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フレイミングフレイベル  作者: 風上 環
第2話 アイアムアバスター
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11 食堂とバリケード

「ええい! こんなところにいつまでもいられるか!」


 旧市街にあるギルドの本部。その食堂。

 椅子とテーブルをいくつも重ねて作ったバリケードで窓や扉を塞ぎ、人の出入りを完全に封じた閉鎖空間。蝋燭売りから逃れてきた人々が身を寄せ合っている中で一人の男が突然叫んだ。

 彼はギルドに所属するバスターだった。彼は窓を塞いでいる椅子をどかしてこの食堂からの脱出を試みる。


 一緒にいた二人の同僚たちが慌てて彼を引き留めようとする。


「落ち着け、ガイ!」

「よせ、今外に出るのはまずい!」

「離せ! もう我慢できない、俺が悪霊をぶっ倒してやる!」


 仲間の制止もむなしく、彼らの腕を振りほどいたガイは窓を開けて本当に出て行ってしまった。


「待てよ!」

「おいっ、早く窓を閉めろ! 奴らが入ってきたらどうする」


 急いで連れ戻そうとする仲間たちだったが、共に避難していた民間人の誰かに言われて仕方なく窓を閉めた。ギルドの外は蝋燭売りが跋扈(ばっこ)する魔境となっている。迂闊に出歩けば彼らに出くわし蝋燭を買わされてしまう。


 勇敢にも悪霊退治に出撃していったガイだったが、しばらくして、彼のものと思われる悲鳴が壁の向こうから聞こえてきた。それからとても元気な声で「蝋燭を売るぞおおお」と言っているのが続いた。

 食堂に漂う絶望の空気を、フレイベル・ベニーロは肌で感じた。


 また一人、蝋燭を買ってしまった。


 キャンドルパラズマの出現から、街のいたるところで発生した蝋燭売りから逃げるため旧市街を目指していたフレイベルとエミリーの二人は、蝋燭を買わされそうになっている人々を助けながら避難を続けた。自分たちだけ助かるわけにはいかない。天使としての信念に従って、フレイベルは道すがら蝋燭売りになっていない無事な人間と合流しつつギルドの本部まで辿り着いた。そして彼らと協力し、蝋燭売りが入ってこれないように建物中の扉と窓を塞ぐことにした。


 それでも避難できたのは二十人にも満たなかった。

 ここに来るまでに脱落してしまう者だっていた。助けた数より、目の前で蝋燭売りにされてしまう姿を見てきた数の方が圧倒的に多かった。


(ここを離れてしまえば、みんなが危うい)

 フレイベルの役目は食堂の防衛だ。椅子だのテーブルだのを並べて作ったバリケードがいつまで保つか分からない。ここを突破されてしまえば本当にこの街に安全地帯などなくなっていしまう。


「ちくしょう!」仲間が出て行った窓にバリケードを設置し直した一人のバスターがテーブルを殴りつける。「ガイの奴まで蝋燭を買わされちまった」


 マイリーがパラズマ化する前に蝋燭を買っていた人間の中にも当然ギルドに所属するバスターたちも含まれていた。先のガイのように、キャンドルパラズマに挑もうとして返り討ちに遭ってしまった者も大勢いることだろう。

 パラズマが出現した時点で、ほとんどの戦力が使い物にならなくなったのだ。


 誰かが倒してくれるだろう、などという希望はとっくに(つい)えている。


 このまま蝋燭売りに怯えながら閉じこもり続けるしかないのか、それならいっそ……なんて諦めの感情が渦巻く中、突然「ガシャン!」と甲高い音が鳴り響いた。思いがけないほど近くで鳴った音に食堂に集まる二十人にも満たない避難民から悲鳴が上がる。


「ベル」

 隣にいたエミリーがこちらの顔を見た。フレイベルは小さく頷き、音の出所を探るべく食堂から離れる。


 通路を抜けて二人はギルドホールのエントランスに来た。受付の順番待ちだったり任務に出発する前のバスターたちがたむろしている空間だが、バリケードとして椅子をドア付近に寄せきっているので今だけはひどくがらんとしていた。あっけなく日常を奪われてしまった景色の中、オレンジの光だけがいつも通り照らす床の一点に、ガラスの破片が散らばっているのを見つけた。


 ガラス片は上から落ちてきたようだった。エントランスは吹き抜けになっており、天井寄りの壁には採光用の高窓が設けてある。顔を上げれば、星一つない黒々とした夜空を四角く切り取った窓ガラスの一枚が破壊されていると分かる。


 何かが投げ込まれたような痕跡はなく、穴は人ひとりが通れるくらいの大きさだった。

 だとすれば。


「(こっち)」

 同じことを考えたらしいエミリーが囁いて食堂とは反対側の通路を指さした。二人はなるべく音を立てないように忍び足でそちらに向かう。


 ギルドに正面から入って右側の通路は所長室や会議室などに繋がっている。外の魔物に関する資料を集めておく保管室もあるらしいが、どうやら『侵入者』が向かった部屋はそのどれでもないらしい。


