03 猫探し人探し
トトゥーナが『センパスチル』に戻ると、店に入って左のソファに向かい合って座りながら二人の男女が何かを話していた。褐色肌に艶のある黒髪の女性はトトゥーナに気付くと小さく手招きをした。
「どったの先生?」
採ってきた魔法薬の素材が入った籠を店のカウンターに置いてから、トトゥーナは二人に寄った。
先生ことマジョルジョは向かいに座る男に視線をやる。身なりのいい、老紳士然とした男にはトトゥーナも見覚えがあった。
「久しぶりトトゥーナちゃん」老紳士が口元を緩めた。
「どうも……」トトゥーナは小さく(本当に小さく)ぺこりと頭を下げる。「ここに来たってことは……まさかまた猫探し?」
「そのまさかなんだよねえ」
と、老紳士は照れくさそうに顎を触った。
『センパスチル』は主に魔法道具や魔法薬を扱う店だが、時折客の頼みを魔法を使って解決してやることがある。もちろんこれにも金銭は発生するが、大抵は探しものを見つけれくれだとか、○○に効く薬を作ってくれだとか、まあそんなものだ。
この老人の頼み事はペットの捜索である。彼は数匹の猫を飼育しており、そしてよくいなくなる。そのたびにここへ来て見つけてもらうのだ。
トトゥーナは腰に手を当てて、
「まったく今年に入って何回目よ」
「いやあ面目ない!」
「言ってもみんな外猫でしょ? 探さなくてもそのうち帰ってくるんじゃないの」
「エリア中歩き回っても見つからなかったんだ。いつも同じエリアからは出て行かないんだけど隣の方まで行っちゃったらお手上げだよ、何かあったらって思うともう心配で」
「はいはい」
適当に流しつつマジョルジョに視線を送る。彼女はトトゥーナの肩に手を置いて「じゃ、あとよろしく」とカウンターに向かってしまった。
トトゥーナは顔をしかめる。
「まあいいや」トトゥーナは気を取り直して老紳士に顔を向けた。「とにかく探してあげます。それで今回は誰が逃げたの? トム? シルベスター?」
「ガーフィールド」
「そう……」
正直みんな一緒だ。魔法を使った猫探しにおいて猫の特徴などといった情報はあまり役に立たない。
「じゃあいつものように、探してほしい相手に関係あるものをちょうだい」
「はいよ」
老紳士は上着のポケットから取り出したそれをトトゥーナに渡す。
「これは?」
「この前吐いてた毛玉だよ」
「あー…………どうも」
掌に乗せられた毛の塊と老紳士を交互に見て、トトゥーナは作り笑いをする。
そんなわけで。
トトゥーナは早速魔法の準備を開始する。カウンターにトトゥーナが置いておいた籠から、素材の詰められた小瓶や小袋を取り出し物色しているマジョルジョの横を通って店の奥へ。作りかけの魔法道具や薬の素材が様々な容器に入れられ保管されている作業部屋へ行き、トトゥーナは棚の上から緑色の液体が詰められたアンプルを一つ手に取った。
「ここにあった」
ついでに床に転がっていたバトンも持っておく。これを忘れてせいで今朝は痛い目を見たのだ。裏口へ向かい、ドアの脇に佇む植木鉢を持って外に出る。
「さてと……」
植木鉢を地面に置いて、土の中に老紳士から受け取った毛玉を埋める。アンプルの先端を開けて土に刺せば儀式の準備は完了だ。
植木鉢から一歩引いたところに立ってバトンの先端を差し向ける。細長いバトンの両端には大小二つの球体がそれぞれ取り付けられており、使用者の魔力を受け取ってそこから放出する仕組みになっている。トトゥーナが鉢に向けたのは小さい方だった。
トトゥーナはバトンを持つ手に意識を集中させ、呪文を唱える。
「『大地は旅人の行方を表す』」
魔法が発動し、バトンの先にある球体がオレンジ色の光を放った。植木鉢に刺さったアンプルの中身があっという間に土の中へと吸い込まれていき、鉢の中心から小さな芽が出た。アンプルの液体が促進剤になり、毛玉を種替わりにして発芽したのだ。
芽がすぐさま開いて双葉が現れたと思えば、その場で回転を始める。バラララ……と小さくも激しい音を立てながら双葉はすぽっと土から抜け出して空中に飛び立った。
