11 再起
「うわっ!」
魔物の攻撃を盾で受け止めたモーリス・ゴドラクは、そのまま背後の湖まで吹き飛ばされた。浅瀬の方とはいえ、水面に背中から勢いよく突っ込んだモーリスの大柄な身体が激しい水しぶきをあげる。
森の中、木々に囲まれた湖畔での戦いだ。
「何やってんだ!」
仲間のゼイデンから飛んできた声は心配よりも怒りの色が強い。彼は浅瀬で仰向けになっているモーリスに一瞥もくれず目の前の巨大なヘラジカの魔物にウォーハンマーで殴り掛かっていく。
このチームにおけるモーリスの役割は敵を惹きつけその大盾で攻撃を防ぐことだ。その間に他のメンバーが魔物に反撃を仕掛けるという戦法だが、盾役が彼らよりも後ろに引っ込んでしまっては意味がない。
役に立たなくては。
そう思い立ち上がろうとするモーリス。しかし受けたダメージは思ったよりも大きく上体を起こすのもままならない。盾があるので直撃は防いだものの、背中を強打した衝撃の方がずっと身体に響いている。
そうこうしている内に仲間たちが魔物を倒してしまった。黒髪のアーチーが放った矢が二足歩行で暴れるヘラジカ型の魔物の後ろ脚に深く突き刺さり、その巨体のバランスを崩した隙に金髪のゼイデンが両手で構えたウォーハンマーをぶん回し二本の角の付け根、すなわち脳天に強力な一撃を叩き込んだ。
地鳴りのような叫びをあげて魔物が爆発した。人間の何倍もの体積を誇るその巨体は、しかし爆発が止んだ後には跡形もなく消え去ってしまう。
魔物は死体を残さない。彼らがこの世界に残す痕跡はせいぜい魔針盤がカウントするスコアのみだ。
「さて、帰るか」
任務を終え、武器を背負ったゼイデンがこちらに近づいてきた。体力が戻ってきたモーリスは上体だけ起こし、彼に立たせてもらおうと手を伸ばしてみたが、
「何やってんだ、さっさと立て」
と、冷たくあしらわれてしまった。
ゼイデンとアーチーが行ってしまう。モーリスは重たい体に鞭打って立ち上がると、近くに転がっていた大盾を拾い上げて溜息を一つ吐いた。
昔のようにはいかないらしい。
○
トトゥーナ・エホマールは『センパスチル』のソファに寝っ転がってぼんやり天井を眺めていた。肘掛けを枕にし、薄紫色のツインテールの先端が床に垂れていることなんか気にしちゃいない。
フレイベルは向かいのソファにじっと座って……はいなかった。落ち着きなく店の中を見回したり近くの棚の魔法道具に意味もなく手を伸ばしたりしている。
「あっちが気になるなら行けば?」
「わたくしはトトゥーナちゃんの味方ですから」
励ますような言い方に、トトゥーナは「なんじゃそりゃ」と口を曲げる。『蝋燭』の時みたいにさっさとあの少年に力を貸せばいいのに。
「失礼しま……す」
その時、ドアベルを鳴らしながら一人の女性が入ってきた。黒髪に黒い服、今回トトゥーナに人探しを依頼したイザベラだ。
彼女はソファの上でだらけきっている探偵を見て不思議そうに目を細めるが、すぐにその顔に不安を滲ませた。この店に入ってくる人の一割はこういう顔をしている。
「それで、アレックスは見つかりました?」
「靴になってた」トトゥーナは起き上がって言った。
「えっ?」
「パラズマの能力で革靴に変えられてました。さっき見せたでしょ? あれ」
「そう……」
イザベラは眉を顰めて首を傾げるが、パラズマの起こす事件なんて大体そんなもんなのでそれ以上は追及してこない。
「まあそのうち帰ってきますよ。『お外』から来た優秀な若者がパラズマ退治に向かってるんでね」
外、という言葉を強調しながらトトゥーナは言った。
「どうしてあなたが戦わないんですか? 私はあなたに依頼したのに」
しかしイザベラは食い下がった。彼女はトトゥーナがギルドに所属するバスターであることも知っている。
トトゥーナは口を噤む。自然とイザベラから目を逸らしてしまう。
知り合いが犯人でショックを受けました、なんて言えるはずがない。
「いえ、これから向かおうとしたところですわ」
言えないから、勝手に話が進んでしまう。
「ちょっと、ベル」
「少しだけ休憩していただけですのよ」
ね? とこちらに視線を寄越すフレイベル。優しい微笑みの奥にある圧にトトゥーナは耐えきれず屈してしまう。
「ま、まあそうだけど……」
「なので安心してください、きっとパラズマを倒しあなたの恋人を取り戻してみせます」
彼女は真剣な眼差しをイザベラに向ける。
「頼みますよ」
イザベラはそう念を押して店を出た。
からん、という鈴の音と共にドアが閉まる。
彼女が去った後の店内でトトゥーナは大きなため息を吐いた。
「やるしかないか……」
元々トトゥーナが自ら引き受けた依頼だ。
いつまでも考え込んでいたって仕方がない。
よしっ! とトトゥーナはソファから立ち上がる。
「絶対アイツより先に解決してやる!」




