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フレイミングフレイベル  作者: 風上 環
第2話 アイアムアバスター
24/44

10 キャンドルセラー・パンデミック

 フレイベルたちのいた公園だけではない。

『それ』はレグナンテスの都市全域で起きた。

 いいや、すでに起こっていたと考えるのが正しいのかもしれない。


「蝋燭はいりませんか?」


 東サイド、某エリア。

 小さな家がたくさん並んでいる、何の変哲もないストリートだった。道幅もさほど広くはないどこにでもある街の一角にも『彼ら』はやってきた。


「はあっ……はあっ……」

 その女は息を切らして夜の通りを駆けていた。背後からは五人の蝋燭売りが、頭に生やした蝋燭の青い炎を揺らしながら彼女を追っている。走った勢いで火が消えてしまうことを警戒でもしているのか、小走り気味なのがわずかな理性を感じて逆に怖い。


「ああっ!」

 女は足を滑らせて思い切り転んでしまう。石畳に両手をついて起き上がろうとしても足が(すく)んで立てず、ただ体を回して尻餅をつくことしかできなかった。


 石畳の上で力なく座り込むだけの女に、五人の蝋燭売りたちが虚ろな目のまま微笑んでみせた。

「さあ……あなたも蝋燭を」


 彼らが両手を合わせて器のようにすると、ぎゅるぎゅるという音を立てて蝋燭が生成される。手の中に湧いた蝋燭を持ち、じわじわとにじり寄っていく。

「やめて……!」


「オオオッ!」

 女がその場にへたり込んで後ずさることしかできずにいると、遠くから野太い叫び声をあげて突っ込んでくる影があった。影は蝋燭売りを一度に二人も突き飛ばし、残った三人を両腕を広げてガッツリとホールドした。

 三十代半ばといったところのその男は、蝋燭売りたちを押さえながら肩越しに女に向けて呼びかける。


「早く逃げるんだ!」

「は、はい!」


 力を振り絞り立ち上がった女が逃げていくのを見届けて、男は蝋燭売りたちに向き直った。それから「悪く思うなよ」と小さく呟くと、彼らの顔面を容赦なく殴りつける。ばたばたと蝋燭売りたちが倒れ、持っていた蝋燭も石畳の上に散らばった。


「今日は非番なんだけどな……」


 言いながら、男は着ていた服の袖で額の汗を拭った。彼はギルドに所属するバスターだが、武器や防具なんかを身につけていなければ魔針盤(コンパス)も携帯していない。今日は任務を受けず一日のんびり過ごすつもりだったが、日が沈んできた辺りから何やら街の様子がおかしくなって気が付いたらこれだ。


(さてどうしたものか)

 十年来のバスターの勘がパラズマの仕業だと訴えている。とはいえ、今から装備を整えて悪霊退治に向かうほどの体力的な余裕はない。前日の疲労が抜けきっていないのだ。


 ひとまず蝋燭売りになっていない無事な人間でも助けに行くか……? と思案していた男は、そこで背後に殺気を感じて素早く横に跳んだ。


 かかかんっ! と、一瞬前まで男の立っていた場所に何かが飛んできた。蝋燭だ。何者かが彼に向けてそれこそ矢のように放った蝋燭が、石畳に激突して砕け散った。魔物のそれと同じ、青黒い断面を覗かせて転がる蝋燭の破片から、男は飛んできた方向に視線を移した。


「お前は……」


 屋根の上に人影があった。革製の鎧を身につけた二十代前半の男で、その手には弓を持っている。彼の短髪の頭にもまた、青く燃える蝋燭が一本生えていた。

「ジェシー!」


 男が同僚の名前を叫ぶと、人影は屋根から飛び降りて石畳に着地した。人影……弓使いのジェシーは虚ろな目で男を睨み、静かに弓を構える。


「お前まで蝋燭を買っちまったのかよ!」


 男の悲痛な叫びに、変わり果てた同僚は答えない。彼は無言のまま右手に蝋燭を生成すると弦にかけて引き絞る。

 そして、何の躊躇もなく男に向けて放った。ひゅん、と蝋燭の矢が男の頬を掠める。


 まずは彼を止めなくては。そう思って踏み出そうとした瞬間、視界の端で何かがもぞりと動いた。

 地面に倒れていた蝋燭売りたちが再び動き出したのだ。相手はただの一般市民、自分らのような戦闘のプロではないとはいえ、一発殴った程度で気絶してくれるほどヤワではない。そして、彼らに気を取られた一瞬の隙を突いてジェシーが蝋燭を射る。


