王都の手前
ラガレゾーの街から王都ナンティーヌへ徒歩で移動している“希望の灯火”の4人。
「昨夜に一緒だった人達とは完全に離れてしまったわね」
「そうだな。荷馬車は先に行ってしまったし、家族連れの大八車は俺達よりだいぶ後ろの方を進んでいるんだろうからな」
「結局、居なくなった男2人は何だったのかな」
「ま、気にしても仕方ないよ。これだけ平坦だと、明るい昼間に襲われることはあまりないと思うから、夜に気をつけよう」
夜の睡眠時間が半分で少ないので、途中にあった街道沿いの村の近くで交替で仮眠をとりながら進む。
その夜もさらにその翌日の昼間も何事も無く順調な移動となり、明日には王都に到着するはずの野営場所。
「昼間は何事もなく済んだな」
「まぁ、王都に近づいているんだし、普通は治安が良い場所のはずなんだけど」
「ただ、あの様子じゃ、俺達も疑いの目で見られている対象なんだろうな」
今夜も街道沿いの広い場所で野営をするためにかまどに火を起こしていたところ、少し高そうな馬車とそれの護衛っぽい騎馬の集団がその場所にやって来た。貴族っぽい紋章が付いた馬車ではないので、豪商の家族でも乗っているのだろうか。それに対する護衛は御者台の2人以外にも騎馬が5人。
この野営地に先にいた自分達にも、警戒を緩めない感じで見られているのを感じる。
「まぁ仕方ないよ。ラガレゾーの街で聞いた噂通りならば、今は警戒するに越したことは無いのだから」
「って、ルナのその状態で言われても」
この野営地には他に親子連れが来ていて、4〜5歳くらいの女の子が居た。そのアリと名乗る子供が、ローブ姿でいかにも魔法使いの格好であるルナリーナに懐いているのである。
「ルナお姉ちゃん、また水を出してよ」
「アリ、そんな無茶ばかり言うんじゃありません!」
「えー」
「あ、大丈夫ですよ。そのお鍋にでも入れましょう」
ルナリーナは、左手に魔導書を開いて、右手で魔法発動体の長い杖を突き出して魔術語を唱える。
「dedicare-decem、conversion-attribute-aqua、aqua-generate」
詠唱に合わせて杖の先に浮かんだ水色の魔法陣から、その家族が料理のために取り出していた鍋に向かって水が注がれる。
初級水魔術≪水≫である。
ルナリーナにすると、前世のオタク感覚でコスプレをしながら本当に魔法陣を作り出して水を生成している自分に酔っている感じである。それを小さな女の子が素直に賞賛してくれているのである。
孤児院で魔法の練習をしていたときでも、魔法の発動においてこのような大袈裟なことは不要ということをばれてしまった後は、ルナリーナの趣味であることを冷めた目で見られていた。
「お姉ちゃん、すごい!」
「そぉ?えへへ」
「ルナ……」
女の子とその家族だけは驚いてくれるが、仲間達は呆れている。
その家族からは食材の提供を受けて、ボリスが7人分の料理をすることになった。
「私、ルナお姉ちゃんの隣!」
“希望の灯火”の4人は孤児院の育ちであるので、小さな子供の扱いは慣れたものである。火傷しないように、冷ましてからスープをスプーンで食べさせているルナリーナとミミ。
「すみませんね。魔法使いの方なんて珍しいので」
「まぁ本人も楽しんでいますから」
「私達、田舎の村に帰るところなんです。駆け落ち同然に王都へ出稼ぎに来ていたのですが、父が倒れたようで孫を見せるように母から手紙が来まして」
「それは」
「ちょっと悩んだのですが、変な噂も流れて来ましたし、王都も怪しい空気になったので良い機会だと、アリを連れて帰ることにしたのです」
「やはり王都でも噂が?」
「はい、ヴィリアン王国が南下して来ているとか」
「そうですか」
「皆さんは逆に王都に向かわれるのですよね。お気をつけてくださいね」
「ありがとうございます」
昨夜は野営の見張り当番が前半組であったアルフォンスとルナリーナ。今日は後半組である。
