15 VSクロースパラズマ②
トトゥーナは見た。
銀の剣から吹き荒れる炎が、フレイベルの全身を包み込んでいくのを。
トトゥーナは見た。
炎を振り払い、その中から現れた彼女が異なる姿に変わっているのを。
「わ…………」
その光景にトトゥーナは息を呑んだ。金色をアクセントとした真紅の鎧と、翼を模した漆黒の仮面を身につけて、銀剣を携えてパラズマと相対する神秘の戦士を前に、彼女は今が戦いの最中であることも忘れてその威容に目を奪われてしまう。
天使。
魔法技術が知れ渡り、魔物が跳梁跋扈するこの世界において、未だに人類の踏み入ることのできない領域に住まう者。
彼らはただの物語の登場人物などではない。
信仰心が篤いわけでもなく、人々がありがたがる天気塔を魔法道具の一種くらいにしか思わないトトゥーナはまず彼らが『いる』ことに衝撃を受ける。
しかもそれが、つい最近一緒に暮らすことになったルームメイトだったなんて。
「な、なんだその姿は!?」
どの口が言うかクロースパラズマが鎧を着たフレイベルを指さして叫んだ。真紅の天使は答えず、ただ剣を構えてゆっくりと敵に向かって近づいていく。
気圧されつつもクロースパラズマがフレイベルに攻撃を放つ。彼が自身の両腕を蛇の形にかえてそのまま眼前にパンチを放つと、亜麻色の尾を引きながら二匹の蛇がフレイベル目掛けて砲弾のように発射された。
交互に迫る蛇を、しかしフレイベルは上半身を捻る動きだけで回避し、代わりに己の剣で受け止めた。空いた手を刃に添え、そっと押し当てるような動作。開いた顎に垂直に立てられた剣を躱しきれずに噛みついた蛇は、そのまま突撃の勢いを利用されて大きな口を深く切り裂かれてしまう。
素早く剣の位置をずらして二匹目を撃墜。クロースパラズマの蛇の形をした両腕がそれこそ別の生き物のようにのたうち回った。間髪を容れず踏み込むフレイベル。クロースパラズマは急いで腕を戻して防ごうとするが、あっという間に距離を詰めた彼女の斜めの斬撃を食らって胸元から大量の火花を散らした。
「ぐああっ!」
うめき声を上げて地面を転がるクロースパラズマ。両腕は既に元通りになってはいるが、ダメージは蓄積しているらしく指や掌の辺りがボロボロに擦り切れてしまっている。
(すごい……)
トトゥーナには見ていることしかできなかった。ほんの数秒に過ぎない攻防で、彼女の圧倒的な戦闘センスを思い知らされ、新入りだからと先輩風を吹かせていた自分が情けなくなってくる。
「なんだ、知らなかったのか?」
と、我を忘れてぼんやりしていたら横に立つリュードに言われた。彼は特に驚いた様子はなく、腰に手を当てて半ば呆れたような顔でフレイベルの戦いを傍観している。
なんだか見透かされた気がしたトトゥーナは少しだけむっとして、
「知ってたんだ」
「もう驚くことでもない」
言って、リュードは短剣を構えてフレイベルとクロースパラズマの間に割って入ろうとした。トトゥーナも慌ててバトンを取り出したが、そこで変化があった。
「これならッ」
ばん! とクロースパラズマが両手を合わせる。二本の腕を構成する亜麻色の布が解けたかと思えばシュルシュルと高速で絡み合っていき、やがて一体の巨大な蛇が完成した。コブラに近い布製の大蛇は一層大きく顎を広げると、ぎらりと鋭い牙を光らせてフレイベルに頭を叩きつけるようにして食らいつく。
剣の柄を両手で握りしめて大蛇を迎え撃つフレイベル。牙と刃が激突し、重い金属音が炸裂する。何度も執拗に噛みついてくる大蛇を彼女は的確に剣で弾いていくが、腕二本分の布が重なり合って生まれた蛇は通常時のそれよりも強靭な作りをしているらしく、フレイベルの銀剣であっても軌道を逸らすのが精一杯のようだ。
「あれじゃあほとんど蛇のパラズマだな」
「んなこと言ってる場合かってエッ!?」
声が裏返ったのは大蛇が狙いを変えていきなりこっちに噛みついてきたからだ。トトゥーナはほとんどカエルみたいに跳ねてすんでのところで回避する。同じように(向こうの方がよっぽど落ち着いているけど)飛び退いたリュードが「これでどうだ」とカウンターで右手に持った短剣を投擲する。
