12 繋ぎ
「どうして一人なのかな?」
ギルドに戻って早々エミリーに詰められた。いや厳密には早々ではない。食堂でふらふらしていた彼女を捕まえ、『地図の部屋』に移動して一息ついたタイミングで訊いてきた。
「二人はどこに置いてきたのよ」
「違う、向こうが勝手に離れたんだ。よくあることだろ」
パラズマとの交戦後、トトゥーナ・エホマールは任務への意欲を失ってしまった。知り合いが犯人と知り、明らかに意気消沈しているようだった。
リュードと共にギルドに戻ることを拒否したトトゥーナはそのままどこかに行った。その場に立ち尽くしおろおろしていたフレイベルに「君はどうする?」と尋ねると、彼女はトトゥーナについていくことを選んだ。
こうしてリュードは一人になった。
よくあること、だというのはエミリーも承知している。彼女は「ああそう」と呆れたように言ってそれ以上掘り下げはしなかった。
「……それで、彼についてどこまで分かった?」
「ん、そうだ」
リュードは本来の目的に戻る。
「男の名前はレミー・ファードン。生まれも育ちもこの街だけど、両親は『外』からやってきたいわゆる移民二世。音楽の活動は基本的に一人で時折他の演奏会に誘われて参加することもあるみたい」
エミリーは集めた情報をつらつらと語っていく。一体どこから仕入れてくるのやら。
「活動範囲は大体街の東エリア。一応調べてみたけどやっぱり、パラズマが出現した場所と彼が楽器を演奏しているポイントがだいぶ重なった」
そう言ってエミリーは部屋の中心にあるレグナンテスを縮尺した地図を起動する。旧市街を含む街の東側にオレンジ色に光る細長い菱形がいくつも浮かび上がった。
パラズマはそれぞれが特有の『波動』のようなものを持っている。今回レミーが変身したクロースパラズマの波動の記録だけを抽出し、表示させたのだ。
リュードは地図上に浮かぶオレンジ色の光を眺めながら、
「演奏がてらに客を品定めしていたわけか」
「それはパラズマに憑かれてからだろうね」
適当に受け流しながらエミリーは地図の一点を指さした。パラズマ出現を知らせる菱形は旧市街を囲むようにして円形を描いているが、少し欠けている。
「レミーは複数のエリアを周回しながら演奏をしている。その中でまだパラズマが現れてない場所が一つ」
「じゃあ次に現れるのがここだと?」
「そういうこと」
エミリーが指定した場所は旧市街からそう遠くない。パラズマというのは時間が経つほど制御が効かなくなるものだ。
悠長にはしていられない。今からでも向かう必要がある。
「早速行くとしよう」リュードは顔を上げてエミリーの方を見た。「……ありがとう、いつも助かってる」
「急に何? ちょっと気持ち悪いかも」
エミリーが眉をひそめながら頬を緩めるという器用な表情を作る。
「言っとくけど、レミーの標的にはあなただって入ってるんだから油断しないでよ」
「当然だ。誰に向かって言ってるんだか」
「リュード」
エミリーの心配を鼻で笑い飛ばしかけたリュードは、しかし彼女に諭すように名前を呼ばれたことで冷や水を浴びせられてしまう。
「……分かってるよ」
小さく肩を落とし、リュードは部屋を出た。
○
トトゥーナの持つバトンの先から魔力の蔦がしゅるりと伸びて目の前にあるドアの鍵穴に滑り込んでいく。彼女がバトンを前後左右に傾けていると、そのうちドアの中で「ガチャ」という音がした。
「開いた」
トトゥーナはスナップをきかせて釣竿のようにバトンを引き寄せる。鍵穴に伸びていた魔力の蔓が音もなく消え、トトゥーナは何のためらいもなくドアを開けた。
これがトトゥーナ・エホマール考案の開錠魔法だ。
「ピッキングですわね」
「ドア蹴っ飛ばすよりマシ」
苦言を呈するフレイベルに言い返しながらトトゥーナは家に入る。
二人はレミーの家を訪れていた。西エリアにある、住宅街にいくつも並ぶ小さな家の一つだ。『センパスチル』の利用者でもある彼の家には何度か修理した魔法道具を届けに行ったことがあるため、場所自体はすぐに特定できた。
家に入ってすぐに感じたことは、とにかく服が多い。帽子、シャツ、ジャケット、コート、パンツ、ブーツにサンダル……色も素材も様々な衣類が一人暮らしの狭い部屋を埋めつくしている。