回転しながら宙に舞った双葉がそのままある方向に向けて進んでいくのをトトゥーナは追いかける。向かう先は猫のガーフィールド。双葉が進むスピードは意外と速いため暢気に歩いていたらすぐに見失ってしまいそうだ。
屋根より高くに上がった双葉は発動者の少女もお構いなしに建物を飛び越えて空中を突き進む。トトゥーナは双葉が越えていった家をぐるりと迂回して追跡する。
風の流れに逆らいながら飛んでいく双葉を追いかけていく内にいつしかトトゥーナは隣のエリアまで来ていた。
すれ違う人々に奇異の目で見られながら追いかけた双葉がとうとう目的地に到着する。
徐々に減速しながら双葉は通りに生えている木の一本に突っ込んでいった。双葉は青々とした葉っぱに紛れてしまったが、きっとあの中にガーフィールドがいるはずだ。どうせ枝の上から降りられなくなったとかだろうな……と見当をつけるトトゥーナはそこで木の下に見知った人物が立っていることに気付いた。
「ベル?」
一度見たらなかなか忘れない、ボリュームのある燃えるような髪を揺らしてフレイベル・ベニーロは振り返った。
「トトゥーナちゃん、どうしてここに?」
「猫探し、そっちは?」
「奇遇ですわね、ちょうどわたくしも猫を追いかけていたところですの」
フレイベルはそう言って木の中を指で示した。彼女が指さした方に視線を合わせれば、トトゥーナの予想通り枝の上で一匹の猫が縮こまっているのが見えた。
「すっごい威嚇されてるけど」
虎柄の猫は耳を思いっきり後ろに立てて「シャーッ!」と鳴いている。
目を剥いて息を荒くするガーフィールドを見ながらフレイベルは「それが……」と事のいきさつを語り始めた。なんでも、道で見かけた猫を抱き上げたらめちゃくちゃ暴れて逃げ出したので、それを追いかけたら木に登ってしまったのだという。
「何やってんの」
「生まれて初めて猫を見たので……」
「あんたどっから来たの? ……まあいいや、とにかく降ろしてあげなきゃ。こっちはそう頼まれてるんだから」
「しかしどうやって降ろすつもりでしょうか? かなり警戒されていますが」
フレイベルがまたガーフィールドに視線を向けると「フーッ」という荒々しい唸り声が返ってきた。
「ベルだけだよ警戒されてんの。……こうやんの」
冷静に突っ込んだトトゥーナはバトンを強く握った。すると片方の球が光り、彼女の魔力が蔓の形を取ってシュルシュルと生えてきた。釣り竿のようにぶんっとバトンを振って蔓を飛ばせば、勢いよく伸びていった蔓の先が広がってガーフィールドの全身を包み込んだ。
「よっ」
トトゥーナがバトンを手前に寄せると、光に包まれたままのガーフィールドの体が引っ張られて枝から離れた。バトンから生えた魔力の蔦が徐々に短くなっていき、ふわりと落ちてきた虎柄の猫をキャッチするのと同時に蔓は消滅した。
猫のガーフィールドはトトゥーナの腕の中で目を丸くして大人しくなっていた。何が起きたか分からない、といった様子だ。
「お見事」
掌を合わせてフレイベルが言った。そしてすぐ指で猫を突っつこうとして吠えられていた。
「ちょっと!」
ガーフィールドを落っことしそうになりながらトトゥーナが叫んだ。
○
フレイベルがちょっかいをかけるたびに暴れる猫を抑えながらトトゥーナは『センパスチル』に戻る。
老紳士はガーフィールドを籠に入れ、感謝を述べて帰っていった。
「魔法を使って簡単に猫を探してしまうなんてすごいです」
「ふふ、まあね」
どの立場で言っているのか分からないフレイベルの言葉に思わず顔を綻ばせるトトゥーナ。
その時、店のドアが勢いよく開かれた。鈴を激しく揺らして入ってきたのは若い女性だった。黒髪に黒い服を着た彼女はひどく憔悴した様子でトトゥーナの顔を見ると、
「お願いします! 探してほしいんです!」
「まあ落ち着いて、まずは何を探してほしいか教えてくれなきゃ。魔法だからって何でも出来ちゃうわけじゃないんでね。それで犬ですか猫ですか」
「人です」
フレイベルにおだてられて調子に乗っていたトトゥーナは、女性の真剣な訴えに正気に戻った。
「アレックスを……私の恋人を見つけてください!!」