「しまっ……!?」

 放たれた蝋燭が額に直撃し、男は仰向けに倒れてしまった。石畳に後頭部を打ち付けて意識が揺らいだ。

 そこへ、五人の蝋燭売りが集まっていく。


「うああああ」


 死体に群がる肉食動物のように、倒れた男に彼らが覆いかぶさった。男がどれだけもがいても無駄。蝋燭を売る、それだけのために動く彼らを止めることなどできない。戦士の悲鳴は、「蝋燭はいかがですか」という声にかき消された。


 静寂。


 しばらくして、『役目』を果たした蝋燭売りたちが散り散りになっていく。その中心にいた男がゆっくりと立ち上がり、首をがくがくと震わせて蝋燭が頭から生えてきた。


「蝋燭を、売る……」

 青い火を灯した蝋燭を頭に、彼もまた蝋燭売りの一員となってレグナンテスの街を彷徨うのだった。

 客を求めて。


     ○


 蝋燭売りの魔の手は『センパスチル』にも迫っていた。


「蝋燭を買ってください!」「買わなきゃ損ですよ!」「乗り遅れるな!」

「あああああうるさいうるさいうるさい!!」


 今にもこじ開けられそうなドアを必死に押さえながらトトゥーナが叫ぶ。窓の向こうでは、青い火の蝋燭を頭に生やした人間がガラスにへばりついて薄ら笑いを浮かべながら店の中を覗き込んでいるという、この世の終わりみたいな光景が繰り広げられていた。


 黒髪に丸眼鏡のマジョルジョは蝋燭売りの蝋燭を窓越しにまじまじ見つめながら、

「これってパラズマの能力だよね? 本体はこのエリアにいないようだけど、一体どこまで効果が広まっていくのか気になるなぁ……。街の外まで出て行っても続くのかね」

「分析してないでドア押さえんの手伝えよ大人だろ!」


 顎に手をやり興味深そうに唸っている『先生』にも弟子のトトゥーナは容赦なく吠える。そういえばこの魔女は魔法の才能以外に尊敬できる部分があんまりないのだった。師事する相手はよく考えて選ぼう!


 内開きのドアに体重をかけてどうにか持ちこたえるトトゥーナを横目に、師のマジョルジョは暢気に一言。

「キャッシュレスでも感染(うつ)るのかな」

「ふざけんな!」


 街の決済システムを掘り下げている場合じゃない。


 叫んだ一瞬の気の緩みが命取りだった。蝋燭売りの圧力に負けた『センパスチル』のドアが激しく開かれて彼らが店内に押し寄せてくる。ドアが開く衝撃でトトゥーナの身体は後ろに吹っ飛び、魔法道具(マジックアイテム)の陳列棚に衝突してしまう。

 絶体絶命かと思いきや、そうでもなかった。


 ぶつかった衝撃で棚の下段に置いてあった魔法道具の一つが勝手に起動した。輪っかの生えた植木鉢みたいな見た目のそれが「フォン」と小さく唸る。

 ウィンドメイカー。設定は『強』。


「痛った……あれ?」

 店に侵入した蝋燭売りの何人かが突然ぱたりと倒れてしまった。後頭部の痛みに悶えていたトトゥーナは、彼らの頭の蝋燭から火が消えていることと、それが魔法道具の起こした風によるものだと少し遅れて気付いた。


 火の消えた蝋燭売りは気絶してしまったようだ。息はしているが、目を閉じて倒れたまま動かない。


「なるほど……」

 まさかの攻略法を発見したトトゥーナはウィンドメイカーを手に取ってみるが、風はもう止んでいた。どうやら本当に誤作動だったらしく、エーテルの供給を失った魔法道具(マジックアイテム)はただの輪っかの生えた植木鉢に逆戻りしていた。


