05 協力
依頼人の名はイザベラ・パルテ。
生まれた時からこのレグナンテスの街で暮らす彼女はその日、恋人のアレックスの家に泊まっていた。真夜中にアレックスがベッドを抜け出すのを見かけたイザベラだったが、用を足しに行くのだろうとそのまま再び眠りについた。しかし朝になってもアレックスは戻ってきていなかった。もう仕事に行ってしまったのかと思って職場を訪ねるが、アレックスは来ていないと言う。知り合いに訊いて回ってもアレックスがどこへ行ったか知る者はおらず、途方に暮れた彼女は魔法で様々な問題を解決してくれるらしい『センパスチル』を頼ることにした。
「……それで、依頼人の恋人を捜すために魔法の葉っぱを飛ばしたらここに着いたわけか」
深緑色の髪を後ろに流した筋肉質な少年は双葉が乗った革靴を一瞥し言った。浅黒い肌をしているが、元からではなく日焼けによるものだろう。
「住人はどこへ行ってしまったのでしょうか。もしかしてここから飛び降りてしまったのでは?」
「まさか、落ちて無事な高さじゃない」
「逆に飛んでいったとか?」フレイベルは空を指でさして言った。
「それこそまさかだ。天使じゃあるまいし」
「消えたんだよ」
ぴしゃりと言ったトトゥーナを二人が見た。
「あたしの魔法は捜したい相手の場所まで案内してくれるけど、本人じゃなくて身につけていたものに引き寄せられるのはおかしい」
「なるほど、これしか残されていないってわけか」
「そう! だと、思う……」
自信ありげに即答したトトゥーナだったが、すぐに勢いを失ってしまう。自信がないのではなく、彼を前にして萎縮してしまったのだ。
なぜなら、
(こんなところで会うなんて……)
原生獣に襲われているところを助けられておいて、感謝するどころか勢い余って悪態をついてしまった相手と再会するとは思ってなかった。
正直かなり気まずい。もしかしたら最後の捨て台詞(?)だって聞かれていたかもしれないのに。
トトゥーナの態度に怪訝そうに眉をひそめる少年の視線に、トトゥーナは思わず目を逸らしてしまう。今頃草原での出来事を思い出しているかもしれない。
「紹介がまだでしたわね。リュード、こちらはルームメイトのトトゥーナちゃん、魔法が使えるそうです」
こちらの内心など露知らず、フレイベルは勝手に向こうに紹介し始めた。だがリュードは無関心そうに「そうか」とだけ言うと、トトゥーナから意識を外した。
(あれ? 忘れてる……?)
嫌味の一つでも言われるかと身構えていたトトゥーナはそっと胸をなでおろす。
だが。
「まあさっき街の外で会ったんだけどね」
(覚えられてた!)
「そうだったのですか?」
「任務の帰りにちょっとね、というかこの前食堂でも一緒にいただろ」
(その時から覚えてた!)
なんだよーっ、とトトゥーナは頭を抱える。
「それにしても、どうして皆さんは靴を残して消えてしまわれたのでしょう?」
「さあね、犯人の趣味とかじゃないか」
ひとり悶々とするトトゥーナを余所に二人が話していると、勝手口のドアを開けて屋上に上がってくる影があった。青い髪に緩いシルエットの服に身を包んだ女エミリーは手を振りながらこちらに駆け寄ってきた。
「おーい、ちょっと聞いて」
「何か分かった?」リュードが訊ねる。
「靴の数が合わない」
エミリーはさらっと答えた。
「今さっき数えた靴の数とこのアパートの居住者のリストを照らし合わせてみたの。そうしたら…………二つ少なかった」
エミリーは両手の人差し指と中指を立てながら言った。
「それじゃ四つだ」
リュードが余計なツッコミを入れる。エミリーは自分のダブルピースとしばらく睨み合うと「靴は二個で一つでしょうが!」とその四本の指をリュードに突き刺した。
目の前でじゃれ合うエミリーたちを冷ややかに眺めつつ、トトゥーナは彼女に疑問を投げかける。
「で、誰の靴がなかったの?」
「一人はともかく、もう一人は予想がついてる。このアパートのドアは全部開きっぱなしになってると思ってたけど一つだけ鍵がかかったままだった。そこにはテオっていう男が暮らしてて、部屋の中にいる気配はない」
「じゃあその人が怪しいってこと?」
「分かんないけどね、たまたま巻き込まれなかっただけかもしれないし。でも調べてみる必要はあると思うよ」
リュードをつんつんするのをやめて冷静に答えるエミリー。トトゥーナは彼女が、受付嬢をやる前は誰かさんとコンビでパラズマ事件を捜査していた時期があったという話をふと思い出した。
リュードは程よく筋肉のついた腕を組んで、
「ここに留まってても仕方ない、そいつを当たってみないと始まらないな」
「そゆこと、じゃああとはよろしく」
エミリーは彼の肩をポンと叩いた。
「ちょっと待った、なぜ僕が彼女たちと協力することになっている」
「若いもん同士で頑張れよ~」
手を振りながらエミリーはそそくさと屋上を後にしてしまう。トトゥーナ自身もこの男と一緒に捜査というのはちょっとばかり不本意なわけだが、有無を言わさず彼に押し付けてしまう剛腕はつい感心してしまった。
はあ、とリュードはあからさまに肩を落とした。
「ボスから直々に任された事件なんだぞ」
「いいではありませんか、今回もたまたま戦う相手が同じだったということで」
両手を合わせながらフレイベルがにっこり笑った。彼女が何か符丁のようなものでも使ったのか、リュードは諦めたように溜息を吐いた。
○
「なあモーリス、さっき食堂で話してたのって誰?」
盾を背負った大柄な青年・モーリスの前を歩く仲間の一人が唐突に尋ねてきた。
彼らは魔物を探して森の中を歩き回っていた。天気塔のない街の外でも魔針盤は魔物の居場所を探知できるが、それなりに近づかなければ教えてくれないし、寄ったら寄ったでうるさい警報を鳴らして相手に気付かれてしまうので役立たなかったりする。
一応マナーモードにすれば光と振動だけで伝えてくれるようにはなるが、神経を尖らせ魔物を探し回っている最中にブルブル震えられてもちょっと気づきにくい。
ちなみに尋ねてきた仲間の名はアーチー。癖の強い黒髪の青年で、弓を扱う。
「リュードだよ、俺のルームメイト」
「ほお」アーチーは適当に相槌を打つ。
「誰だっけ? そいつ」
先頭を歩きながらそう言ったのはもう一人の仲間のゼイデンだ。明るい金髪を短く刈り上げた彼はマントを羽織った肩に大きなウォーハンマーを担いでいる。
二人はモーリスの子供の頃からの友人で、歳も一緒だ。
「この前蝋燭の騒動があっただろ? それを解決したのがリュードなんだよ!」
モーリスは得意げに説明した。リュードとはまだ知り合って日が浅いが、彼が活躍したと聞いた時はまるで自分事のように嬉しかった。
「あー、あの『霊郷』の」
「お前そんなやつと同じ部屋だったんだな」
だが二人の反応は淡白なものだった。
リュード、というよりそれを話すモーリス自身への興味がないように感じられてしまった。
モーリスが何かを返すこともなく会話はそこで終わり、森の中は再び静かになる。
魔物の探索は続く。




