13 赤と青と緑の光
レグナンテスという都市の歴史は比較的浅く、教会勢力が新大陸を『発見』してこの街を造ったのは天気塔やギルドのようなシステムが確立されてからのことだ。
そのため、街は初めからパラズマとの戦闘を想定して設計されている。
交戦地点。
リュードとフレイベルの二人がキャンドルパラズマを戦いつつ誘導したのは、そういった用途で都市に点在する戦闘フィールドの一つだった。
見た目にそこらの広場と大きな違いはない。タイル張りの地面に点々と埋め込まれたライトが夜の街を下から照らすその場所に連れてこられたキャンドルパラズマは、攻撃を受けて地面を転がるもののすぐさま起き上がって反撃する。
キャンドルパラズマは右腕と一体化した蝋燭の槍を力任せにぶん回した。ゴォッ! と風を切る横薙ぎの一撃が二人を襲う。
生身で喰らえば人間の身体など容易くへし折ってしまう攻撃をフレイベルは銀剣を構え受け止めた。腰を落とし、柄を握っていない方の手を刃に添える形で丸太のような槍を食い止めた彼女の脇をリュードが駆け抜ける。隙の生まれたキャンドルパラズマの懐に飛び込んだリュードは魔人の身体に両手の短剣で切りつけながら通り過ぎていった。
火花が散り、キャンドルパラズマがよろめくのをフレイベルは逃さない。剣を持ち上げ、浮かせた槍の下を潜り魔人に接近すると、その胸に連続で斬撃を与える。
つい先日出会ったばかりの、まだ一度しか共闘したことのない二人のそれとは考えられない絶妙なコンビネーションだった。
天使であるフレイベルの力は言葉の通り人間離れしている上に未知数だ。変身してフレイミングフレイベルとなればその能力も大幅に上昇するだろう。
そんな彼女の戦いに難なくついてこれるリュードの実力は一体どれほどのものか。
このまま攻撃を繰り返していけば順当に倒せる。だがここにきてキャンドルパラズマの行動パターンが変化した。
彼女は二人に向かって突きを繰り出す。蝋燭の槍は両者のちょうど真ん中の空間を意味もなく貫いたように思えたが、次の瞬間、槍の表面が「ぐじゅり」と不気味に波打った。
「はっ!?」
危険を察知したリュードが咄嗟に後ろに飛び退く。フレイベルも未知の攻撃に備えて胸の中段に銀剣を構える。
間もなく、波打つ槍からいくつもの棘が生えてきた。サボテンの棘のように飛び出したそれが小さな(実際はこちらが本来のサイズだが)蝋燭であると気づいた時には、先の尖った無数の蝋燭が二人目掛けて射出された。
リュードは足元を狙った蝋燭をバックジャンプで躱し、短剣を空中で高速回転させることで矢のように飛んでくる蝋燭を弾いていく。フレイべルも同様に剣を振るって蝋燭を切り刻み弾くが、すべて防ぎきることは不可能のようで何本か被弾してしまっていた。真紅の鎧に蝋燭が当たっては砕け散り、鐘か鈴のように甲高い音が連続する。肉体への直接的なダメージはなくとも、鎧を通して小さな衝撃が伝わり、流石の彼女も押されて「くっ」と声を漏らしていた。
キャンドルパラズマの能力は強く、攻撃のチャンスを与えてくれない。
向こうが槍を振るって二人の足元に溶けた蝋をぶち撒ければ、そこから突き出した巨大な蝋燭が彼らの心臓を狙って襲い掛かる。右腕を天高く掲げれば、波打つ槍から飛び出した無数の蝋燭が戦場の弓矢のごとく降り注いだ。
リュードとフレイベルはキャンドルパラズマの繰り出す隙の無い蝋燭の攻撃に後退を余儀なくされ、広場の端っこへと追いやられてしまう。二人は広場に植え込まれた樹木に身を隠し、背中をついて座り込む。
かかかんっ! と飛来する蝋燭が背中の木に激突しては砕ける音が聞こえた。木の幹は人ひとりがすっぽり隠れられる太さで、飛んでくる蝋燭が当たることはない。
リュードは、
「右腕の蝋燭が厄介だな」
「どうしましょうか!」
隣の木を盾にしたフレイベルが兜に覆われた顔をこちらに向けながら大きな声で返した。すぐ近くに飛んできた蝋燭の矢が木皮にぶつかって破片を散らし、彼女は思わず頭を引っ込める。
「君がやれ」リュードは言って、フレイベルを見た。「こっちで合わせる」
その言葉に一瞬、彼女は戸惑ったようにわずかに目を逸らした……ような気がした。翼を模した漆黒のマスクで顔は見えなくとも、それでも確かにリュードの目を見返して、力強く頷いたのだ。
リュードの中でどんな心境の変化があったのか、フレイベルは知らない。
そもそもこの状況でプライドだ何だと言ってられないだけかもしれない。
ただリュードはフレイベルに力を合わせることを提案し、彼女も従うことにした。
それだけで充分だった。
