05 ろうそく売りの少女
「先生ってば作業を始めたらあっという間なんだけどさ、とにかく手をつけるまでが遅いんだ。いつ道具の修理が終わるのか分かったもんじゃないから、こっちから届けに行ってるってわけ」
最後の一軒に向かう途中でトトゥーナは言った。彼女がフレイベルに牽かせている荷車には修理を済ませた魔法道具がたくさん積まれていたが、残すはあと一つとなった。
「着いた着いた、ここで最後だ」
トトゥーナが立ち止まったのは東サイドにある横丁の一角、とある店の前だ。彼女は荷車から魔法道具を取り上げて建物の中に入った。空になった荷車を停めてフレイベルも続く。
そこは居酒屋で、まだ営業時間ではないらしく客は一人もいない。トトゥーナは店の奥の方でテーブルを拭いている店主らしき女性に声をかけた。
「『センパスチル』です~、修理が完了したのでお届けにあがりました~」
「やっときた! 今度こそ戻ってこないかと思ってた」
「今回は手強かったよ、遅さは仕事の量に比例する」
店主の女性は掃除の手を止めトトゥーナから魔法道具を受け取る。それは『センパスチル』には置いてなかった気がするが、たぶんあの店の物じゃなくても直してくれるのだろう。
店主はカウンターから取り出した銀貨をトトゥーナに手渡した。
「はいどうぞ、いつもありがとね」
「今後ともごひいきに」
「今後って言うか……実は今すぐ助けてほしくて」
金銭のやりとりを済ませて去ろうとしたトトゥーナを、店主は言いにくそうな様子で呼び止めた。
「どうしたの?」
「これなんだけどね、中身が冷えなくなっちゃって」
そう言って、彼女はカウンター上にある樽の形をした魔法道具を示す。黒い樽の上部には蛇口が付いていて、口振りからして冷えた飲み物を提供する役割があるのだろう。
「う~ん、きっと文字式が反応しなくなっちゃってるだけだと思う」トトゥーナは樽の側面にある板を取り外して内部に刻まれた文字列を眺める。「要するに冷やす魔法が作動してない」
「よくわかんないけど、直せそう?」
「割りと簡単に……今日はここが最後だし、ついでに直しちゃおう」
「ごめんね~いきなり」
いいのいいの、とトトゥーナは微笑み、そしてフレイベルに、
「ベル、悪いんだけどもう少し待っててくれる?」
と言った。
「ええ、構いませんわ」
手持無沙汰になったフレイベルは何となく窓の外に視線をやった。狭く人通りの多い路地を眺めていると一人の少女が目に留まり、彼女は店から出ていった。
○
「蝋燭はいりませんか~?」
人の流れに逆らうように、その娘は通りの真ん中に突っ立っていた。スカーフを巻いた黒髪にワンピースという格好をした彼女の手には蝋燭が握られ、もう片方の手に提げた籠にもまた淡い黄色の蝋燭が詰め込まれている。
娘の名をマイリーと言った。レグナンテスの西サイドで暮らすマイリーは蝋燭職人の父から受け継いだ技術で作った蝋燭を売るために、東サイドの通りにまでやってきていた。
「蜜蝋を使っているので体にも優しい蝋燭はいりませんか~。自然の光があなたの心を照らします~」
売り文句を言いながらキョロキョロとしていたマイリーは、ちょうど後ろを通りかかった誰かにぶつかってしまった。「きゃっ」と転んだマイリーが籠を落とし、蝋燭が地面に散らばった。
「あっ、いけない」
急いで蝋燭を拾い集めるマイリー。無関心な通行人たちが彼女を避けて通る中、近づいてくる影が一つあった。紅い髪の、少女と言うにはちょっと大人のその人はしゃがみ込んでマイリーが蝋燭を拾うのを手伝ってくれた。
「すみません、ありがとうございます」
「この蝋燭、あなたが作ったのですか?」蝋燭を籠に戻しながら彼女は言った。
「そうなんですよ!」マイリーはちょっと身を乗り出す。「昔ながらの製法で、教会の儀式にも使用されているんです」
でも……とマイリーは声を落とす。
「なかなか誰も買ってくれなくて……やっぱり出来が悪いのかなあ」
「そう卑屈になってはいけません。この蝋燭の良さに誰も気づいてないだけですわ」
満杯になった籠を手に髪の紅い人は通行人に近づこうとする。マイリーは慌てて、
「あっ、ちょっと」
「ふふ、ここはわたくしにお任せを」
紅い人は自信ありげに近くを通りかかった男に声をかけた。
「そこのあなた! 蝋燭を買いましょう」
「俺に言ってるの? 悪いけどいらないかな、必要ないし」
「いらないなんてことはありません」彼女はずいっと蝋燭を押し付ける。「きっとあなたの役に立ちますわ」
「うちにはもう魔法のライトがあるから、蝋燭なんて使わないよ」
「……」
男がさらりと言った言葉を聞いて、マイリーは思わず胸の前で拳を握ってしまう。
「火を起こさなくたって明かりは点くし、買い足す必要もない。今どき蝋燭に頼ろうとは思わないわな」
男はそのまま去っていった。
紅い人は諦めずに別の通行人へ声をかけようとする。
「もういいですよ」マイリーは彼女の腕を掴んで制止した。「あの人の言う通りですから」
通行人の邪魔にならないように、路地の端っこの段になっているところにマイリーは座り込んだ。髪の紅い人も一緒になって腰を下ろす。
「魔法道具が普及して生活は便利になりました。でもその結果私たちのように需要のなくなってしまった仕事もある、それだけの話です」
「……」
「でも……やっぱり私は、この蝋燭を作り続けたい。これは父から受け継いだ立派な仕事なんです」
「あなたにとって、とても大事なものなんですね」
「大事なものなんです」
マイリーは籠から一本の蝋燭を取り出した。「火とか点けられます?」「どうぞ」紅い人の指先から小さな炎が生まれ、蝋燭に点火した。ゆらゆらと揺れている蝋燭の火を眺めるうちに、マイリーの眼前にあの日の景色が浮かび上がる。忘れもしない。父の誕生日、初めて作った蝋燭をケーキに立てた。不格好な細い蝋燭にしかし父は微笑み、大きな手で小さなマイリーの頭を撫でた。「お父ちゃん…………」ささやかだが、「お~いベル! 何やってんの」幸せで「トトゥーナちゃん」美しい「もう終わったから帰るよ」思い「今行きますわ」出だった。
しばらくして蝋燭の火が消えた。過去に入り浸っていたマイリーの意識は現実に引き戻される。路地を行く人々の声と足音が耳に飛び込んできた。隣にいた髪の紅い人はもういない。
売れ残った蝋燭の入った籠を持ち、立ち上がってマイリーは一人呟いた。
「……帰ろう」




