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フレイミングフレイベル  作者: 風上 環
第3話 マジカルガール・ウィズ・フレイミング
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14 VSクロースパラズマ①

 クロースパラズマが右の拳をまっすぐ突き出す。距離をとって出方を窺っていたリュードには当たるはずもない攻撃だが、すぐに変化が起きた。


 包帯のように彼の右腕に巻きついていた亜麻色の布がシュルシュルと(うごめ)いて一匹の蛇に姿を変えたのだ。首元が少し広がっており、ハブよりかはコブラに近い。

 クロースパラズマの右腕が変化した亜麻色の布蛇(ぬのへび)が風を切ってこちらに目がけて突っ込んでくる。リュードが咄嗟に身体を捻ってそれを躱すと、大口を開けた蛇がさっきまで少年の頭があった空間を容赦なく嚙み砕いた。


 バクン! とおよそ布同士が衝突したとは思えない音がリュードの耳元で響く。生地のように見えているそれも、結局は魔物の身体の一部ということか。


 布蛇がクロースパラズマの右肩に戻っていく。蛇の頭と肩口を繋ぐ一枚の布がぐるぐると渦巻いて腕の輪郭を浮かび上がらせ、リュードはそこで初めてあのミイラめいた布の下が空洞になっていることに気が付いた。


「宿主の身体はどうなっているんだか……」


 呟いている間にもクロースパラズマの拳が離れたリュードに迫る。両腕の先を蛇の頭に変形させて交互に振るうと、腕を構成している部分の布が伸長(しんちょう)してその拳が砲弾のように勢いよく発射された。

 目にも留まらぬ速さで突っ込んでくる布蛇を、しかしリュードはその身を翻してひらりと避ける。顔や胴に狙いを澄まして食らいつく獰猛な蛇を躱すたびに、少年は身体だけでなく心さえも踊るのだった。


 頃合いを見てリュードは反撃に移る。

 彼は背中の鞘から抜いた双剣を構えたまま腰に刺さったもう二本の柄頭に手を添え、霊気を送り込んで敵の次弾に備える。


 クロースパラズマが拳を解き放った。パシュッ! という空気を裂く音と共に亜麻色の布蛇が砲弾の速度でリュードに迫る。


 好機。リュードは腰の双剣に込めた霊気を解放しながら地面を強く踏み込んだ。一度の跳躍、それだけで五メートル近く離れていたクロースパラズマとの距離を一瞬で詰める。

 鞘に収まったままの短剣を前方向に『射出』することで己の身体ごと無理やり飛ばす、霊鳴石を自在に操る霊操術の応用だ。つい最近、ギルドの寮の屋上から飛び降りた際に四つの短剣を使い落下を遅らせるという使い道を試してみたが、その時の経験が早くも活きた。


「なんだッ!?」

 攻撃をすり抜けて肉薄するリュードにクロースパラズマは戸惑っている余裕もない。隙間を縫うように相手の懐に潜り込んでリュードは手にした短剣で二重の斬撃をお見舞いした。

 ヂリッ、と胸元から火花を吹き散らすクロースパラズマ。仰け反り後退る魔人にリュードは更なる斬撃を食らわせる。


 このまま押し切れば勝てる。リュードはあの天使に邪魔される前に決着をつけられるかもしれないと思っていたが……、


「かくなる上は……ッ」

 クロースパラズマがリュードの攻撃を脱する。回避もままならず火花を散らしているだけに見えていたが、大袈裟によろめいてみせながら離れるタイミングを狙っていたのだ。

 彼は胸元を覆う亜麻色の布の隙間、中身は空洞になっているだろう闇の中から縦笛を取り出した。そして顔全体に巻き付く布から唯一露出する口元にマウスピースを当てて強く息を吹き込んだ。


 不安を掻き立てるような妖しい音色が流れる。


「ッ」

 その音が耳に入ると、やはりリュードの動きが止まってしまう。それだけじゃない。短剣を構えた両腕が独りでに動いてリュードの顔面に切先を向けた。


 墨のように黒い刀身をギラリと光らせ持ち主に牙を剥く二つの刃を己の腕力で抑え込みつつ、リュードは腰の鞘に刺さるもう二本の双剣を飛ばした。

 肉体が言うことを聞かずとも思考はクリアだ。ライムグリーンの光を帯びた双剣をそれぞれクロースパラズマに向かわせる。一本目は縦笛を持つ手元を柄頭で突き上げ、上方向に弾かれた縦笛を二本目が切断する。