まるで小さな古着屋だ、とエミリーと同じような感想を抱くトトゥーナ。
ほとんどはマーケットエリアの店先で並んでいるような商品かもしれないが、この中にパラズマの能力で服に変えられてしまった被害者たちがどれだけ紛れているのかと考えたらぞっとする。
しかし今の目的は『コレクション』の回収ではない。
「じゃあ早速魔法に使う触媒を探そう。髪の毛とかの方が魔法の精度が上がるから出来るだけ本人の体に近いものを見つけてね……ホントは触りたくないけど」
「分かりました」
魔法の双葉を飛ばすには探したい相手の体毛や爪を使うのが最も望ましい。アクセサリーなどでも代用は効くが、身につけていた期間によっては製作者の方へ行ってしまう可能性がある。それに地面に埋める必要があるので大きすぎると面倒だし、魔法を発動した時点で触媒は消えてしまうから貴重品はナシだ。
そんなわけで二人してレミーの家を漁ってみることにした。しかし彼は結構綺麗好きな性格らしく、ベッドや上着の肩回りなど、いかにも髪の毛やらフケやらが落ちていそうなところからは何も出てこなかった。
これは相当骨が折れそうだ、とトトゥーナは床に狙いを定める。いくら掃除の行き届いた部屋だって靴を履いて歩き回っていたらそれなりに汚れが溜まるものだ。
二人は黙々と家を漁り続ける。家具や置物をずらす小さな音が静かな部屋の中ではやけに響いていた。途中、ケースから取り出した木管楽器のマウスピースで妥協しそうになったものの、これを失くしたら今度はこっちが悪者だな……と不法侵入を棚に上げてトトゥーナは諦める。
「やっぱり、理解できません。なぜ『外』の人ばかり狙うのか」
フレイベルがいきなりそんなことを言い出した。
「……あたしは分かるかもな」
トトゥーナはマウスピースをしまったケースをぱたりと閉じる。
「海の向こうから来る人たちってさ、ギルドなんか特にそうだけど既に才能とか実績を認められてるのが多いんだよ。持てる者っていうのかな? あたしたちとはそもそものスタートラインが違うって感じでさ……」
フレイベルは何も言ってこなかった。
「羨ましいんだよ。出来がどうこうってだけじゃない、みんな自分のルーツに誇りを持ってる。アイデンティティに組み込まれてるんだなって思っちゃう。あたしだって自分はこのレグナンテスの人間だって思ってるけど、それでも親が生まれた国への憧れが捨てきれなくて、だから先生のところで魔法なんて習ってる」
マシュマルという国からレグナンテスに移り住んだ両親のもとに生まれたトトゥーナは、人種的にはれっきとしたマシュマル人である。それでも向こうで生まれ育ったマジョルジョのような人間とは決定的な違いがあるのだ。肌の色が同じでも、魔法の素質に優れていても、この街で生まれたというたった一点で、トトゥーナは自分が『本物』ではないような気がしてしまう。
マシュマルは魔法技術の権威だ。魔法を学び身につけることで、トトゥーナはマシュマル人というアイデンティティを獲得したいと心の奥底で思っていた。
「パラズマになってたのは、あたしだったかもしれない」
この街で生まれ育った者はこの街に帰属意識を抱く。
レミーの抱く羨望だって、実際は些細なものだったかもしれない。
それでも捨てきれない憧憬があった。
ほんのわずかな心の隙間にパラズマが入り込み、彼を魔物に変えてしまった。
同じ地元の出身として、トトゥーナは固く決意する。
「だから絶対にパラズマを倒して、レミーを解放しよう!」
「見つけましたわ! これなんてどうでしょう!?」
と同時にフレイベルが叫んだ。完全にやる気満々だったトトゥーナは出鼻を挫かれて盛大にずっこける。
「今いいところじゃん。話聞いてた?」
「もちろん、パラズマに襲われた被害者も、憑かれてしまったレミーもきっと助けてみせますわ」
聞いてたらしい。そして彼女は手に持った何かをこちらに差し出してきた。
「これは?」
トトゥーナは反射的にそれを受け取る。三日月形をした小さな白い破片のようなものだ。
「きっと足の爪だと思われます」
「………………よくやった」
投げ捨てたい気持ちで顔が歪みそうになるのをトトゥーナはめいっぱい我慢した。