 安心するのも束の間、店の外で詰まっていた蝋燭売りが頭の青い火を手に持つそれに移し、さらに目の前で倒れている仲間の蝋燭に点火した。するとどうだろう、気を失っていたはずの蝋燭売りが両目を開き、しゃっきり起き上がったではないか! そして他の倒れた仲間にも次々と点火していった。


 あっという間に復活してしまった彼らにトトゥーナが目を丸くする。

「うそでしょ…………貰い火……」


 愕然としながらもトトゥーナは抱えるウィンドメイカーを起動しようとする。しかし、まったく動き出す素振りを見せなかった。


 まさかさっきの衝撃で故障したのか? 「動けッ」と店の商品を強めに叩くトトゥーナに蝋燭売りが迫った。魔法道具(マジックアイテム)を抱えたまま慌てて立ち上がろうとする彼女だったが、それよりも早くマジョルジョが動いた。


 ばしゃっ、と。

 彼女は花瓶の水を蝋燭売りたちに浴びせた。


 ジュッと音を立てて青い火が消え、今度こそ彼らは動かなくなる。


「……」

「……」


 右手に花を、左に花瓶を持った魔女はわざとらしく肩をすくめた。


     ○


 そして、こんな場所でも。


「……なんなんだ一体」


 真っ暗な寮の自室に飛び込んだリュードは急いでドアを閉めて鍵をかける。ここに来る途中、青い火を灯した蝋燭を頭から生やした連中に何度も襲われかけた。奴らは建物の外どころか廊下にもうろついていた。

 ここも安全とは言えない。


 リュードはひとまず部屋の灯りを点けようとして、ライトが故障中だったのを思い出した。昼間にモーリスが修理に行ったようだが、結局直してもらったのだろうか。


 まずは明かりの確保だ。リュードは背中の鞘から短剣を一本抜いて霊気を込める。刃渡り三十センチの刀身がライムグリーンの光を宿した。光源としては少々心許ないが、ないよりはマシだ。


 三叉(さんさ)の模様を描いて光る短剣を松明代わりに周囲を照らすと、左右対称に家具の配置された部屋の奥で(うずくま)っている大きな影が暗闇に浮かび上がった。こちらに背中を向けていて顔は見えないが、髪型や体格からしてルームメイトのモーリス・ゴドラクなのは間違いない。そもそも、部屋の鍵を持っているのは自分と彼ぐらいなのだから。


 ところで、この男は真っ暗な部屋で何をやっている?


 リュードは恐る恐るといった調子で、

「モーリス」

「やあ、おかえり」


 その呼びかけに、モーリスはのそりと立ち上がって答える。彼の声は恐ろしく平坦で、普段それほど言葉を交わすわけでもないリュードでも、彼の様子がおかしいことぐらい分かった。


「今日は良い買い物をしたんだ……」


 モーリスはのっぺりとした声色で言いながら身体ごとこちらに振り向いた。大柄な体格の割に柔和な顔をした彼の頭から、一本の蝋燭が生えていることにリュードはその時初めて気が付いた。

 ぼっ、とモーリスの頭の蝋燭に火が付く。

 その色は青。


「君もどうかな? この……蝋燭!」

 蝋燭を両手にモーリスが襲い掛かってきた。見上げるほどの巨体が容赦なく少年に突っ込んでくる。


「………………」

 それでもリュードは冷静だった。右腕を横薙ぎに振るい、松明代わりに持っていた短剣を投げ捨てる勢いで放つ。壁に刺さるかに見えた短剣が空中で急カーブし、大きな楕円を描く軌道でモーリスの頭の蝋燭を根元から切断した。


 切り飛ばされた蝋燭が「バキンッ」と硬い音を響かせて跳ねる。くるくると回転しながら宙を舞ったそれをリュードは右手でキャッチし、ふっと息を吹いて青い火を消した。戻ってきた短剣は手を触れることなく再び背中の鞘に収める。


