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フレイミングフレイベル  作者: 風上 環
第3話 マジカルガール・ウィズ・フレイミング
29/44

01 ばったり出くわす

【前回のあらすじ】

 フレイベルと協力し、キャンドルパラズマの蝋燭パンデミックを解決したリュード。

 宿主となった少女にも手を差し伸べる彼女の姿に、リュードは天使の優しさを見るが、まだ認めたわけじゃない。

 それとこれとは話が別だ。

宗教画、という絵画のジャンルがある。

 端的に言えばその宗教にまつわる人物やエピソードを描いたものだが、こと天使をテーマにしたそれはフレイベル・ベニーロにとってはただの知り合いのイラストだ。


 とある教会に来た彼女が今目にしている絵に描かれているのは知り合いどころではない。

 真紅の鎧を纏った天使が、何かを掴むようにこちら側に右手を伸ばしている。鳩を模した兜を被った灰色の天使が彼と背中合わせに立っており、絵画の下部分では真っ赤な髪の男が勇ましく剣を掲げていた。


「やあ、君もこの絵を見に来たの?」

 ぼんやりと絵画を見上げていたフレイベルは声をかけられて初めて先客の存在に気付いた。


 茶色い髪を無造作に伸ばした大柄な青年だ。大きな盾を背負い、服の上からプロテクターを装着している。ファッション性を度外視した機能重視の格好だ。鼻は大きな鷲鼻(わしばな)で顎もがっしりしているが、穏やかな目元のおかげで顔立ちに(いか)つい印象はない。


 鷲鼻の青年は盾を背中に固定するためのベルトを直しながら、

「いいよなあ、この絵を見ていると勇気が貰えるっていうか、頑張ろうって気になれるんだよ。俺は任務に行く前にいつもここへ来るんだ」

「確かに彼は勇気を司る天使、父の絵を見て勇気を得る者がいても不思議ではありません」

「えっ?」青年は驚いた顔でフレイベルを見る。「これ、君のお父さんの絵なんだ?」


 しまった。隠し通すつもりはなかったが、あまり易々と天使という素性を明かすべきではない。それに『彼』の娘だと知られるのは出来るだけ避けたかったが……。


「教会に絵を飾ってもらえるなんて君のお父さんは凄いんだね」

 青年はあまり気にしてなさそうだった。


「わたくしがこの街に来たのも、父を(なら)ってのことですわ」

「父親の後を追って……ってわけか。ところで今も君のお父さんはこの街に?」

「…………父はこの街にはいませんが?」フレイベルは首を傾げた。「わたくしの父なら……」


 彼女は教会の天井を指さした。

「空の向こう……雲よりずっと上に父はいます」


 言うまでもないが、天界のことだ。


「ごめん、変なこと聞いちゃった……」

 だが青年は気まずそうに視線を逸らししばらく黙っていたが、思い立ったように「そうだ」と口を開く。


「もう行かなきゃ!」

 青年は早くこの場を離れたいといった態度で教会を出て行った。


 天井に人差し指を向けながら、青年を見送るフレイベルは怪訝そうに片眉を上げた。


     ○


 トトゥーナ・エホマールの朝は早い。

 今日も彼女は魔物の討伐任務を装って魔法薬の材料を採取しに街の外へと出かけるのだった。街を出ることに特にペナルティはないが、ギルドの仕事という体なら衛兵たちの目の前を堂々と素通りできる。


 薬の材料になる素材は蝶の(はね)から植物の根っこ、河原に転がるいい感じの石ころまで多岐(たき)に渡る。この世のあらゆる物体には一定の魔力を浴びせると各々が固有の現象を引き起こす性質を宿しており、素材同士を組み合わせ、量を調整することで起きる現象も多様に変化していく。これを利用し、特定の効果をもたらす『レシピ』を発見していくのが魔法薬学と呼ばれる分野である。ちなみに人体の一部は素材にはならない。爪の垢を煎じたって人の能力は得られないのだ。


 ……とまあ、ここまで語っておきながら魔法薬は今回まったくどうでもいい。

 正直そんな話をしている場合じゃなかった。


「尻尾の毛くらい寄越せってんだよまったくもう!!」

 素材を詰めた鞄を抱きかかえながらトトゥーナは草原を全力疾走していた。頭の高いところでツインテールに纏めた薄紫色(ウィステリア)の髪が走る動きに合わせてパタパタと揺れる。