霊気はそういう色となって現れるらしい、ライムグリーンの尾を引いて刃が飛翔する。空中で弧を描きながら、短剣はクロースパラズマの本体である頭部を照準するが……、
ばくんっ。
「あっ」
「何やってんの!?」
リュードの短剣が食われ、なぜかトトゥーナの方が叫んでいた。
負けじとリュードは左手の短剣も投げ、追加で背中の鞘から取り出した追加の二本を手を使わずにそのまま投げる。しかし蛇は思ったよりも俊敏で、その伸縮自在の体をあちこちにくねらせながらぐわりと顎を広げて飛んできた全ての短剣を丸飲みしてしまった。
手持ちの武器を全滅させたリュードが一言。
「うん、ダメだなこれ」
「使えねえ」
思わず口走ってしまうトトゥーナだが、現状一番何もしていないのは彼女である。今だって一人大蛇の攻撃に晒されているルームメイトに貢献するためにも、トトゥーナはバトンを強く握りしめて広場を駆ける。
正面から突っ込むのではなく、相手の側面に回り込んでいく。
(あたしがやらなきゃ)
クロースパラズマは両腕を融合させ蛇の形に変えて操っているが、よく観察すると足元が少しふらついているように見える。さながら大型犬に振り回される飼い主みたいで、これでは蛇とパラズマのどっちが本体か分からない。
だから。
(狙うは足!)
下半身を固定してバランスを崩す。
トトゥーナは片手を使って器用にバトンを回す。クルクルと回転するバトンの先で魔力の蔓が成長し、そのまま地面と平行になるようなスイングでバトンを振るい蔓をクロースパラズマに飛ばす。
光る蔓がクロースパラズマの腿の辺りを捕らえ、二本の脚を纏めて縛り上げた。突如下半身の動きを制限されたクロースパラズマが「がくっ」と崩れそうになる。
だが。
「こんなもの……ッ!」
クロースパラズマは両脚の拘束など物ともせずに踏ん張った。そもそもパラズマ化した人間は何倍もの力を手に入れている。たとえ亜麻色の布に全身を覆われたクロースパラズマが枯れ木のような姿をしているからといって、小娘一人が魔法で抑えつけられるような相手ではない。
トトゥーナは蔓と接続したバトンを引き寄せてクロースパラズマを止めようとする。しかし相手の踏み込む力に勝てるはずもなく、むしろこちらのほうが引っ張られてしまう。
ふわり、と地面から離れる感覚がして彼女の背筋に寒気が走った。
「うわわっ」
「トトゥーナちゃん!」
迅速に駆け付けたフレイベルがトトゥーナのお腹に腕を回して身体が浮き上がるのを食い止めた。碇を下ろしたようにトトゥーナはその場に固定され、足を動かしたいクロースパラズマと拮抗した。
ところで丈の短いパーカーを着ているので露出したお腹にフレイベルの金属製の籠手が当たっているわけだが、これがすごい冷たい。
「ううっ、お腹冷えそう……」
「そんな格好だからでは?」
「ファッションだからいいの!」
兜越しだが鮮明な声に口答えする。なんなら息すらかかってしまいそうだが、気にしている場合じゃなかった。
なぜならこの時、クロースパラズマの両腕から生えた大蛇はトトゥーナに狙いを定めていたからだ。蛇の黒い瞳が褐色の少女を無感情に睨みつけ、その口から鋭い牙を覗かせてトトゥーナに迫る。
バトンを握ったまま咄嗟に顔を背けてしまう。しかし大蛇の毒牙がトトゥーナを襲うことはなく、大蛇は彼女の眼前ギリギリで何かに引っ張られるように固まっていた。そしてトトゥーナは蛇の口の隙間からライムグリーンの光が漏れていることに気付き、その妨害が誰によるものか悟った。
クロースパラズマの大蛇に向けて両手を伸ばすリュードが見えた。深緑色の髪の少年はおそらく大蛇の中にある短剣に霊気を送っているのだと分かる。
重そうな動きで両腕を回すリュード。それに釣られて大蛇の頭もパラズマ本体をぐるりと一周する。クロースパラズマは抗っているようだが、リュードの霊操術の方が力としては強いのかほとんど抵抗の意味なくコントロールを奪われてしまっていた。
