の屋敷に行く?あ、私たちは一緒に行かない案もあるのだっけ?」
結果、暗くなってから訪問するわけにも行かないので、荷物を宿に残すことなく4人でジュヌシー伯爵家の屋敷に向かう。
「ですから、こちらをご覧ください。呼ばれたのですよ」
貴族の屋敷が並ぶ区域は王都の中なのにさらに城壁と城門で区切られており、門には衛兵が立っていた。見るからに若い冒険者4人に貴族との縁があると思えない衛兵に止められたのである。
「これは、確かに伯爵家のメダル。まさか盗んだのではないだろうな!」
「な!そんなに不安ならば、屋敷の門までついて来てくださいよ」
本物である可能性もあるため、衛兵もそれ以上は強引に追い返すことはせず、屋敷まで同行する方を選んだ。
「なんだ、お前達は?」
伯爵家の門番の方が王都の衛兵よりも立場が上のようなのも不思議な感じであるが、事実を受け入れるしかない。
「この4人がこちらのメダルを持参しておりましたので、貴族街の入口では追い返すこともできず」
「何?見せて見ろ」
ルナリーナが両手で落とさないように丁寧に持って、門番に見せる。
「まさか!いや、しかし」「お前、エルヴォン様に相談して来い」
門番が別の若手に指示しているようである。
「確認をしますので、しばしお待ちください」
本物の可能性が出て来たからか、門番の口調が変わる。
「馬車どころか馬にも乗らない冒険者風情4人が、この伯爵家のメダルだと?」
門からかなり離れた建物から、いかにも執事らしい姿の白髪の男性が、走って行った若手門番と一緒に戻って来る。
金属の網状の扉を開けないまま、庭の側からこちらと話すつもりのようなので、再びルナリーナは両手でメダルを見せる。
白手袋をした手で取り上げてメダルを確認した、おそらくエルヴォンという名の執事らしい男から聞かれる。
「どこで入手した?」
「ジョフレッド様からのお手紙で頂戴しました」
「何?いや、出まかせでその名前は出せないな。その手紙も見せろ」
手紙自体を封筒に入れたまま両手で差し出すルナリーナに対し、それも片手で雑に取り上げるエルヴォン。
「ん?漁火?何のことだ?」
「で、急ぎ王都に来て欲しい ジョフレッド、だと。ここにメダルが同封されていたのか?」
頷いで返事するルナリーナを見て、ため息をつく男。
「まったく。封筒の外に名前を書かず、中でも家名も書かず、封蝋に紋章も使わない。それだけの判別はあったようだが……」
「確かに綺麗な顔をしているが。どこで引っ掛けられたんだ?どこの街の娼館だ?ん?」
「いえ、5年前に海で」
「何!そうか。はぁ。分かった……連絡先、そうだな、宿だな?うん、その場所をそこの門番に伝えておけ。明日にでも誰かが向かうだろう」
途中から頭を下げたままのルナリーナと違い、後ろに控えていたミミの顔色を見て宿にいることを認識したエルヴォンは、言うだけのことは言ったつもりなのか背を向ける。
「これは悪用しないように、預かっておく。ここに到着する目的ははたしたのだからな」
意味が分からない状態ではあるが、まずは自分達が確保した宿の場所と名前を門番に伝える。
余計な会話もないまま、貴族街の入口まで再び衛兵が付き添って移動する。
「お前達の発言はどうやら本当だったようだが、それ以上は聞かないでおいてやる」
聞かれても答えられないのだが、とりあえず別れ際の衛兵の発言に頭を下げて、貴族街を離れていく“希望の灯火”の4人。




