幕間1 (SIDE:アルバート)
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「――殿下、ご気分はいかがですか?」
「もう大丈夫だよ。ありがとう、エリオット兄さん」
王宮内にある自室のベッドに腰掛けたアルバートの手首の脈拍を測りながら、エリオットはほっと安堵の息をつく。
顔に苦悶の色を浮かべていた昨日が嘘のような今の穏やかな表情からも、アルバートの言葉が嘘ではないことが読み取れる。
「薬もエリオット兄さんの加護の力も効かないなんて、厄介だよなー。アルも運がない。月の乙女が雲隠れしちまうなんてさ」
「……アレックス、口の利き方に気を付けなさい。不敬ですよ」
2人のすぐ傍らに控えていたアレックスの、あまりに気安く無礼な言葉を看過できずにエリオットが嗜める。
幼少期から共に育ってきたとは言え、次期国王であるアルバートの身分を鑑みれば線引きをするのは当然だ。
「私は構わないよ。公務中でない今は咎める人もいないし、アレクは一番歳が近い兄弟のようなものだからね」
「殿下がそのように甘やかすから、アレックスが調子に乗るのです」
「ひっでー! エリオット兄さんもルシアン兄さんも、俺にだけ厳しすぎるんだって!!」
「ははっ。……だが、私に運がないのはその通りだよ。でなければこんなハンディキャップを背負うことにはならなかったのだから」
そう言うとアルバートは今はもう痛みのない、星紋のある自身の左胸に手を当てた。月の乙女が現れた最初の満月から、これで三度目になる。
(この先あと何度繰り返さなければならないのかと想像すると、満月の訪れが怖くなるな――――)
アルバートが表情を曇らせたのを見て、エリオットはアレックスに「君のせいですよ」と咎めるような視線を投げる。
その視線を受けて「え、俺のせい!?」とアレックスが自身を指指すと、間髪入れずにエリオットに頷かれたので「まじか……」と小声で呟いたアレックスは、気まずい空気を払拭するために話題を変えることにした。
「――ま、まぁ月の乙女はともかく、一体ルイスは何をやってるんだ? 2ヶ月も手がかり1つ掴めないなんてさ」
「……ルイスを責めたら可哀想ですよ。加護の力があるとはいえ、この広い国の中から1人の女性を見つけ出すという無理難題を押し付けられているのですから」
瞬間移動ができるルイスは人探しには適任だ。
馬車で移動すると5日はかかる場所でも一瞬で行くことができるし、立ち入りが困難な場所でさえ自由に出入りができる。
とはいえルイス1人に任せるのは無謀なので、各領主には王命で領土内に該当する女性がいないか調査を求めているのだが、見付かったという報告は未だ受けていない。
「ルシアン兄さんがカトリーナも捜索隊に加えると言っていたよ」
「えっ!? リーナに人探しをさせるのか!?」
「目に見える証拠が星紋しかない以上、兵を費やすよりも同性であるカトリーナの方が効率的だろうってさ」
「確かにカトリーナであれば女性の集まる場にも出入りしやすいですが……そうなると彼女の加護の力はあまり役に立たないのでは?」
「なら俺は賛成だ! 力を使わないに越したことはない」
「……まったくあなたって人は、どうしてそう単純なんでしょうね」
「そこがアレクのいいところじゃないかな」
幼い頃からカトリーナを一途に想い続けているアレックスは、彼女に加護の力を使って欲しくないのだ。
その気持ちを知っているアルバートとしてもカトリーナを捜索隊に加えることは避けたかったのだが、今のこの状況ではそうも言っていられない。
「私もアレクとお忍びで街に出る機会を増やそうと思っているけれど、王都にいる保証はないし焼け石に水だろうね」
「王都にいたらとっくに見付かってると思うけどな。自分が月の乙女だって気付いてないんじゃねーの?」
「そんなうっかり者はあなただけでしょう」
「……流石に私もそれはないと思うな」
「……い、言ってみただけだ! 本気で思ってる訳ないだろっ!!」
((思ってたな……))
貴族の令嬢であれば自身では気付かなくても侍女が気付くだろうし、太陽の王と月の乙女の物語を巷で溢れる恋愛小説のように夢見ている女性たちの夢を壊すようで申し訳ないが、歴代の月の乙女に市井出身の者はいないため恐らく今回も例外ではないと思っている。
ただ可能性は捨てきれないので、捜索対象から除外はしていない。
既に今の状況に前例がないのだから。
有力なのは下位貴族の娘で身分を気にして名乗り出られない可能性もあるため、ルイスには18歳の娘がいる子爵家と男爵家を重点的に捜索をさせている。
時間が経つほどに高位貴族の娘である可能性は低くなった。
王家との繋がりを逃すため、名乗り出ない理由がないからだ。
「偽物なら何人か来たんだけどなー。へんてこな星紋を描いて来てさ、あれは笑えたよ」
「笑い事ではありませんよ。全く……お咎めがなかったのが不思議なくらいです」
「どうせアルに嘘は通じないんだ。無駄な努力ってやつさ」
「まぁ、それはともかく……星紋のある場所は全員バラバラだからね。偽装のしようがないよ」
そう――星紋の場所は七人七様。
代々太陽の王はアルバートのように左胸にあるが、それは歴代の守護者も月の乙女も同様で知る者はごく僅かだ。星紋がどんな形で身体のどこに表れるのかを国が秘匿し続けてきたのは、こういった間違いが起きないためでもある。
月の乙女が持つ加護の力は時代によって異なると聞いているため、万が一あるべき場所に星紋があった場合にはそれが本物であるかどうか見た目ではアルバートにも判別ができない。
……いや、方法は1つだけある。
だが、できればそれはしたくない。それは最後の手段だ。
「はぁ……。俺もリーナと探しに行けたら良かったのになぁ……」
「守護者で自由に身動きが取れるのは、ルイスとカトリーナだけですからね。年若い2人に負担をかけてしまって申し訳ないですが、次の “会合” までに何か収穫があることを願いましょう」
「……そうだね」
月の乙女は―― “君” は今どこで何をしているのだろうか。
何か事情があって名乗り出ることができないのか、それともアルバートを王に相応しい器ではないと思っているから名乗り出たくないのだろうか。
(――会いたい。会って話がしたいんだ。君がどこの誰でも構わない。私を救えるのは君だけなのだから……)
アルバートは心の中で顔も名前も知らない月の乙女に懇願することしかできないもどかしさと、祖先である歴代の太陽の王たちのように名乗り出てもらえない自身の不甲斐なさを感じていた。
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