4月20日 晴れ 吹田の楽しみ
浪人生は、学生でも社会人でもない人間である。
大半の人が良い印象を持たない「勉強」に1年間向き合うことは、若干10代後半の人間には精神的に苦痛だ。
それこそ何か楽しみがなければ…
満開に咲いた桜も散り、アスファルトに踏みにじられた花びらが怨念のようにこびりつく春。
新しい制服やスーツを恨めしそうに見ながら、吹田はいつもの拠点、県立の図書館に向かっていた。
県立の図書館は坂の途中にあり、春先だというのに汗がにじむ。
もちろんこの坂を上るのは、来年に控えた大学受験を突破するため、勉強に勤しむのが目的だ。
だが正直、吹田は一日の大半を勉強に集中できるほど、精神的に強い人間ではなかった。
友人のいない吹田にとって、一足先に友人が大学生や社会人になり、劣等感に苛まれることは決してなかったが、運動のためにとこの図書館を選択したことを今更後悔していた。
そう、彼らと出会う10日前までは…
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吹田はいつもの席に着き、勉強を始めた。
『今日は古文の単語からはじめるか…』
まだ真新しく、新しい本のにおいがする単語帳を開き、勉強を始める。
『まったく昔の方は、和歌という遊びのために自分の教養を高めるとは、なんとも羨ましい時代だ。』
単語帳の例文を見ながら、1000年以上前の人間に嫌味を垂れ流す。
なぜ1000年前の言葉を学ばなければならぬのだ、という万人の思いは4月10日までに言い尽くした。
吹田はすでに次のステージに至っている。自分で使える時間ならいくらでもあるのだ。
古文の単語暗記 7割、突っ込みという名の嫌味 3割で勉強を進める吹田。
ついに例文で<ラブレター和歌>が紹介され、露骨に心の中で盛大に嫌味を吐露しようとした時、
男子大学生2人が吹田の隣の席に迷わず座ってきた。
吹田の楽しみが、今日も音もなくやってきた。