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フレイミングフレイベル  作者: 風上 環
第2話 アイアムアバスター
26/44

12 ひとりきり

 パラズマのいる西サイドへは橋を渡っていく必要がある。

 つまり、蝋燭売りを避けるために屋根から屋根にいつまでも飛び移ってはいられないということだ。


 橋に最も近い建物の屋根からリュードは躊躇なく飛び降りる。着地の瞬間に体を捻って転がることで衝撃を分散させ、難なく立ち上がった。


「蝋燭ぅぅぅ!」


 リュードを発見した蝋燭売りたちがうめき声を発しながら殺到した。橋の向こうからも、並木の連なる川沿いからも。市民のほとんどに蝋燭を売ってしまい、顧客に飢えた彼らは我先にと駆け付ける。彼らの頭に生やした蝋燭の光が重なり合い、青白い炎の波が橋を含んだ四方向から押し寄せてくるようであった。


 逃げ場はないように思えた。

 しかしリュードはその場から一歩も動かず、深く息を吸い込んだ。すると背中の鞘からライムグリーンの光を放ち、四本の短剣が音もなく浮き上がる。短剣は少年の周りを円を描くようにして舞う。


 彼のとった行動はシンプルだった。胸の前で腕を交差させ、ただ広げる。その動作に連動して、宙を舞っていた四本の短剣が急加速して迫る蝋燭売りの頭の蝋燭を貫いた。根元から切断された最初の蝋燭が地面に落ちるよりもずっと早く、短剣は空中で幾度も軌道を変え、一つまた一つと青い火を灯す彼らの蝋燭を切り飛ばしていった。


 あまりにも精密なコントロールでもってリュードは短剣を飛ばし、大人から子供まで高さの違う頭に生えた蝋燭を次から次へとぶち抜いていく。超高速で飛び交う四つの刃がライムグリーンの軌跡を描いて夜の街に奇怪な十字を浮かばせた。


 頭の蝋燭を失って気絶した蝋燭売りがばたばたと倒れていく。

 この場に立っているのはリュード、ただ一人だけだ。


「一人で充分だ…………僕は、一人でいい」


 自らに言い聞かせるように呟いて、帰ってきた短剣を手を使わずに鞘に収めたリュードは地面に倒れる群衆を踏まないように通り抜けていった。


     ○


 レグナンテスを東西に分ける大きな川には三つの橋が架かっている。アーチを連ねるそれらの橋には名前があったが、どれも似たような響きをしていて覚える意味があんまりない。


 今リュードが走っているのは真ん中に架かる橋だ。バビロンだかバベルだかみたいな名前のこの橋を渡ることが、相手が別エリアに移動でもしてない限り最短コースとなる。


 橋は無人だった。ついさっき襲ってきたのをリュードが仕留めてしまったからか、蝋燭を生やした人間がどこにも歩いていない。細長いポールの先端に取り付けられた魔法道具の照明だけが橋の上をオレンジ色に照らしていた。音もなく、橋の下をくぐる川の流れが聞こえてきそうなほどに静かであった。


 石を踏みつける靴音を響かせながら、リュードは誰もいない橋を渡っていく。反対側から蝋燭売りが流れてきてもいいんじゃないかと思いかけたリュードは、渡り切ろうとしたところでようやくその『答え』を見た。


「俺さまは、既に九百九十九本の蝋燭を売っている……」


 橋の終点で待ち構える者がいた。

 腕を組み、大きく足を開いてどっしりと立つ大男。分厚い筋肉に覆われた巨体には白と黒のシンプルな修道服を着込んでおり、角張った顔面から視線を上げればやはり蝋燭が青い火を灯していた。


 彼もまたギルドの一員だ。名前を確かベン・Kと言ったか。


「貴様で、千本目を達成してやろう!」

「……ここに来てトップランカーのお出ましということか」


 言うが早いか、リュードはベンの頭に短剣を放った。

 しかし……、


 ガキィン! という音を立て、ベンの振るったグレイブがそれを弾いてしまう。弾かれた短剣はコントロールを失って危うく川へ落ちかけたが、欄干に引っかかって事なきを得た。


 手を伸ばして霊気を送り、こちらに引き寄せるなんて余裕はない。修道服の大男は間髪入れずに次の行動に出た。彼は石橋を強く踏みつけて砲弾のような速度でリュードに突っ込み、その巨体よりも長いリーチを持ったグレイブを振り下ろしたのだ。


 初手から四本すべてを使わなかったのは我ながら賢明な判断だと言える。リュードは鞘から抜き取った二本の短剣を両手に持ち、交差させた刃でグレイブを受け止める。腕の先から足の裏まで突き抜ける衝撃に歯を食いしばり、リュードは最後の一本をベンの蝋燭に向けて射出した。


 間もなく最高速度に達した刃が蝋燭の芯を捉える。だが……それすらもベンは防いでしまうのだった。彼はほとんど仰け反るようにして上体を折り曲げると、その勢いを利用しながら風を切る勢いでグレイブをぶん回した。ポールの先端の刃がリュードの短剣にクリーンヒットし、彼方へと飛ばした。


 恐るべき反射神経。ギルドのランキングボードに居座り続けているだけのことはある。


(これでスコアに換算されたらいいんだけど)

 蝋燭売りを倒して点数を稼げるなら今頃ギルドの第一位だ。リュードは心の奥で適当にぼやきながら手持ちの二本を投げた。


 どうせ弾かれてしまうだろうがこれは陽動。

 ベンが頭の周りを蜂のように飛び交う短剣に気を取られている間に、リュードは彼の横を潜り抜けてその辺に落ちていた二本を引き寄せて回収した。続けてベンの気を引くのに使っていたもう二本を鞘に戻そうと振り返ったリュードはそこで見た。