蝋燭の雨が止む。エネルギー切れでも起こしたのか、どうやらずっと撃ち続けられるものでもないらしい。木の向こうでキャンドルパラズマが狼狽えたように右腕を振っているのが分かる。
次の『弾切れ』を待っている時間はない。
リュードとフレイベルは木の陰から飛び出してキャンドルパラズマの前にその身を晒す。
装填を済ませたキャンドルパラズマが右腕を地面と平行にし、その槍先を二人に向けた。
「あの子を救います」
「分かってるよ」
反撃が始まる。
ぞわり、と。キャンドルパラズマの全身を覆う真っ白な蝋が不気味にうねり、波のように右腕へ押し寄せた。エネルギーを溜め込んだ右腕の槍が膨らんだかと思えば、次の瞬間には破裂音と共に大量の蝋が噴出した。
蝋は空中で形を変え、人間の腕ほどに大きい蝋燭となって二人に襲い掛かる。
降り注ぐ蝋燭を避けながらリュードとフレイベルは疾走する。あるいは上から飛来した蝋燭を横に跳んで回避し、あるいは眼前に迫る蝋燭を切り裂いて、キャンドルパラズマが立つ広場の中心まで全速力で駆けていく。
自身を狙う蝋燭をフレイベルは銀剣で切り捨てた。それでも対処しきれない蝋燭をリュードの飛ばした短剣が的確に撃ち落とす。
すぐ後ろで爆ぜる蝋燭も無視して彼らは走る。
真紅の天使が蝋燭の魔人に到達した。
キャンドルパラズマは蝋燭を飛ばすのを止め、巨大な右腕を使った攻撃に切り替えた。がむしゃらに振り回しているだけの一撃はしかし重く、フレイベルであっても剣を当て軌道を変えることでどうにか直撃を免れる。
悲鳴にも雄叫びにも聞こえる声を上げながらキャンドルパラズマが勢いよく右腕を叩きつけ、それをフレイベルの剣が受け止めた。蝋燭と刃が激しくぶつかり合って「ギャン!」と凄まじい音が鳴る。
捉えた。
蝋燭の槍と右腕のちょうど境目の辺りに深々と食い込んだ刃がその動きを抑える。キャンドルパラズマも負けじと右腕に力を込めて鎧の天使を押し潰そうとした。
銀剣の柄を両手で握り、魔人の槍を必死に食い止めるフレイベル。
拮抗する二人。しかしこの場合、上から遠慮なく全体重をかけられるキャンドルパラズマよりそれを腕の力のみで弾こうとするフレイベルの方が圧倒的に不利だった。
ぎり……と、鎧に包まれたフレイベルの背中がわずかに反る。
このままいけば力負けしてしまう。
だから……、
「ベル!!」
リュードは叫び、短剣を投げた。
少年の放った短剣は針の穴を通すような精密な軌道を描きながらフレイベルの手元を一瞬にして通り抜け、彼女の持つ剣の鍔に刺さった鍵をわずかに撫でた。
がちゃり、と鍵が動いて銀の刃が紅い光に包まれる。
エーテルの輝きが剣の威力を増幅し、槍を形作る蝋をみるみるうちに溶かしていった。溶けた蝋が火花となって滝のように槍から溢れていく。
そしてフレイベルが両手に握る剣を勢いよく振り上げた。キャンドルパラズマの右腕と一体化していた蝋燭の槍が根元から派手に切り飛ばされて宙に跳ね上がる。
くるくると空中で回転している蝋燭を眺めている間もなく、腕を弾かれてがら空きになったキャンドルパラズマの胴にフレイベルは蹴りを入れる。真紅の靴底が刺さり、キャンドルパラズマの身体が広場を転がった。
蝋燭の槍が地面に墜落し砕け散るのを尻目にフレイベルは鍵を三回捻る。炎が吹き荒れ、銀の刀身が真紅に燃え上がった。
とどめを譲るつもりはない。リュードもすかさず腰のベルトからチャクラムにも似た円形の柄を取り出した。四つの短剣が鍔に装着され、一つの大きな手裏剣が完成する。
フレイベルが灼熱を纏う剣を中段に構える。
リュードの手裏剣が霊気を帯びてライムグリーンに光った。
「緋天式───」
「真海流───」
足を開いてそれぞれ構えを取る二人。
キャンドルパラズマは起き上がるが右腕の蝋燭は失われてしまった。力を込めるが、溶けた断面がずるずると音を立ててうねるのみだ。
そして。
「天火烈鳥撃」
「薙鬼刃!」
攻撃が放たれた。
地面を蹴ったフレイベルが翼を広げて飛び立つのと、リュードが手裏剣を投擲するのはほぼ同時だった。赤と黒の翼を羽ばたかせる天使と、四つの短剣が十字を描く手裏剣が目にも留まらぬ速さで超低空を駆け抜けて、キャンドルパラズマに直撃する。
インパクトと同時、フレイベルの剣が一層激しく燃え上がった。リュードの手裏剣もまたその輝きを増す。
赤と緑。
それぞれの光を宿した二つの斬撃がキャンドルパラズマの体の上で交差して、その巨体を轟音と共に切り裂いた。
火花を散らし、キャンドルパラズマは悲鳴を上げて爆発した。紫電と爆風が広場に吹き荒れ、オレンジの光を発していた周囲の照明が彼らの凄まじい攻撃の余波を受けてエーテルの真紅と霊気のライムグリーンに染まった。