リュードが腕を回し続ける。大蛇の頭がクロースパラズマの周りを幾度となく巡り、あっという間にその全身を包み込んでしまった。自らの腕によってグルグル巻きにされてしまったクロースパラズマが「うわああっ」と叫び声をあげている。とぐろの先から飛び出た頭だけでじたばたともがく姿が哀れであった。
これを見越してわざと武器を奪わせたのか。もしかしたら咄嗟の思い付きなのかもしれないけど。
「さっさと決めろ」
両手を伸ばした状態をキープしながらリュードが言った。
言われたのが自分じゃないことだけは確かだった。
何か言葉を返すでもなく、フレイベルがトトゥーナのお腹から腕を離した。静かに銀剣を構えた彼女はクロースパラズマにゆっくりと近づきながら、剣の鍔に刺さった鍵を捻る。
一回。
二回。
三回。
「緋天式」
銀の刀身が猛火に包まれる。渦巻く炎はそれ自体が一つの剣のようだ。
そして。
「天火烈鳥撃」
横一閃。それだけで充分だった。
燃え盛る刃が亜麻色の魔人を切り裂く。広場に轟音が鳴り響き、クロースパラズマが紫電と火花を放出して爆散した。
「うわあっ」
その爆発の威力は凄まじく、中の宿主は無事であると知識で知っていても安否が心配になるほどだった。爆風に煽られたトトゥーナの手からバトンが飛びそうになる。
広場が静けさを取り戻し、トトゥーナたちの魔針盤が同じタイミングで鈴のような音を鳴らした。戦闘に関わった者に均等にスコアが配られるシステムだが、貢献の度合いに関わらず本当に一律なのは今回みたいに一人が特別活躍した場合にちょっとだけ申し訳ない気持ちになる。ちょっとだけ。
何はともあれ一件落着だ。
「やぁ~疲れた」
バトンを両手に伸びをするトトゥーナ。横ではパラズマの爆発に巻き込まれて四散していた短剣をリュードが呼び寄せていた。霊操術とやらを使い、手を全く触れずに四つすべての短剣を背中と腰の鞘にそれぞれ収めている。
フレイベルが鍔から鍵を引き抜くと、彼女の全身を覆っていた真紅の鎧が炎と共に一瞬で消え去る。剣と鍵も、彼女が手放した途端に火の粉が舞うように虚空へ消えてしまった。消えた兜の下からフレイベルの涼し気な顔が現れて、ボリュームのある真っ赤な髪がどこからともなく降りてきて流石に二度見する。
宿主の処遇は衛兵たちに任せればいい。トトゥーナたちは広場を去ろうとしたが……、
「まだだ……」
もぞり、と。誰かが動く気配。振り返ると、その場に倒れていたレミーが地面に手を突き必死に起き上がろうとしていた。
「分かる、ものか」
パラズマに取り憑かれると精神にも肉体にも大きな負担がかかる。パラズマが撃破されて解放されれば並の人間であればすぐに気を失ってしまうものだ。
それでも、彼は立ち上がろうとしていた。
土汚れた顔を苦痛に歪めた彼の上体を支える腕はがくがくと震えていて、風が強く吹いただけで簡単に倒れてしまいそうだ。パラズマが消え、膨れ上がった悪意が去った後でも諦めようとしない彼の、心の奥底に渦巻く感情は一体どれほどのものなのか。
「名前や、見た目……そう言ったもので、生まれた場所を決めつけられてしまう痛みが……お前たちに分かる、ものか……っ!」
剥き出しの言葉だった。
決して大勢に理解されるような感情ではないだろうし、彼自身理解されようとも思っていないのだろう。
「……」
リュードは退屈そうに視線を外していた。パラズマさえ倒してしまえば宿主の事情には興味がないタイプだと見える。そしてそれは、ある意味ギルドに属するバスターとして当たり前の姿勢だ。
対してフレイベルはレミーに歩み寄ろうとした。しかしトトゥーナはこれを手で制して目配せする。
これは、きっと自分の役目だから。
「……分かるよ」
トトゥーナはレミーの傍に跪き、彼の目をまっすぐ見る。
どこまで本気かはトトゥーナ自身も定かではない。
たとえ気休めでも。
それでも言わなきゃいけなかった。
「あたしには、分かる」
それを聞いて、彼は何を思ったのだろうか。
ふっ、とレミーの腕から力が抜けて再び地面に伏す。
今度こそ、彼は意識を失った。