 通路のドアが一つだけ開いていた。フレイベルとエミリーは壁に沿って歩き、ドアの横で立ち止まると二人でタイミングを合わせて部屋の中に飛び込んだ。

 部屋の中に『侵入者』はいた。その後ろ姿を見てエミリーが名前を呼ぶ。


「リュード?」

「……エミリーか」

 深緑色の髪の少年は肩越しに振り返って言った。


「あなたも避難を?」フレイベルが訊いた。

「そんなわけあるか、僕はただパラズマの居場所を確認しに来ただけだ」

「確認?」

「これだよ」


 リュードは部屋の中心を陣取る大きな地図を顎で指した。縮尺された都市の上に細長い四角柱がいくつも立っている。

 そのうち、旧市街から見て川を挟んだ向こう側にある一本の四角柱だけが自己の存在をアピールするようにオレンジ色に明滅していた。


「これは街中の天気塔に対応しているから、パラズマの出現を感知した塔と同じ位置にあるものが反応するようになっているんだ。……まあ、こんなのを当てにしたって駆け付けた頃には大抵逃げられてるから役に立たないんだけど」


 リュードの言いぶりに少しだけ顔をしかめるエミリー。彼女の表情を気にせずリュードは続けて訊ねた。

「宿主については?」

「マイリーっていう蝋燭屋の女の子……私たちの目の前でパラズマになっちゃったんだよね」フレイベルを一瞥してエミリーが答えた。「そしたら周りがみんな蝋燭を売りつけるようになっちゃって、それでどうにかここまで逃げてきたってわけ」

「どうして戦わなかった?」


 リュードが片眉を上げてフレイベルの方を見た。


「目の前に現れたのならさっさと倒してしまえばよかったものを。君の力ならそれができたはずだ」

「確かに戦うことはできました。ですが、蝋燭売りにたかられているエミリーを助けるためには戦ってなどいられません」

「見捨てなよ」

「できるわけ……ッ!?」

「フッ、君は甘いな」


 彼女が声を荒げるさまを見て、リュードは鼻で笑った。思うところがあるのか、隣でエミリーが気まずそうに視線を逸らす。


「いいか、パラズマは撃破すればその能力の効果も消える。君が人助けなんか優先せずにそいつを倒してさえいればここまで被害が広がることもなかったんだ…………そうすれば僕のルームメイトだって」


 そう言って彼がズボンのポケットから取り出したのは一本の蝋燭だった。よく見ると下部分に切断された跡があるそれを無感情に睨みつける。


「蝋燭……あなたの友人も?」

「そんなところ」


 適当に返し、リュードは蝋燭をエミリーの方に投げつけた。つい反射的にキャッチしてしまったエミリーが一拍置いてぎょっと目を丸くする。


「もうここに用はない」

「ちょっと!」

 その隙にもリュードは部屋を出て行ってしまう。慌てて二人が後を追った。


 エントランスに戻ったリュードはガラスの割れた高窓を一目見てから、壁際に積まれた椅子を適当にその下に置き始めた。どうやら入ってきた所から外に出るつもりのようだ。


 バリケードを維持する程度の配慮はあるらしく、最低限の椅子で土台を組んだ少年が一段目に足を乗せようとしたところに、食堂から出てきた二人組が声をかけた。先ほど仲間の一人を止められなかったバスターたちだ。


「リュード……お前一人で行く気かよ」

「当然だ」

「やめとけ! いくらお前だって生き残れるはずがない、ギルドの奴らだってみんなやられたんだぞ!」

「なおさらいいね。獲物を独り占めできるんだ、彼らが全滅してくれたんなら僕はとっても嬉しいよ」

「お前ッ……!」


 二人組の片方が声を荒らげた。彼はリュードのことが本気で信じられないといった様子で、

「そんなに手柄が欲しいのかよ!」

「薄情な奴だ」もう一人が便乗してリュードを責める。「自分さえ良ければそれでいいのか。リュード、だからお前は一人なんだ。他人をどうとも思わないお前に味方してくれる奴なんてどこにもいない」

「お前みたいなやつは……」


「ッ」

 フレイベルは何を言おうとした。反射的にリュードのことを庇おうとしていた。確かに自分が天使だと明かした時は恨みをぶつけられたし、協力したいと言っても断られたし、海辺で話した時はもう付き纏うなとまで言われてしまった……こう振り返ると思ったより結構突き放されていた。しかし、それでも今、彼が悪し様に言われている姿を見て心が晴れるような気持ちになんてなるはずがなかった。


 他人をどうとも思わない? 本当にそうか? 最初に会った日、彼は面倒くさがりながらも任務の同行を許してくれた。今だってそうだ。彼がパラズマの討伐を急ぐのは、きっとルームメイトを巻き込まれた怒りを静かに抱いているからに違いない。


 それでもフレイベルは何も言えなかった。隣で静観していたエミリーがこちらの様子を察して制止してきたのもあるが、もっと別の理由があった。


「は……だったらどうした」


 彼は笑っていた。


「自分さえ良ければいい、手柄が欲しい、それの何が悪い。僕一人に活躍されるのが嫌なら勝手についてくればいいんじゃないか?」


 彼はどこまでも突き放すように笑っていた。


「僕はバスターだ。言っておくが僕の仕事は魔物を倒すことであって、こんなところに閉じこもって事態が治まるのを待ち続けることじゃないんだよ……君たちと違ってね」

「てめっ……!」


 二人組のどちらかが食って掛かろうとするのをリュードはもう見てすらいなかった。彼は積まれた椅子を足場に軽い身のこなしで高窓まで上りきると、割れたガラスをくぐって建物の外に出て行ってしまった。


 結局、フレイベルは見ていることしかできなかった。

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