09 パラズマの正体
「夜中に悲鳴が聞こえて飛び起きたの。急いで家を飛び出したけど誰もいなくて、道の真ん中にコートが一着落ちているだけだったわ」
第一発見者の女性は語る。パラズマが出現したのはマーケットエリアの一角で、夜が更ける頃にはどこも閉まってそうな店が建ち並んでいる。
「コートが一着……」
「そうだけど、それが何?」
顎に手をやりながら呟くリュードに女性が眉をひそめる。
遅れて来たくせに主導権を握っている。……まあ色んな人に声をかける中で彼女を見つけたのがリュードなので当然といえば当然だけど。
落ちていた服は被害者のものじゃないと分かっているのに今更こんなこと調べてどうするんだ……と思っていたトトゥーナだったが、
「悲鳴はいくつ聞こえましたか?」
というリュードの問いに、訊かれた本人でもないのに眠たげにしていた目をぱちりと開いた。
女性は何かを思い出したようだ。。
「そういえば! 二人以上が叫んでいた気がする」
「なるほど、分かりました」
リュードはやけに改まった態度で「ご協力ありがとうございます」と女性に一礼して会話を切り上げた。女性は一方的に納得され釈然としないままその場を立ち去った。
「ねえ、もしかして」
「そういうことだ」
リュードはトトゥーナと、実はその場にいたフレイベルの目を交互に見てから言った。
「屋上の靴や街の至るところにも落ちていた服の一部、あれらは全部パラズマの能力で姿を変えられてしまった被害者たちだ」
やっぱり……とトトゥーナは小さく呟く。
横でフレイベルが首を傾げていた。
「なんのためにそのようなことを?」
「おそらくはコレクションだろう。彼はパラズマの能力で街中の、特に『外』からやってきた人間を次々に襲いファッショアイテムに変えていった。そしてその中からお気に入りのものをピックアップしては持ち去り集めていったんだ」
つまり街中に残されていた他のアイテムはパラズマのお気に召さなかったものとなる。というかデザインなんかはそっちで選べないのか。
「普通に考えればおかしいが、正直パラズマなんてのは何でもありだからな。それに確信したのは君の魔法のおかげだ」
リュードがトトゥーナに視線を向けて言った。
「えっ、あたし?」
「そうだ。君が飛ばした人探しの双葉が引っ付いた革靴は、パラズマの能力で姿を変えられてしまったアレックス本人だったんだ。最初から君の魔法は正しい結果を導いていたことになる。正直助かったよ」
そう言って、リュードはわずかに微笑んでみせた。スカした態度で振舞っている割には妙に素直な奴だ。
フレイベルも両手を合わせて「流石ですわ」とか言ってきた。
トトゥーナは何だか無性にムズムズした。
「ま、あたしはギルドに入る前から魔法の修行やってるし?」調子に乗りかけたトトゥーナは首を振って正気に戻る。「……それは良いんだけどさ、『彼』ってどういうことよ。パラズマの正体でも分かったの?」
「分かった」
リュードは語り始める。
「僕らは既にその人物に会っている。そもそもあのアパートで唯一生き残ったテオが襲われたのは、僕らが彼を探していると犯人が知ってしまったからだ。住人全員を靴に変えたと思っていた犯人は、そこで一つだけ取りこぼしがあることに気が付いた。パラズマに憑かれた犯人はすぐにでもテオを襲ってしまいたかったが生憎彼の居場所は分からない。だから僕たちに探させて、先回りしたということだ」
「待って」
トトゥーナは咄嗟にリュードを止めようとする。彼の言う『その人物』が誰か気付いてしまったからだ。
だが待たない。
彼は決定的な言葉を紡いでしまう。
「いただろう、一人生き残ったテオの居場所を探るため、僕らにヒントを与えた男が」
「待ってよ!」
今度こそトトゥーナは叫んだ。
「まさか、あの人がそんなことするわけ……!」
ここにいる誰もが同じ答えに辿り着いているはずだ。フレイベルは特に驚いた様子もなく無言のまま俯いている。普段はフワフワしていて妙に頼りなさそうな彼女だが、魔物を前にすれば態度が変わる。既に彼女の中では彼は『倒すべき敵』になっているのだろう。
だからこそ否定したい。
彼を敵だと思いたくない。
そんなトトゥーナを嘲笑うかのように魔針盤が鳴り響いた。三人がそれぞれの魔針盤を確認し、パラズマの現れた方角と距離を知る。
リュードは魔針盤を巻いた左手首を軽く掲げて言った。
「まあ、すぐにでも分かることだ」
○
その男女はパラズマから逃げていた。街中に突如として現れた魔人が周囲の人間を襲っている間に隙を見て混乱の中から抜け出したのだ。
「こっちだ!」
二人は互いに離れないように強く手を握りながら路地を駆ける。
路地の両側は背の高い建物が並び大きな壁になっていた。ここに来るまでに何度も道を曲がったので流石にパラズマもわざわざ追ってはこないだろう。それに今頃衛兵たちやバスターが集まって対処してくれているはずだ。
だが。
「おっとぉ……」
彼らの進行方向にふらりと降り立つ影があった。目の前に突然現れた魔人に二人は戸惑い、来た道を引き返そうと咄嗟に立ち止まるも足を絡ませて崩れるように尻餅を突いてしまう。
光の射さない薄暗い路地でパラズマが男女を見下ろしていた。
いや、見下ろしているかは分からない。そのパラズマは亜麻色の細長い布で全身を覆っていて、その顔面にもまるでミイラのように満遍なく布が巻き付いていた。目と鼻は隠れ、薄ら笑いを浮かべた口元だけが外気に触れていた。
「フフフ……」
さしずめクロースパラズマといったところだろう。亜麻色の布を全身に巻き付けた魔人は枯れ枝のようなその手で胸元を布を掴むと、
「ファッション・フラッシュ……!」
ガバッ! と勢いよく開いてみせた。
まるで服の下に隠れた素肌を見せつけるかの如き動作。開かれた胸元から閃光が放たれ、目の前でへたり込む二人を一瞬で包み込んだ。
二人は目の前に手をかざして光を防ごうとするが無意味だった。
光が止んだ時、そこに彼らの姿はなく、二つの帽子だけが落ち葉のようにはらりと地面に落下した。黒いシルクハットとハンチング帽だ。
胸の包帯を戻し、クロースパラズマは男女が変わり果てた帽子にゆっくり近づいてシルクハットの方を拾った。能力のおかげでちょうどいいサイズにはなるが、色味やデザインなどは完全にランダムで当たり外れが大きい。
「ふむ、まあまあだな」
頭を収めるクラウンの部分を鷲掴みにし、顔に近づけてまじまじと品定めするクロースパラズマ(目は包帯に隠れてどこから見えているのやら)だったが、どこからともなく飛んできたライムグリーンの閃光がハットを掴む手の甲に直撃した。
「ッ!?」
ヂリッ、と火花が散り、クロースパラズマの手元からシルクハットが弾かれた。
パラズマ化すると痛覚が鈍る。『彼』は地面に落ちた帽子から興味を失い、閃光の切り裂いた手の甲をもう一方の手でさすりながら閃光の飛んできた路地の角に視線を送った。
そこにいたのは一人の男と二人の女。さきほど広場で出会ったギルドの三人組だ。ライムグリーンの閃光はクロースパラズマの頭上高くを縦に旋回して男の手元に戻った。
短剣を手にした男と、銀色の剣を構えた紅い髪の女が一斉に切りかかってくる。




