第5話「薬草探し」
朝の空気は澄んでいて、遠くに見える山々が青く輝いていた。
街の喧騒が徐々に遠ざかり、代わりに自然の穏やかな音が耳に届く。
鳥のさえずり、草花の葉擦れの音、そして自分の足音が静かなハーモニーを奏でていた。
目指すは街から数刻ほど歩いた場所にある綺麗な池。
そこに生える薬草「月影」を採取するのが、冒険者としての初めての仕事だった。
街道を歩きながら、時折すれ違う馬車や商人に会釈をしながらレイは道を進めた。
池は街道沿いにあるため、道に迷うことはない。
街道は石畳が敷かれ、左右には木々が生い茂っている。
時折吹く風が、レイの顔を優しく撫でていった。
彼はその道を歩きながら、師匠と一緒に森で薬草を採取していた日々のことを思い出していた。
『レイ、薬草を採る時は自然に感謝するんだよ。薬草たちも、私たちの力になってくれる大切な命なんだからね』
師匠メイベルのその言葉が、今でも心に残っている。
レイは自然に感謝しながら、心を落ち着けて目的地へと歩を進めた。
◇
草原のような景色だったところが、少しずつ木々が増えてくる。
目的地である池はすぐそこだ。
澄んだ青い水が朝の光を受けてキラキラと輝き、周囲には綺麗な草花が一面に広がっている。
風が吹くたびに、水面に小さな波紋が広がり、植物たちがささやくように揺れる。
その風景はどこか懐かしく、心が落ち着くような気がした。
「さて……月影は、どこにあるかな」
レイは池のほとりに膝をつき、地面に生える植物たちを注意深く観察した。
ヨモギのような葉を持ち、光を受けると銀色に輝く――それが「月影」の特徴だ。
しかし、見た目がそっくりな毒消し草も同じ場所に生えているため、慎重に見分けなければならない。
「(まずは魔法で大雑把に見分けるのがいいかな)」
レイは手をかざし、魔導言語で小さな呪文を唱えた。
『灯火の魔法、フィアラ!』
そう呟くと、淡い光がレイの手のひらから広がり、目の前の植物たちが照らされる。
もしそこに月影があるのなら、淡く銀色に光るはずだ。
「……あった!」
レイは目を輝かせながら、銀色に光る草を見つけた。
葉の形状や色も間違いない。
それは確かに、師匠と一緒に何度も採集した薬草だった。
慎重に月影の根元を掴み、根っこごと丁寧に引き抜く。
薬草を傷つけないように力加減を調整しながら、月影を採集袋に収めた。
「よし、これで一つ……」
依頼には最低1本、あれば5本ほどとの記載があった。
レイはさらに周囲を見渡しながら、次の月影を探し始めた。
「……あれは、毒消し草か」
草花の中に、月影と見た目がよく似ている毒消し草があった。
レイは少し考えた。毒消し草は確かに薬としての用途があるが、今回は依頼されたものではない。
しかし、何かに使えるかもしれないと思った彼は、念のため採取することにした。
「(売れたら街での生活の足しになるかもしれないし、持っていても損はないよね)」
レイは毒消し草を慎重に引き抜き、月影を入れているものとは別の採集袋に入れた。
薬草はどんな形で役に立つかわからない。そう教えてくれたのも師匠だった。
毒消し草は薬としての価値もあるが、使い方を間違えれば害を及ぼすこともある。
取り扱いには十分注意が必要だ。
毒消し草を何本か採取したレイは、また月影の探索に集中した。
◇
ふと、池のほとりを歩いていると、レイの目に不思議な植物が映った。それは見たことのない形状をしていて、レイが魔法で放っている光に反応し、葉が虹色に輝いているように見えた。
葉は長く細やかに分かれており、虹色の光が微かに揺れていた。
葉脈が複雑に絡み合い、光の角度によって色が変わるため、まるで葉そのものが生きているようだった。
さらに、その植物の先端には小さな花が咲いており、花弁はガラス細工のように透明で、光を受けると淡い七色の輝きを放っていた。花びらの先には小さな露が宿り、レイの放つ魔法の光を受けて宝石のように輝いている。
「……なんだ、これ?」
レイは目を丸くしてその草を見つめた。
師匠と一緒に薬草の研究をしていた時も、こんな植物は見たことがなかった。
興味が湧き、レイはそっとその植物に近づいた。
「(一応、魔法で性質を調べてみよう)」
『判別の魔法、サルヴィス!』
再び手をかざして別の呪文を唱えた。
サルヴィスは自然属性と光属性の性質を合わせた魔法で、物や植物が毒を持つかどうかを判別することができる。
魔法を唱えると、植物は不思議な虹色のオーラを放った。
それは毒がある時の反応ではなく、見たことがないものだった。
「(癒しの力とも違うし、毒でもない……なんだろう?)」
そのオーラはどこか神秘的で、優しいエネルギーをまとっているように感じられた。
まるで自然そのものが祝福しているような穏やかさがあり、レイは不思議な気持ちを抱きながらも、慎重にその植物を採取することに決めた。
「もしかしたら、貴重な薬草かもしれない……」
レイは丁寧に根元を掴み、慎重に引き抜いた。
手の中に収めたその薬草は、まるで生きているかのように微かに光を放っていた。
どんな効能があるのかはわからないが、師匠に教わった知識を総動員しても思い出せない植物だ。
「(ギルドに持ち帰れば、誰かが教えてくれるかもしれない)」
レイはその希少な薬草を大切に採取袋に入れた。毒消し草と月影で袋を使い切ってしまっていたため、月影と同じ場所にしまう。きっと問題ないだろう。
自分の知らない植物を見つけたことで、少しだけ興奮が胸に湧き上がったのだった。
◇
「これで十分かな……」
月影と毒消し草、そして見たことのない希少な薬草を採集袋に収め、レイは満足そうに頷いた。
初めての冒険者としての仕事が無事に終わったという達成感が胸に広がる。
少しだけ疲れたが、それ以上に心地よい達成感があった。
「さて、街に戻ろう」
立ち上がって辺りを見渡すと、池の水面が静かに揺れていた。
ここでの穏やかな時間が、レイに勇気を与えてくれたような気がした。
自分はまだまだ小さな存在かもしれないが、少しずつでも前に進んでいる。
その事実が彼にとって大きな支えになっていた。
レイは採集袋が入ったカバンをしっかりと確認し、街道から帰路へと歩き出したのであった。