第4話 「冒険者登録」
朝の光が差し込み、レイは宿屋のふかふかの布団から起き上がった。
まだ眠気が少し残っていたが、街の喧騒が徐々に活気づき始め、否応なく目が覚めた。
昨夜は初めての街の生活に戸惑いながらも、柔らかい布団と温かい食事でぐっすりと眠ることができた。
「今日は……ギルドか」
自分に言い聞かせるように呟いたレイは、少しだけ緊張した。
昨日ガルシアが別れ際に「明日冒険者ギルドに登録しにいくぞ」と言っていたのだ。
冒険者になることで、いろんな街に行ったり、仕事を見つけたりするのが簡単になるという。
ギルドに登録し、冒険者としての生活を始めることは、師匠探しの第一歩でもあり、自分を成長させるための大事な試練だと思った。
だが同時に、初めての経験に不安が混じっていた。
宿屋を出ると、ガルシアが入口で待っていた。
彼は陽気に手を振りながら、「さあ、坊主、行くぞ!」と声をかけてくれた。
その明るさにレイの緊張も少し和らいだ。
「おはようございます、ガルシアさん」
「おう、よく眠れたか? 今日は冒険者ギルドに行くぞ。稼げるだけじゃなく、きっと生きていくための経験も積める」
レイは頷きながらも、心の中で不安が消えないのを感じていた。
冒険者という響きに胸が高鳴る一方で、自分が本当にその世界でやっていけるのかという不安が押し寄せてくる。
無加護者としての自分にできることは限られているはずだ、と。
「大丈夫だ、レイ。無理をしなくても、少しずつ経験を積んでいけばいい」
ガルシアはレイの肩をポンと叩いてくれた。
その大きな手のひらは温かく、心細さをほんの少し和らげてくれた。
◇
冒険者ギルドは街の中心に位置する大きな建物だった。
人々が忙しそうに行き交い、ギルドの出入り口からはたくましい冒険者たちが装備を整えて出ていく姿が見える。
中には、鎧を身に着けた戦士や、ローブをまとった魔法使いなど、さまざまな姿の人々がいた。
「ここが冒険者ギルド……」
レイは目を見開きながら、緊張で喉が乾くのを感じた。
ガルシアに促され、彼は一歩ずつ慎重にギルドの中へと足を踏み入れた。
ギルドの内部はさらに活気に溢れていた。
大きな掲示板にはさまざまな依頼が貼られており、それを取り囲む冒険者たちの声が飛び交っている。
笑い声、怒号、交渉の声が入り混じり、まるで一つの巨大な生き物のように動いている空間だった。
冒険者たちが武器を磨いたり、仲間と作戦を話し合ったりする様子も見える。
「さあ、坊主。まずは冒険者として登録しないとな」
ガルシアはレイをギルドのカウンターへと連れて行った。
そこには、落ち着いた物腰の女性が立っており、忙しそうに書類を整理していた。
彼女はレイとガルシアに気づくと、にっこりと微笑んで迎えてくれた。
「あら、いらっしゃい。今日はどうしたのかしら?」
レイは緊張で言葉が出てこず、しどろもどろになってしまった。
背中に汗が滲むのを感じ、手が震えていることに気づいた。
初めての場所、初めての登録……考えれば考えるほど緊張が募っていく。
周りの冒険者たちが興味なさそうに目を向けるが、すぐに自分の会話に戻っていく。
それでもその一瞬の視線がレイには重く感じられた。
「ほら、落ち着け。大丈夫だ」
ガルシアが優しく声をかけてくれる。
その言葉に、レイは少しだけ勇気をもらい、なんとか口を開いた。
「え、えっと……冒険者の登録を、したいんです」
女性は優しい眼差しでレイを見つめ、「名前を教えてくれるかしら?」と尋ねた。
「……レイ、です」
「レイね。初めての登録ね。年齢は?」
「……10歳、です」
その場が一瞬静まり返った。
冒険者ギルドは通常、12歳以上でなければ登録できないことが規則となっている。
近くにいた冒険者たちのいくつかがこちらを見て、興味深そうに囁き合う。
「10歳? ずいぶん若いじゃないか」
「あの子、本当に冒険者になるつもりか?」
レイはその静寂と囁きに耐えきれず、顔が赤くなって俯いてしまった。
しかし、ガルシアはすぐにその場を和ませるように笑った。
「この子は、俺が保証するよ。ちょっと田舎育ちで世間知らずだが、芯はしっかりしてる。冒険者の世界で一人前になる資質があるんだ」
レイは顔を真っ赤にしながら、それでも必死に女性を見つめた。
自分がこの世界で生きていくために、勇気を振り絞っているのだということを伝えたかった。
女性は口元に指を当て、「うーん……」と少しだけ考えた後、優しく微笑んだ。
「大人の補助という名目なら、10歳でも仮登録ができるわ。ガルシアの手伝い……という形でね。いいかしら?」
レイはその言葉に驚き、思わず顔を上げた。
「いいんですか!?」
女性は頷く。
「もちろんよ。あなたがしっかり学んで成長していけば、きっと立派な冒険者になれるわ」
その優しい微笑みに、レイはどうしようもなく救われた気がした。
カウンターでの手続きが進む中、レイは次第に緊張から解放されていった。
女性は登録用の書類を準備しながら、優しく話しかけてくれる。
「レイ君、冒険者になるということは、責任を持つということよ。危険なこともあるけれど、それを乗り越えていく力が必要になるわ。自分を信じて、少しずつ頑張ってね」
レイはその言葉に、改めて自分が冒険者の一員になるという実感が湧いてきた。
緊張は完全には消えないが、それでも自分を奮い立たせる気持ちが心の中に芽生えていた。
「はい、頑張ります!」
その力強い返事に、ガルシアも満足そうに頷いた。
登録を終えると、レイには仮登録の証が手渡された。小さな木製のプレートには「レイ」の名前が刻まれていて、それを見た瞬間、彼は少しだけ誇らしい気持ちになった。
「さて、これでお前も冒険者だ。早速、掲示板を見に行くぞ」
ガルシアに促されて、レイは掲示板の前に立った。
そこには数多くの依頼が並んでいる。獣退治、薬草採取、護衛任務――どれも彼にとっては未知の世界だ。
森で出会う魔物と戦うことはあったが、自分の能力がどれほどのものなのか、彼は分かっていなかった。
周りでは冒険者たちが依頼を選びながら、楽しげに話している。
中には仲間同士で冗談を言い合う声も聞こえる。
その光景を見て、自分もこんな風に笑い合える日が来るのだろうかと、少しだけ憧れた。
「最初は無理をするな。簡単な薬草採取とかがいい。危険の少ないものから始めて、少しずつ経験を積むんだ」
レイはその言葉に頷き、初心者向けの依頼をじっと見つめた。自分ができることを、できる限りやってみよう――その決意が胸に芽生えた瞬間だった。
「……これならできるかな」
小さな声でそう呟きながら、レイは一つの依頼を指差した。
それは近くの池のほとりで薬草を採取するという簡単な任務だった。
彼にとっては初めての仕事であり、同時に成長への第一歩だ。
「いい選択だ。さあ、これからが本番だぞ」
ガルシアは満足そうに笑い、レイの背中を軽く叩いた。
その重みが、不思議と安心感を与えてくれた。
レイは自分の心が期待と不安で満ちているのを感じながら、それでも前を向いて歩き出した。
こうして、彼の冒険者としての新しい生活が幕を開けた。