14 すべてはこの一撃に
少し前。具体的にはフラワーパラズマがガーデンパラズマだと判明していたぐらいの時、その少年は一人でスクールの建物に戻りあるものを探していた。
外では戦いが続いていることだろう。だが他の生徒たちと一緒になって『降臨』した天使の活躍を無邪気に目に焼き付けている暇はなかった。
それよりも大事な、やるべきことがある。
「あった……!」
場所は四隅の部屋の一つ。ついさっきフレイベルやトトゥーナが講義を行った教室で、ジュンは机の上に雑に放置されていた杖の一本を手に取った。
魔法の実習で生徒たちに配られた、練習用の杖だ。
(これがあれば)
ジュンは飾りのない、シンプルなデザインの杖の先端を見つめる。ついさっき卒業生の少女から習った通りにすれば自分にだって魔法が使える。
何も戦闘に参加しようというわけではない。
そもそも無理だ。ギルドに入ってもいないただの子供が、フレイベルや他の三人の戦いについていけるだなんて思っていない。
それでも。
「……僕は、僕にできることをやるんだ」
外の戦いから隔絶された、嘘みたいに静かな教室で、ジュンはぎゅっと杖を握りしめる。
その後の顛末はどうあれ、背中を押してくれた彼女に報いたい。
理由はそれだけで充分だった。
○
そして。
「ジュン!」
別の出口から回ってきたのだろう、建物の陰からガーデンパラズマに向けて杖の先端を突き付けるオレンジ色の髪の少年の名をマッツは叫んだ。
トトゥーナから教わった物体を浮かせる初歩的な魔法。それを応用してガーデンパラズマの拳を操り己の顔を殴らせたのだ、と理解したのは何もマッツやフレイベルたちだけとは限らない。
「あの小僧ッ」
ガーデンパラズマがマッツの視線の先にいた少年に明確な敵意を向ける。少年の肩がビクリと跳ね、両手に構えた杖が大きく揺れた。
その瞬間を真紅の天使は決して逃さない。
ガーデンパラズマがジュンを狙って身を翻し、駆けだそうとした隙にフレイベルが銀剣を振るい、そのがら空きの背中を素早く切りつけた。
火花が弾ける。
よろめいたガーデンパラズマが、振り向きざまに背後のフレイベルに拳を打ち込もうとする。カウンターの一撃は、しかし二者の間に躍り出たモーリスによって防がれた。彼の盾がガーデンパラズマの煉瓦の拳を受け止め「がぃん!」と激しく唸る。
ガーデンパラズマはすかさずもう片方の拳を仕掛けたが、今度はその腕にオレンジ色の光の蔦がどこからともなく伸びて巻き付いた。
トトゥーナだ。ガーデンパラズマの側面に回り込んでいた褐色肌の少女は、その腕に絡みつく魔力の蔦を発生させるバトンを両手に持って思いっきり身体を捻った。魔人の腕が蔦に引っ張られてモーリスの盾に食い止められていた自身の拳に激突、激しい火花を撒き散らした。
同じ硬さを持った物体同士がぶつかり合った結果だろう、ガーデンパラズマは拳を覆っていた煉瓦をボロボロとこぼしながら両腕をだらりと垂らしている。
そこへモーリスが盾を構えて突進する。大柄な青年のタックルに、一回り大きなはずのガーデンパラズマの巨体が耐え切れず吹っ飛び転がった。
ガーデンパラズマが起き上がるよりも早く、フレイベルが銀剣に刺さる鍵に手をやった。
これを三回捻るだけで、武器に天界のエネルギーが充填され、魔を討つ奥義を放つことが出来る。
ここで終わらせる。
そう思い、鍵を一回捻った、その時だった。
「ま、だだ」
がこん、がこん、と。
ガーデンパラズマの身体に不穏な変化が起きた。
音の出所は胸元。赤い煉瓦が波打つように蠢き開かれたと思えば、その内側から砲身めいたものが生えてくる。