「あっちの護衛達、7人もいれば3交替なのかな。うらやましいな」
「そうね。私達も冒険者パーティーの人数が増えれば考えられるのだけど」
「うーん。人数が増えるとそれだけ取り分が減るだろう。じゃあそれだけたくさんの獲物を狩らないとダメだからな」
「でも、5〜6人くらいのパーティーは普通じゃないの?うちは少なめかな」
「俺達“希望の灯火”は、ルナの魔法を中心に組まれたパーティーだからな。治療、遠距離攻撃、最近では荷物持ち、全てルナにして貰っているし」
「はっきり言うわね」
「まぁ、頼りにしていますよ。で、人を追加するとしたら何が得意なのが良いのかな。弓矢とか?」
「剣士?」
「それは俺達の居場所が……」
「まぁ、急に人が増えても仲良くできるか分からないわよね。今の4人は孤児院で数年一緒に暮らした背景もあるし」
開けた平原の野営地ということで油断して雑談をしていたアルフォンスとルナリーナ。
「敵襲!」
馬車の護衛の方から聞こえた声に驚く。さらに、その護衛は空の鉄鍋をかき鳴らして仲間達を起こしにかかっている。
自分達も慌てて仲間を起こす。
「ルナ?どうしたの?」
「敵襲らしいの」
寝巻きに着替えて寝るわけではないので、近くに置いていた武器を手に取り起きてくる仲間達。
同じく騒がしさで起きて来た親子達。
「アリちゃんはお父さん達と一緒にそこに居てね」
寝ぼけた感じの子供を両側から抱きしめる両親は怯えた顔である。
「何があったのでしょうか?」
「おそらく盗賊か何かなんでしょう。私達もまだ詳しくは」
そう話していると、火のついた矢が野営地にいくつも飛び込んでくる。
「ミミ、ルナ。俺達の後ろに」
ボリスがアルフォンスと共に盾を構えて野営地の外側に身体を向ける。
ルナリーナ達はかまど側にいる親子を守るように周りを警戒する。
「来たぞ!」
野営地でも少し離れたところで、別のかまどを構えていた護衛達。護衛対象は食事のときも含めて馬車から降りて来ていないので、今も馬車の中なのであろう。
その護衛達が各々の得物を手に、近寄って来たバラバラの格好の男達と戦闘に入る。
「こっちにも来たぞ」
アルフォンスの発言の通り、馬車に向かった人数よりは少ないが、こちらの人数より多い6人が剣を振りかざして接近して来る。
「ルナ!」
流石にこのタイミングで魔導書を開くパフォーマンスをする余裕もないので、人差し指と中指の2本を突き出す指鉄砲の形をした右手を突き出しながら無詠唱で魔法を発動する。
「うぉ!」
「うげ!」
確実に当てるために胴体を狙ったのだが、その無属性魔法の≪矢≫を胸にくらった先頭の男達は、下品な声を漏らす。
「魔法使いから狙え!」
「させるかよ!」
ルナリーナに近づこうとする男達にアルフォンスがブロードソードを振り回す。当てるためというより追い払う感じである。
ただそれで時間が稼げた間に、≪矢≫を追加で発動して行く。
敵6人ともに≪矢≫を1回ずつは当てた頃には、ミミからの投げナイフも刺さりだし、さらにボリスのヒーターシールドを前にした体当たりも行っている。
総当たりになる前に、≪火炎≫も発動して敵を怯ませる。
「こいつら手強いぞ!」
「うるさい!力押しだ。人数はこっちが多いんだ」
ミミもナイフを投げ終わったところで、左手にダガーを持ちながら、右手のショートソードでの攻撃を開始する。
人数の多さを活かしてまわり込もうとした男に対して発動した≪矢≫が、側頭部に当たったようで、そのまま倒れ込んでいる。
「まだやる!?」
ミミが敵を牽制するが、気合いを込める叫び声をあげて剣を振りかざしてくる男達。
その隙ができたところで、前方の2人の顔に≪矢≫を発動して勢いを削ぐ。そのままアルフォンスとボリスが各々のブロードソードとロングソードで切り掛かる。
「ふぅ。あっちも何とか片付いたようだな」
「だったらこっちを手伝ってくれても良かったのに」
