08 結界と天気塔
白い羽毛に覆われた大きな鳥がリュードを乗せてレグナンテスの街を駆けていた。
「まさか鳥に嫌われてしまうとは……」
「普通は人を襲うこともないんだけどね」
暖かくも乾いた風を顔に受けながらリュードは言う。暑さと湿気が結びついた国に暮らしていた彼だったが、この空気にもそろそろ慣れてきた。
さて、リュードが手綱を引くこの走り鳥は人間を二人乗せることが可能だが、今その背中には彼一人しかいない。フレイベルはというと、鳥が牽引する二人乗りのワゴンに一人で大人しく座っていた。
なぜこうなったのか。
調査する鍛冶屋を一軒ずつ回っていくには走り鳥を利用するのが効率がいい。そのためギルドから走り鳥を一頭、貸与してもらって出発することにした。
当然リュードが手綱を握るつもりだっだが、フレイベルが「早速わたくしが役に立ってみせましょう」とか言い出して先に背中に乗ろうとした。走り鳥はギルドで訓練を受けているので人間に慣れていたものの、流石に勝手を知らない素人に扱えるような生き物ではない。無理やり乗ろうとした彼女は走り鳥を怒らせ、蹴っ飛ばされてしまった。
で。
走り鳥に完全に警戒されたフレイベルはリュードの後ろに乗ることもできず、あえなくワゴン行きとなってしまった。そして最初の会話に続く。
(パラズマにやられたって時もそうだが、よくもまあ無傷でいられたものだ)
走り鳥に蹴られて五メートル近く吹っ飛んだフレイベルの姿を思い出しながら、リュードは彼女の頑丈さについて考える。
パラズマに建物の奥まで投げられ、走り鳥に蹴られてもなお彼女の身体には傷一つない。運良く怪我をしなかっただけかもしれないが、地面に叩きつけられる時に衝撃は受けているはずだ。それでも特にダメージを負っているような様子はなくピンピンしている。
(あれだけタフなら、確かに素質はあるかもしれないな)
魔物との戦いは危険だ。取り返しのつかない怪我をすることもあるし、最悪の場合は命を落とす。武器や魔法の扱いが重要視されるが、生存に長けている者が何だかんだでやっていける世界なのだ。
彼女は才能ありと言えるだろう。
「それにしても驚きましたわ、まさか人が魔物になってしまうなんて。街の中には魔物は出ないと聞いていたのですが」
フレイベルが言った。
「天気塔が街中に張るバリアのおかげで、通常の魔物は発生できないようになっている。確かに最初の内は本当に魔物が一切現れなくなったんだが、いつしか奴らは人間に憑依して魔物に変えてしまうよう進化してしまった、それがパラズマだ」
前を向きながらリュードは説明する。
天気塔にはパラズマの出現を知らせるセンサーだけでなく、魔物が発生できなくする結界の役割も担っている。魔法には詳しくないので細かい理屈は知らないが、どうやら魔物のコアの形成を阻害することができるらしい。
だが彼らも一筋縄ではいかない。
自分たちが集まってコアを作るのではなく、人間に取り憑くことでコアの機能を肩代わりさせてしまう新種が現れたのだ。
「そもそも魔物が近寄れないようにはできないのですか?」
「完全に撥ね除けようとすると大量のエーテル……つまり天界から降り注ぐエネルギーで一帯を満たす必要がある。不可能じゃないが、過去にそれをやって人間さえも住めない街ができあがった」
エーテルは天気塔やいくつかの魔法道具の稼働にも使われる便利なエネルギーだが、人体に無害とも言い切れない。
「そうだったのですね」
「しかしパラズマの存在自体知らなかったなんてね。君もラザム教のいないところからきたということか?」
「ラザム?」
「天使とか、天界を信仰する人たちだ」
天気塔はラザム教の管理するシステムで、リュードのいた霊郷は彼らの庇護下にはないので塔が建てられていない。そのため、パラズマが発生しない代わりに通常の魔物はどこでもお構いなしに出てきてしまうわけだが。
「確かにわたくしたちは天使を信仰しません。その必要がありませんもの」
「他の人に聞こえない方が良さそうな言い回しだ」
昔ほど彼らも異教徒に厳しくないが、それはそれだ。
「結界がなくなったら、やはり街中にも魔物が出てきてしまうのでしょうね」
独り言のようにフレイベルは言った。
「天気塔はちょっとやそっとの攻撃で壊れるような代物じゃない。そう簡単に結界が破れるようなことはないだろうさ」