 トトゥーナは草原の道になっているところも無視して街まで直線距離をひた走る。後ろからは尻尾を含めて一メートルはあるだろう原生獣(げんせいじゅう)のアライグマ(学名:ゴミアサリ・モッテッチマウス)が今にも飛びかかってきそうな勢いで追いかけてきていた。


(眠らせた隙に抜いてやろうと思ったのにこいつ目覚めやがった! でも効き目が強すぎると悪影響だしな~)

 尻尾の毛を抜かれたのが相当痛かったらしい。睡眠薬の効果をぶち破って起きたアライグマはかれこれ十分くらい褐色肌の少女を追っている。


 魔物ならさっさと倒せばいいが、原生獣となると話は別だ。ギルドでは特に、彼らに意味もなく危害を加えることはタブー視されている。

 昔は大きかったり獰猛な生き物も魔物に分類され討伐の対象とされていたそうだが、魔物の研究が進みしっかりとした定義づけが行われた。その結果セルとコアで体を構築していない、いわゆる『魔物じゃない普通の生き物』を指す原生獣なる言葉が造られた。これをレトロニムという。


 傷つけないなりに適当に威嚇して追っ払えばいいのだが、こういう時に限って武器のバトンを忘れていた。どうせ大丈夫だろうと思って『センパスチル』に置きっぱなしにしてしまったのだ。

 慣れって怖い。


「うわっ」

 足を捻ったトトゥーナがその場にがくっと崩れ落ちてしまう。尻尾の毛を(むし)られた恨みで悪魔みたいな形相を浮かべるアライグマが今だとばかりに跳躍し人間の少女に突撃する。


 原生獣といえども生き物だ。魔物じゃないからって人間に危害を加えないとは限らない。海に行けば鮫が出るし、山に行けば熊が出る。お花畑をブンブンブン飛んでいる蜜蜂だってやるときはやるのだ。


(やば……ッ)


 しかし少女に食らいつかんと空高く跳びあがったアライグマは真横から突っ込んできた何かによって大きく吹き飛ばされてしまった。「ぎゃん」と小さく悲鳴を上げて地面を転がったアライグマが一目散に逃げていくのをトトゥーナは視線の端で捉える。


「なんだ、ただの原生獣なら追いかけても仕方ない」

 アライグマを追い払ったであろう張本人がつまらなそうに呟いた。トトゥーナが起き上がり声の主に振り向くと、鳥とトカゲの中間みたいな原生獣がまず見えた。

 たぶんこの走り鳥がアライグマを横から蹴りつけたのだろう。


「怪我はないみたいだけど?」

「あ、ありが…………げっ」


 礼を言いかけたトトゥーナは走り鳥の乗り手の顔を見て思わず口を(つぐ)む。


(この前のあいつ……)

 深緑色の髪を後ろに撫でつけた筋肉質なその少年は、先日食堂でフレイべルと話していた彼女をギルドに入れたとかいう奴だ。何となく印象が悪かった記憶がある。


「べっ別に助けてもらう必要なんてなかったけど……あたしだってこれでもギルドの一員なわけだし」

「…………そうか」


 少年はトトゥーナのつんけんした態度に眉をひそめながらも、

「なら安心だ、一人で帰れるならそれでいい。他の人間をこの鳥に乗せるのは正直避けたかったからね。()()()僕の目の前で蹴っ飛ばされたら困る」

「乗せてもらおうなんて思ってないし」


 ふん、と腕を組んでそっぽを向くトトゥーナ。その蹴られた人は大丈夫なのか?


「まあいいや、気を付けて帰ることだな」

 言って、少年は手綱(たづな)を引っ張って街に向けて鳥を走らせた。そんな彼の態度が食わないトトゥーナはこっそり、


「そっちこそ、鳥さんに振り落とされないようにね」

 と吐き捨てるが、どうやら向こうに聞こえていたようで走り鳥ごとぴたりと止まった少年がこちらに振り返って微笑んだ。


「心配ありがとう、でも僕は平気だ」


 皮肉っぽく返されてしまった。


 走り去る少年の背中を見送りながらトトゥーナはしばらくその場に立ち尽くしていた。そして彼の姿が完全に見えなくなってから、


「誰か心配なんてするもんかーっ!」

 と叫ぶのだった。

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