10 二人の戦い
はっきり言って、トトゥーナ・エホマールは彼らの戦いに全くついていけなかった。
馬車の一台もギリギリ通れないような狭苦しい路地で、フレイベルとリュードの二人がクロースパラズマと激突する。正面から踏み込んだフレイベルが銀剣を振り下ろし、クロースパラズマがそれをひらりと躱す。しかし彼女の斜め後ろを通り抜けるように飛び出したリュードが壁を蹴って空中で方向転換、フレイベルの剣を避けて余裕ぶっていたクロースパラズマに短剣での一撃をお見舞いした。
フレイベルとリュードは背の高い建物に挟まれた路地を所狭しと動き回り、絶妙なコンビネーションでクロースパラズマに追い打ちをかけていく。
参戦するタイミングを完璧に逃したトトゥーナはバトンを構えながら二人の戦いを遠巻きに眺めることしかできなかった。彼女のバトンは魔力を流し込むことで光の『蔓』を発生させ、相手の体に巻き付けて動きを制したり、物体をキャッチして他のものを投擲する、といった戦いを可能とする。しかしこの路地には攻撃に使えるようなものは一つも落ちていないし、クロースパラズマに蔓を当てようにも忙しなく動き回るフレイベルとリュードがぶっちゃけ邪魔で仕方なかった。
やることのないトトゥーナはひとまず地面に放置されている帽子を拾うことにした。二人とクロースパラズマが戦っているところまでそそくさと中腰の姿勢で近づき、シルクハットと麦わら帽子を抱き上げた。
人間がパラズマの能力で変えられてしまったそれだが、どこからどう見ても本物の帽子でしかない。パラズマの能力の原理は魔法に近いと言われているが一体どんな仕組みになっているんだろう……と魔法使いを志す者としてちょっと興味を抱いてみる。
クロースパラズマは二人の猛攻をただ回避するだけだった。反撃らしい反撃もできず、このまま倒されるだけかと思われたが……、
「くっ、かくなる上はッ」
ひらりと体を回転させながら距離を取った彼の手にはいつの間にか縦笛が握られていた。
そう、縦笛だ。
(あれは……)
確信が真実に変わるよりも早く、クロースパラズマは縦笛に息を吹き込む。
狭い路地に奇怪なメロディーが流れた。広場で聞いたそれとは違う、人に不安な気持ちを抱かせるような音色だった。
謎の行動を始めたクロースパラズマに果敢にもそのまま挑もうとするリュード。
しかし、
「ッ、これは」
ピタリ、と。
地面を蹴ろうとしたところで彼の両脚が動かなくなってしまう。クロースパラズマが首を振り、音を震わせると、リュードはぐるりとその場で方向転換しフレイベルにいきなり切りかかったのだ。
「リュードッ」
フレイベルは冷静だ。味方が突然襲い掛かってきても咄嗟に剣を構えてその攻撃をしっかり受け止める。
一体何をやっているんだ、と他人事のように眺めていたつもりのトトゥーナは自分自身が勝手に動き出していることに遅れて気が付いた。
「うわわっ!?」
拾ったはずの帽子を放り投げ、トトゥーナはバトンを振りかぶってリュード同様フレイベルに殴りかかっていた。
バトンはそういう使い方をしないんだから、なるほどこれはクロースパラズマが無理やり操っているだけなんだな。
とか頭で分析している間にも体はやっぱり言うことを聞かなかった。打ち付け合う刃越しにリュードの身体を壁に押し付けて動きを押さえるフレイベルにバトンを振り下ろしてしまう。フレイベルは驚いたように目を見開いたが、瞬時にリュードの短剣から武器を引いてトトゥーナのバトンを躱した。
こちらが仲間割れを起こしている内にクロースパラズマが逃げようとしていた。
フレイベルは無言でトトゥーナの襟首を掴んでリュードに投げつける。「ウワーッ」と情けない声を上げながら吹っ飛んだトトゥーナがリュードの腹に激突し二人で地面に倒れた。
二人が動けない間にフレイベルがクロースパラズマに切りかかろうとする。しかし演奏の手を止めたクロースパラズマは「今のうちにッ」とその場で大きく跳躍し、狭い路地を挟む壁を交互に蹴って建物を飛び越えていった。
パラズマの能力が解け、身体の自由を取り戻したトトゥーナとリュードの二人が起き上がった時にはクロースパラズマの姿は路地にはなく、魔針盤の反応も完全に消えてしまっていた。
「笛が厄介ですわね」
フレイベルも追跡を諦めて銀剣を手放す。剣は炎に包まれて一瞬で虚空に消えた。
「あれはきっとパラズマの能力じゃないだろうな」
パラズマの去った建物の向こうを見上げながら分析するリュード。さっきまで味方に襲い掛かっていたことを特に悪びれもしない態度だが、まあトトゥーナだって敵に操られていたのは一緒なので人のことは言えない。
それより。
「笛って……じゃあやっぱり」
「そうだ」
腰の鞘に短剣を収めながらリュードは振り返り、その場に立ち尽くすトトゥーナに告げた。
冷淡に。
「レミーという笛吹きの男がパラズマの正体だ」
○
クロースパラズマを逃がした三人は路地を抜けて市場に出ていた。すぐ近くでパラズマが暴れていたことなど嘘のように平穏だった。出現自体は知らされているだろうが、まるで他人事だと言わんばかりの無関心さだ。
どうせ倒してくれる、という心理がそうさせるのかもしれない。
「いつ気付いたの?」
遅れて路地を出たトトゥーナはリュードに尋ねる。
パラズマの正体が知り合いだと判明してからトトゥーナの足取りは重かった。まるで急な雨で靴がぐしょ濡れになった時のように歩く気力が削がれていた。
リュードはそんな彼女のことなど気にも留めず、
「最初に会った時からだ。テオの部屋の扉が閉まっていた話を聞いた彼は『一人だけ無事だった』と言った。その時点で何人助かっていたかなんて僕らでも分かっていなかったのにもかかわらず、だ」
「そんなことで……」
「しかし、なぜ彼は『外』の人間ばかり狙うのでしょう?」フレイベルが口を開いた。
「そんなこと僕に訊くなよ、ここで生まれ育ったわけじゃないんだから」
リュードは表情一つ変えないで続ける。
「今はパラズマに憑かれたレミーが次にどこを狙うのかが問題だ。彼のことは既にエミリーに調べてもらっているから一旦ギルドに戻るとしよう」
「あたしはいいかな」
彼の提案に、しかしトトゥーナは賛同しなかった。フレイベルは戸惑い二人の顔を交互に見やっている。
リュードが無言のまま視線を投げかける。答えを待っている様子だが、そこに圧のようなものは感じられない。
それが余計に彼女を苛立たせた。
顔を背けたくなる気持ちを必死に抑え、せめて目だけでも向き合う。
「あたしはパス」
「降りるのか?」
「そう! 元々あたしの仕事は人探しだし、パラズマが倒れれば戻ってくるだろうから、あとは適当にやっといてよ」
リュードは何か言いたげに口を開けるが、その状態でしばらく固まったのちに結局「分かった」と頷いた。
「じゃあ、よろしくね」
トトゥーナはそれだけ言うと、彼に背を向けて去った。