色は白、花弁のような装飾が施された半球状の受け皿の上に、一回り小さな筒が伸びている。
『庭』にあるもので、それらの形状から連想できるものと言えば……。
「噴水だ!」
「げっ、まだ何かあんの!?」
モーリスが叫び、トトゥーナが心底うんざりしたような声をあげる。
「ベル、急いで!」
トトゥーナが急かしたが、フレイベルはまだ鍵に二回目の捻りを加えた段階だ。技の威力が高ければ高いほど、より多くのエーテルが求められる。
そして自らを倒そうとしてくる相手の『準備』を待ってくれるほどパラズマという魔物は悠長ではない。
ガーデンパラズマは両脚を開いて地面を踏みしめ、両腕を開いて胸を張り噴水の砲身を真紅の天使に照準した。
フレイベルはまだ二度目の『充填』を終えたばかりだ。
そして。
放水。
雄叫びをあげるガーデンパラズマの胸元から発射されたのは高密度に圧縮された大量の水だ。高圧縮の水流は真っすぐに、それこそ砲弾のように猛スピードでフレイベル目掛けて襲い掛かった。
眼前に迫る激流を前にフレイベルは一歩も動かなかった。避けることなく、ただ冷静に鍵を回して刃にエーテルを満たしていく。
避けられなかったわけじゃない。
「真海流・薙鬼刃!!」
その瞬間を待ち続けていた少年がいた。リュード・ジャーガルの投げた、四本の短剣を組み合わせた手裏剣は目にも留まらぬ速さで空中で回転を繰り返しながら空を貫き、ガーデンパラズマの放つ激流を真正面から切り裂いてそのまま魔人の胸元へと深く刺さった。
断崖に荒波が打ち付けるような轟音が響いてガーデンパラズマの放水が止んだ。
ガーデンパラズマの動きが今度こそ止まる。放水の反動か、胸に刺さった手裏剣に手を伸ばす余力さえ尽きたようだ。
リュードはフレイベルに対し目線を合わせず、声の一つもかけない。
それでも二人のタイミングだけは完璧に一致していた。
「緋天式」
リュードの手裏剣に裂かれて飛び散った水しぶきが辺りに雨のように降りしきる中、フレイベルは『充填』を終えて真紅に光る剣の刀身を石畳の地面に突き刺した。
そして、
「火杭鳥」
全力で切り上げる。
それはまるで火山の噴火だった。赤熱する刃が地面を離れた瞬間、地面から灼熱に燃え上がる刃が現れた。炎の斬撃は一直線に地面を駆け、気力を失い立ち尽くすガーデンパラズマの全身を貫いた。
ガーデンパラズマは爆発し、煙の中から現れた宿主の男は静かに地面に倒れる。
四人の魔針盤から魔物の撃破を知らせるチャイムが鳴った。フレイベルは兜の中で小さく息を吐き、変身を解こうと銀剣に刺さる鍵を抜こうとした。しかし戦いを見ていた子供たちが終わったと分かるや否や「わああっ」と駆け寄ってきたのだった。
興奮してはしゃぎ散らかす子供たちに囲まれては迂闊に変身も解けない。フレイベルは戸惑いながら、とりあえず剣を身体の上に持っていき彼らに当たらないようにしておく。
ちょっと離れたところではやんちゃ少年のゴウが「俺は認めない」と言わんばかりに腕を組んでしかめっ面のままよそ見を決め込んでいた。ある意味あっちの態度の方が助かるかもしれない。
フレイベルはそんな彼よりも遠くにいる少年と目が合った。
「……」
彼女は群がる子供たちをかき分けて包囲網を抜け出すと、その少年のいるところに駆け寄った。オレンジ色の髪の少年、ジュンは鎧の天使に気圧されて少しだけたじろいだが、フレイベルは剣を持っていない方の手を静かに、彼の肩に置いて言った。
「ありがとうございます。あなたのおかげで勝つことができました」
翼を模した漆黒の仮面には、少年の微笑む顔が映っていた。




