09 良い○○、悪い○○
結局、三軒の鍛冶屋をすべて当たる必要がある。
エミリーが調べてくれた情報を頼りに、リュードは農具を専門とする鍛冶屋を回っていく。当然、フレイベルを連れてだ。
一軒目は旧市街を出てすぐにあった。レグナンテスの街は川を挟んで大きく東西に分かれており、旧市街のある東エリアの鍛冶屋はこの一軒だけのようだ。農業エリアは西に集中しているので、こちら側にはそれほど需要がないのだろう。
まずはそこを調べる。
マーケットエリアにも近かったのもあり、鍛冶職人はパラズマが出現した話をすでに聞いていた。霊鳴石を農具の製作に使った覚えはないと言ったが、念のため確かめておく。
リュードは手近にあったマチェーテを手に持ち、霊気を込める。霊鳴石を使ったものなら、霊気に反応して光を放つはずだ。
だがマチェーテは反応せず、鏡のように磨かれた刃がわずかな光を跳ね返すだけだった。リュードは大人しくマチェーテを元の位置に戻す。鍛冶職人は「だから言ったろう」とでも言いたげな顔をしている。
この鍛冶屋ではなさそうだ。単に普通の金属でできたものを手に取っただけかもしれないが、かといって他の農具を一つずつ調べていくのは骨が折れる。こういう捜査は地道に調べていくものだが、深追いするよりはさっさと切り上げて次に行った方が良いこともある。
リュードたちは一軒目の鍛冶屋を後にした。西エリアに向かうため、川を跨ぐ大きな橋を渡る。
二軒目の鍛冶屋に着いたが、マチェーテをそもそも作っていなかった。どの店も同じラインナップというわけではないらしい。
三軒目、最後の鍛冶屋は他の建物から少しだけ離れた場所にある。リュードは走り鳥を道の脇に落ち着かせ、背中から降りる。フレイベルも同様にワゴンから降りて鳥から逃げるように小走りでリュードの後を追った。さっき蹴られたことをまだ気にしているらしい。
走り鳥を置いていく形になるが、彼らはギルドで特別な訓練を受けているため、乗り手が捜査や戦闘で離れている間に勝手にどこかへ行ってしまう心配はない。
その鍛冶屋は二階建ての構造をしており、実際に作業を行う工房は一階部分から少しはみ出るような形で配置されている。おそらくは一階が農具店で、二階が居住スペースになっているのだろう。店舗兼住宅というやつだ。
「ここが最後ですわね」
「ああ、これで何もなければ最初からやり直しになる」
「それは困ります、急がなくては」
「分かってる、早く済ませよう」
工房に人がいないのを確認し、リュードとフレイベルは一階の扉を開けて中に入る。予想通り中は鎌や鉈といった農具がずらりと並べられていた。リュードは店の奥へと進み、カウンターの向こうで椅子に腰かけて暇そうにしている店主に声をかける。四十代くらいの、細身だが筋肉質な男だ。
「ギルドから来ました」左手首の魔針盤を見せながら言う。「この店のマチェーテについて訊きたいことが」
「うちが売ってるのは農具だ。あんたたちが武器として使うようにはできてないよ」
ずいぶん突き放すような言い方だ。
「その農具が武器として使われた、という話をしに来ました」
リュードは改まった態度を崩さずに続ける。
「つい先ほどパラズマが発生し、その手にはマチェーテを持っていたという話です。飛び散った破片を調べた結果、ここで作られた物である可能性が高い」
「なぜそんなことが分かるんだ?」
「マチェーテは霊鳴石でできていました」
霊鳴石、という言葉に店主の眉がぴくりと動いたのを見逃さない。
「霊鳴石は魔力、霊気、エーテルなどに反応する特殊な金属です。例えばこれに霊気を送ることで自在に操る技術があります、このように」
リュードは店主の背後の壁に掛けられていた鎌に手を伸ばした。シックルという片手サイズの鎌の金属部分が淡い光を宿しながら浮きあがり、店主の顔の横すれすれを通り抜けてリュードの手に収まる。
一拍遅れて店主が驚いた顔をした。
「さて本題」リュードは鎌をカウンターに置いた。「ここのマチェーテを誰に売ったのか、教えていただきたい」
「客のことは簡単には話せないなあ。それに霊鳴石を使った農具なんて他の奴も作ってるかもしれないだろ?」
「霊鳴石の使用が確認ができたのはここだけです」
「俺が犯罪の道具を作って売ったって言いたいのか」
「そう言ってます」
会話が途切れ、二人の間に険悪な空気が流れる。なかなかスムーズにいかない。
「まあまあ」フレイベルがすかさずフォローに入った。「わたくしからもお願いします、どうか教えてくれませんか?」
「そうは言ってもなあ」店主は頑なに答えようとしない。「大体こいつの態度が気に食わねえ」
「いじわるなこと言わないで教えてください!」
突然フレイベルが店主の肩を掴んで言った。
「一刻も早くパラズマを探さなくてはいけないんです!」
「分かった、分かった言うよ! マチェーテはリッキーってやつに売った! こっから北に兄弟と二人で住んでる! 霊鳴石を使ったのはそれだけだ! たまたま手に入れる機会があったから、試しに鍛えてみたんだ」
体をぐわんぐわんと揺すられながら店主の男は観念したように答える。勘弁してくれと言わんばかりの視線をこちらに向けてくるので、リュードはフレイベルの肩に手を置いて引き剥がした。
「ご協力感謝します。もっと素直に教えてくれればよかったのに」
「悪かったよ。だってあんた、霊郷の出身だろ?」
揺れる感覚がまだ残っているのか、店主は頭を軽く振って言った。
「見ての通り」
「あそこは霊鳴石がよく採れることで有名だからな、なんか使い方に厳しいのかと思ってつい身構えてしまったんだ」
「はあ」リュードは思わず気の抜けた返事をしてしまう。「別にいちいち気にしませんが」
何なら自分たちの方が碌でもない使い方をしていると思う。
「そりゃあ良かった。悪霊に取り憑かれたリッキーにはよろしく言っといてくれ。マチェーテは返さなくていい」
やけに態度の大人しくなった店主に別れを告げて、リュードとフレイベルの二人は農具店を出た。
「意外とすぐ教えてくれましたわ、話の分かる方で助かります。ね、わたくしも役に立てたのでは?」
扉を閉じてからフレイベルが言った。
彼が素直に言うことを聞いたのはたぶんフレイベルが肩を揺すってほとんど強引に情報を吐かせたからなのだが、当人はそんなことを気にも留めていないようだった。
「色々思うところはあるけど……まあいいんじゃないかな」