 青い炎か、あるいは蝋燭そのものかを失ったモーリスがふらりとバランスを崩した。意識を失ったらしい彼が倒れてしまわないように抱きかかえると、流石にこの重量を持ち上げるわけにもいかないので床に仰向けに寝かせることにする。彼のベッドから枕を拝借して頭と床の隙間に挟んだ。


 気絶したモーリスが呼吸を続けているのを確認してから、リュードは立って一息ついた。彼の頭から切り離した蝋燭を捨てようか迷ったが、何か手掛かりになるかもしれないと思いとどまる。

 ズボンのポケットにその蝋燭をしまっていると、部屋のドアを激しくノックする音が聞こえた。蝋燭売りが開けてほしそうにしている。


(長居はできないな)


 廊下は諦めて、リュードは窓からの脱出を選んだ。両開きの窓を開放して窓枠に足を乗せる。ちなみにここは三階だ。飛び降りたところで死にはしないが、着地の衝撃に耐えきれず立てなくなっているところを地上の蝋燭売りに狙われては意味がない。


 だから上。

 屋根が近くて助かった。リュードは大きな長方形の窓から身を乗り出して、ちょっとした神殿のような装飾が施された窓枠の上部分、逆台形に出っ張った場所によじ登る。靴の横幅がギリギリ収まる程度のスペースを足掛かりに、屋根の端っこに飛びついたリュードは、両手でぶらさがった状態から勢いをつけて身体を引き上げる。マッスルアップの要領で高い位置に持ってきた上半身を屋根に乗せると、あとは転がるようにして無理やり屋上まで登った。


 傾斜が急ならどうなっていたことやら。


 勾配の緩い屋根に立ったリュードは街を見下ろす。雲に覆われて星一つない暗闇の下、オレンジ色の街灯が照らす街並みに青い火魂(ヒダマ)があちこち漂っている。

 あれらはすべて、蝋燭売りになってしまった者たちが頭に灯す炎だ。


 ここにいれば、彼らに襲われることもないだろう。

 しかし生憎と、リュードは安全圏に閉じこもって解決を待ち続けるような質ではない。


「……さて」


 目的地に行くには、まずはここから降りなきゃいけない。とはいえ今リュードが立っているのは三階建ての屋根の上で、しかも地上には蝋燭売りが彷徨っているときた。彼らを徹底して避ける必要がある。


 通常のルートは最初から選択肢になかった。


 リュードは寮の周囲に建っている中で手頃な高さの家を見つけ、屋根に乗ったままその正面に立つ。二階建てのその家は助走をつけたって届きそうにない距離をしているが、そこに関しては問題ない。


 彼が腰のベルトから取ったのはぐるりと一周する鍔が付いた刀の柄だ。鞘から抜いた四本の短剣を鍔の四方に開いた穴に通して巨大な手裏剣を作ったリュードは、それを構えたまま傾斜のついた屋根の頂点から勢いをつけ、目の前の家に向かって思いっきりジャンプした。


 屋根を蹴り、少年の身体が宙を舞う。


 さっきも言ったが、寮とその家には距離があるため助走をつけたところで届くわけがない。このまま綺麗な放物線を描いて地面に突撃するのが精々だ。


 だから、リュードは両手に持った手裏剣に霊気を込める。

 霊操術は霊鳴石という、霊気やその他のエネルギーに反応する特殊な金属を自在に操る技法だ。それで鍛えた短剣なら空中に浮かせて遠くへ飛ばすことも可能とし、数日前にもリュードは天気塔の残骸を魔物目掛けて飛ばしてみせた。


 つまりはこういうことだ。

 両手で頭上に掲げた手裏剣が霊気で満たされ、斜めに落下する少年の身体がぐんっと速度を落としたのだ、


 上方向に『射出』される四本の短剣に吊るされながら、リュードはゆるやかな軌道で向こうの家の屋根に着地した。短剣を鞘に収め、柄をベルトに戻したリュードはさっきまで自分が立っていた寮の屋上を一瞥する。


 思い付きでやってみたが、初めてにしては上出来だ。

 リュードは得意げに口角を上げ、目的地に向かうべく建物の屋根から屋根へと飛び移っていく。


 目指すは旧市街。ギルドの本部だ。

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