 真っ二つにされた楽器が地面に落ち、演奏を遮られたクロースパラズマが「ああっ」と声を洩らした。


 音の拘束から解放されたリュードが身体の自由を取り戻す。自分の顔を刺しそうになっていた短剣を腰の鞘に収め、戻ってきたもう二本を代わりに両手に構えてクロースパラズマに再び向き直る。


 クロースパラズマはその枯れ木のような痩躯(そうく)を揺らしながら、

「なるほど、それが霊操術……実際に見るのは初めてだ」

「次からは頭の中を直接弄れるようにするといい」


 短剣をくるくると回しつつ軽口を叩くリュードの脳裏に、例のアパートの屋上に並べられた大量の靴がふと浮かぶ。おそらく住人たちは真夜中にレミーの笛を音を聞き、眠りながら(あるいは寝ぼけて朦朧とした意識の中で)建物の屋上に誘導されたのちにパラズマの能力によって靴に姿を変えられてしまったのだろう。フレイベルたちから又聞きした依頼人の話の中で、恋人が夜中に部屋を抜け出したという部分が引っ掛かっていたが、その答え合わせと言ったところだ。


 種は割れた。それに笛を破壊した時点でもう同じ手は使えない。

 リュードは不敵に笑い、クロースパラズマに向かって一歩踏み込もうとした。

 しかし。


「いや、その必要はない」


 彼の言葉が耳に届くと同時に、リュードはその意味を理解した。


 動かなかった。

 下半身。両足の先から腰にかけて二体の布蛇がきつく巻き付いて彼の身体をその場に縫い留めていたのだ。


(いつの間に?)


 蛇は地面から生えていた。言葉を交わしている隙に背中の一部を蛇に変え、密かに土の中へと潜り込ませていたと察した時にはもう遅い。驚くリュードの一瞬の油断を突き、クロースパラズマは左腕を蛇に変え彼の両腕を握った双剣ごと縛り付けてしまう。


「さて……」

 薄ら笑いを浮かべながら、クロースパラズマは空いた右手を艶めかしく胸元に伸ばす。巻き付く布の境目に指を差し込んでいつでも開けるように構えた。


(まずいな……)

 何かをしてくる。そう思って逃れようとしたリュードだが、亜麻色の蛇が四肢に絡みついたままもがいた彼はバランスを崩して地面に両膝を突いてしまう。せめて霊操術で短剣だけでも飛ばそうとしても、焦りで思考が乱れてしまって霊気の制御がままならない。


 クロースパラズマが右手を引いて胸元を開く。リュードはただそれを見ていることしかできなかった。

 ファッション・フラッシュ。浴びた者を衣類に変えてしまう閃光が放たれた。

 そして。


 上空から垂直に落下した一本の銀剣が閃光を弾き返した。


「なんだと……!?」

 クロースパラズマが驚愕の声を上げ、リュードは自身の無事を理解した。(まばゆ)い閃光に備えて咄嗟に閉じていた両目を開ける。


 リュードの目の前に銀剣が刺さっていた。どこからともなく現れた剣の刀身はそれこそ鏡のように磨かれており、これがクロースパラズマの放つ光を反射しリュードの身に降り注ぐのを防いだと分かった。


 鍔の部分に開いた鍵穴を見て、リュードはこの剣の持ち主を察する。ちょうどその時、空の方から何やら少女の悲鳴と一緒に降り立ってくる影があった。

 紅い髪をはためかせ剣の持ち主が着地する。赤と黒、二色の羽で構成された翼を背中にしまって彼女は抱きかかえていた褐色の少女を地面に降ろした。


「死ぬかと思った……」

 薄紫色の髪をツインテールにした少女がふらふらと生まれたての小鹿のように脚を震わせているのを横目に、フレイべルは銀剣を地面から引き抜いてサッと振るった。

 どのような技術を用いたのか、それだけでリュードに巻き付いていた蛇の形をした亜麻色の布を一気に切り落としてしまう。


 拘束が解け、自由になったリュードは肩を回して調子を確かめながら、

「これぐらい君の助けがなくても脱していた」

 それを聞いてフレイベルは「ふふ」と小さく笑うだけだった。

 完全に負け惜しみだと思われている。


「では、行きましょうか」

 フレイベルがクロースパラズマを見据え、銀剣を胸の前に構える。羽根ペンのような形をした鍵を鍔の穴に刺して静かに捻る。


 そして。


「『降臨』」

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