07 新たな犠牲者
「あいつとはもう会ってねえなぁ」
頭を覆うヘルメットに胸当てを装備した男は苛立ち混じりにそう答えた。テオの名を聞いて嫌なことでも思い出したようだ。
その感情をこっちに向けられても困るが。
「何があったの?」
「まあ大したことじゃねえけど、馬が合わなくなったってやつだ」
衛兵……ノックスはテオの友人らしい。レミーが言った通り隣のエリアを巡回していた彼は少々面倒くさがりな性格らしく、仕事がサボれるならとあっさり聞き込みに協力してくれた。立って話すのも疲れるからと近くのベンチにどっかり腰かけて足を組んでいる。
トトゥーナは彼の隣に座って話を聞いていた。他の二人はなぜかベンチの裏の植え込みを観察している。
「あいつ、テオと知り合ったのは去年のことだ。最初はノリの良い奴だと思って意気投合したんだが、ちょっとずつ愚痴を聞かされることが増えていってな。仕事で一緒になる奴がムカつくだの、上の階に住んでる奴に出て行ってほしいだのって」
「上の階?」
トトゥーナが話に食いつく。おそらくあのアパートについてだろう。
「そうだ。なんでも仲間を呼んで夜中まで騒ぎ散らかしていたらしい。それも一度じゃなくてほとんど毎週だぜ。いくら注意しても無視しやがるからって喧嘩沙汰になったこともあるくらいだ。それだけじゃない、隣に住んでる奴の飯の匂いがキツイとか、あそこの部屋の奴はゴミ出しのルールがなってねえとか、そんな話ばかりだよ」
「隣人トラブルか、動機としてはあり得そうな話だ」
リュードがぽつりと呟いた。聞いていたのか。
「トラブルの話は別に良かったんだが……」ノックスが話を戻す。「テオの野郎は愚痴の方向性を行動から人種にすり替えていったんだ」
人種。
ノックスの口から出てきた言葉をトトゥーナは頭の中で繰り返す。
「どこの国から来た奴はダメだとか、これだからナントカ人はなんて言い出すもんだから俺は我慢ならなかった。だいたい、あいつは『外』の奴らにあれこれ言っていたが俺からすればあいつも同じだってのによ」
「正直、同感」トトゥーナは控えめに頷いた。
「そうだろ? それではあいつとはめっきり会わなくなっちまった訳だ。あんまり言いたくくはないが……『外』の連中ってのは鼻につく」
なるほどね、と呟きながらトトゥーナはちらりとリュードたちの様子を窺う。
レグナンテスの住民は大きく二分される。この街で生まれ育った地元民と仕事(特にギルドに入ってバスターとして活躍したい人が多い)等で外国から移り住んだ者たちだ。両者の間にはちょっとした対立構造があり、結構センシティブな話題になっている。
リュードとフレイベルは正にノックスの言うような『鼻につく連中』と見做されそうな二人だが(特にリュード!)、当の二人はそんなノックスの発言を意にも留めず植え込みを眺めていた。
なんかカマキリ見てるし、フレイベルはめっちゃ威嚇されてるし。
「…………テオが行きそうな場所は分かる?」
トトゥーナは二人を無視して訊いた。
「隣の部屋が騒ぎ出した時にあいつがよく避難先として使ってた宿がある。どうせそこにいるんじゃねえかな」
○
衛兵ノックスに教えられた宿屋は一階部分がバーになっており、そこのマスターが宿屋の主を兼ねている。言葉の意味同じじゃない?
マスターに話を聞けばテオはやっぱり昨晩ここに泊まりに来たらしい。トトゥーナたちはまだ準備中の薄暗いバーを素通りして階段を上がっていく。
微妙に狭くて急な階段を軋ませながら、トトゥーナはふとリュードに訊いてみる。
「動機とか言ってたけど、テオが犯人ってこと?」
「可能性はある」
「それでは一部の人間のために他のみんなまで巻き込んで消してしまった……と」
「だろうね、まあパラズマなんてそんなものだ」
一度パラズマになった人間は己の衝動を抑えきれなくなる。当初の目的を果たしたからといって取り憑いた人間から出て行ったりはせず、宿主の中に渦巻く欲望は際限なく膨れ上がっていく。そうして衝動が満たされていくことでパラズマ自体の力も増していくのだ。
放っておけば勝手に解決、とはならない。
今回のパラズマだってアパートの人間を消し去って終わりじゃないだろう。発端は些細な隣人トラブルだとして、次々に宿主にとって気に入らない人間が標的にされてしまうかもしれない。
その前に止める必要がある。
ぎゅっ、とトトゥーナは肩に提げたバトンケースの紐を握りしめた。ケースに意識を向け、いつでも中のバトンを取り出せるようにしておく。
しかしテオが泊まっている三階まで辿り着いたところで、彼女の集中は三人の魔針盤が激しく鳴らすアラームの音によってかき乱されてしまった。
続けて聞こえる男の悲鳴。初めて聞いたにもかかわらず、その場にいた誰もがテオの声だと直感的に理解した。
「!?」
左手首に魔針盤を装着していたリュードが一番早く反応した。魔針盤の上に踊る矢印はこの階の一番奥の部屋を指し示している。
すかさず部屋の前に躍り出たリュードがドアノブを握るが、がちゃがちゃと音が鳴るのみでドアは開かない。
「鍵がかかってる」
「まだ寝てたんかい!!」
もう昼過ぎだ。
「待って今開錠の魔法を……!」
トトゥーナは肩のケースからバトンを取り出そうとする。だがケースの紐を緩めようともたついている間にフレイベルが「下がっててください」と二人を押しのけるとその健脚で勢いよくドアを蹴破った。
バコン! と木の砕ける音と共に枠から外れたドアが部屋の中に倒れる。部屋の中に迷いなく飛び込んでいく二人にトトゥーナは完全に後れを取ってしまった。
「やられた……」
部屋の中心に立ち尽くすリュードが吐き捨てた。
いつの間にか魔針盤の反応は消えている。トトゥーナはようやく部屋に入って辺りを見回した。
自分たち以外、部屋の中には誰もいない。
開ききった窓と揺れるカーテン。差し込む光の中に一足の靴が転がっているだけだった。