 ベンが短剣を強引に掴んでいるのを。


 こちらのコントロールなどお構いなしだ。彼は手に取った短剣を振りかぶってリュード目掛けて投擲する。


(しまったな)

 高速で回転しながら迫る短剣へ手をかざし咄嗟に霊気を送り込む。短剣はリュードの掌を切り裂く寸前でピタリと止まったが、それが良くなかった。


 ズムッ! という突き刺さるような鋭い衝撃がリュードの脇腹を襲う。

 それがリュードが短剣を止めるべく手を突き出した一瞬の隙を見て、急接近したベンがグレイブのポール部分を思いっきり叩き込んだのだと気づいた時には、リュードの身体は既に橋の上を転がっていた。


 仰向けのまま胸を上下させるリュードに、ベンは一歩ずつゆっくりと近づいていく。


 甘かったかもしれない。

 蝋燭売りになっているとはいえ、相手は普通の人間だ。これが魔物なら全身どこでも切るなり貫くなりできたものを、彼らを傷つけることなく無力化するには頭の蝋燭を狙うしかない。


 だが、向こうはそんなハンデなんか考慮してくれない。

 蝋燭を売るためならどんな手段でも選んでみせるのが彼らのようだ。


「……」

 一人でいい、とか言っておいてこのざまである。

 諦めたように息を吐き、リュードは修道服を着た大男の頭の蝋燭以外を照準する。脚でも突き刺せば体勢を崩せるだろうか、などという思考はしかし遥か上空から聞こえてくる翼の音に遮られた。


「なにっ!?」

 ベンも気が付いたようで、咄嗟にその身を翻して襲撃を防いだ。赤と黒の翼を携えて舞い降りた『天使』は彼の蝋燭を狙って銀剣を振るうが、修道服の大男はグレイブを振り回して巧みにこれを防御する。


 しかし天使の方が一枚上手だったようだ。彼女はベンのグレイブを掴むと、彼の腕を巻き込むようにして押さえ込んだ。彼女のホールドする力はあまりにも強く、大男の剛腕をもってしても全く振りほどけなかった。


 天使は言った。

「今です」


 リュードは再び息を吐く。


 そして。

 頭の蝋燭を切断され、気絶した修道服の大男が橋の上に倒れている横でリュードはゆっくりと立ち上がり、帰ってきた短剣を鞘に収めた。


 天使……フレイベルはこちらが立つのを待っていたようで、視線を向けると思いっきり目が合ってしまった。憐れんでいるんだか安心でもしているんだか、よく分からない顔をしている。


 リュードは視線を斜めに落とし、それから橋の向こうを見て言った。

「……この先だ」


 フレイベルは静かに頷くと、西サイドへと駆けだした。

 リュードも後を追う。


     ○


 一言で表現するなら白い巨人。

 どろどろに溶けた蝋で覆われた体躯に、アンティークの燭台を思わせる真鍮色の防具をあちこちに装着したキャンドルパラズマは人気のない街の一角に佇んでいた。


 キャンドルパラズマは目の前の街路灯を眺めていた。人間の腰ほどの高さで、足元を照らす役割に特化しているのだろう。植物めいた装飾とオレンジの光は魔法国家(マシュマル)のセンスによるものだ。


『彼女』はそれを破壊しようと、肥大化した右腕と一体となった蝋燭の槍を高く振りかぶって……、


「待って!」


 駆け付けたフレイベルが呼びかけた。キャンドルパラズマは右腕を下ろし、彼女の方に顔を向ける。目に当たる部分からはカタツムリの触角のような二本の蝋燭が生えていたが、それでも視界は確保されているのだろう。


 深緑色の髪の少年と横並びに立つフレイベルはキャンドルパラズマを真っすぐ見つめ、

「マイリー……あなたを止めてみせます」

「ふん」


 それを笑うように、キャンドルパラズマは小さく肩を揺らした。

 すると、


「蝋燭ううう」


 ゾロゾロと蝋燭売りたちが姿を現した。家の隙間や屋根の上から湧いてきた彼らはうめき声を上げながらフレイベルとリュードを取り囲む。その数は二十人。


「リュード」

 銀剣を構えたフレイベルに合わせて、リュードは何も言わず短剣を抜く。


 蝋燭売りが二人に一斉に飛びかかる。

 押し寄せる彼らを躱しながらフレイベルは羽根ペンに似た形状の鍵を鍔の鍵穴に差し込んだ。掴みかかってきた男の腕を身を屈めて掻い潜り、横から突っ込んできた女を横に回ってひらりと避ける。


 リュードのとった行動は簡単だ。蝋燭売りの入り乱れる中、彼らの頭で青く燃える蝋燭を次々に切り飛ばしていく。ひとたび刃を投げれば、ライムグリーンの尾を引き宙を舞い、残るすべての蝋燭を一気に切断してしまう。


 青い火を灯した蝋燭が蛍のように空中を漂う中、フレイベルは剣に差した鍵を強く捻った。


「降臨」


 炎が吹き荒れ、彼女の全身をあっという間に包み込む。

 剣を振るって炎を消し飛ばせば、彼女の姿は既に変わっている。

 ところどころに金をあしらった真紅の鎧。

 翼を模した漆黒の仮面と一体化した、鎧と同じく真紅の兜。


 天使の力が解放された戦闘形態。

 名前をフレイミングフレイベル。

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