自分達の方に来ていた盗賊6人は息があるのが2人。4人は死亡していた。
それぞれから武器や懐のものは回収した上で、息のある2人は縛り付けておく。
ボリス、アルフォンスがそれぞれ負った怪我も回復魔法で治療するが、それほどの大怪我は無かった。
「助かりました。ありがとうございました」
落ち着いてからようやくのお礼であるが、娘アリに怖いものを見せないために両親で抱きしめていたのだから理解できる。
「アリちゃんにはあっちに行っておいて貰いましょう」
「はい、ありがとうございます」
ミミがアルフォンスを連れて、馬車の方に向かう。
「こちらは6人の襲撃で、2人はまだ息があります。何か聞きたいことがあるならば、延命措置を行いますがどうしますか?」
「ほぉ。大した怪我もしていないようだし、なかなかの腕だったのだな。そうだな、一応生かしておいて貰えるかな。こちらの奴がろくな情報もなかった場合のために」
「わかりました」
戻って来たミミの指示で、生きている盗賊2人の傷を治療するルナリーナ。下品な言葉で叫ばれても面倒なので猿轡はしたままである。
「こちらの生き残りは大した情報を持っていなかった。そちらの盗賊を貸して貰えるだろうか?」
「近くに小さな子供がいますので、尋問などはあちらの方でお願いできますか?」
「ふむ。了解した」
護衛達が猿轡をしたままの2人を連れて行ったことで、身近にいるのは仲間4人と親子3人だけになる。
ホッと気が緩んだ際に、改めて人を殺した実感が湧いてくる。
「なぁ……」
「そうね……」
今までにも人型の魔物、ゴブリンやオークなどを殺すことはあった。前世の創作物語で登場人物がそこでショックを受ける表現も読んでいたので覚悟していたが、そのときには通常の獣を倒したときとの違いはなかった。
仲間達も特にショックを受けた感じはなかった。
しかし、今度は普通に言葉も喋る人間である。相手は襲ってきた盗賊であり、そのままでは自分達が殺される話であり、前世で言うところの正当防衛が成り立つ条件ではある。
それでも人を殺した事実は変わらない。
『こちらの世の中では人の命は思ったより軽くて安いって実感するときは多かったけれど……』
色々と考え込んでいるところに、向こうの護衛隊長らしき人物がやって来て話だす。
「先ほどの2人、こちらに引き取らせて欲しい」
「え?」
「今回の襲撃、どうも我々を狙ったものだったみたいだ。最近の情勢での盗賊のふりをしていたが。その情報を持つ者達を他人に預けるのは……」
「そうは言っても」
「分かっている。このまま街などに連れて行けば、犯罪奴隷として売却することができるだろう。一般的には1人が金貨1枚というのが相場だから、迷惑料も込めて金貨3枚を支払う」
「彼らの装備は我々が貰ったままで良いですよね?」
「あ、あぁ。これが代金だ」
貰った金貨を確認して頷くミミ。
ルナリーナは人の命が金貨1枚、つまり100万円程度であることを改めて考えてしまう。
護衛達が離れていった後。
「奴隷への売却って儲かるんだな。こいつらも殺さなければ良かったかな」
「そんな余裕はなかったでしょう?」
人殺しのショックから逃れるために、アルフォンスがわざとおどけているのは分かる仲間達は軽口に乗っかる。
装備類を一通り取ったことを改めて確認した後は、その死体も引き取ると言っていた護衛達の方にボリスとアルフォンスが引き渡してくる。
「お疲れ様。夜が明けるまでそんなに時間もないだろうけれど、少しでも寝ておこうか」
本来は寝る番だったボリスとミミが横になる。
「銀貨が75枚か。あいつらの武器も処分したら金貨1枚ずつぐらいになるかな」
「そうね」
「ルナは何に使う?」
「明日には王都に着くのだから、魔道具屋で何か見つかると良いのだけど」
人殺しのことを思い出さないように雑談を続けて気を紛らわす2人であった。




