03 モーリス
昼食を終えたリュードはまっすぐ帰宅した。
旧市街を出てすぐ東に隣接したエリアに彼の住む寮がある。当然ながらバスターの寮は男子寮と女子寮に分かれており、女子寮が置かれているのは本部を挟んだ向こう側、つまり旧市街の西だ。
街中に一際面積を食っている大きな建物が三つ並んでいた。切妻屋根と白塗りの壁がどこまでも続く三階建ての集合住宅、その端っこの棟を目指す。
「おい、見ろよ」
棟と棟の間にある中庭にたむろしていた男たちが、建物真ん中の玄関に向かうリュードを見つけた。彼らはこっちに聞こえてしまうことなんて気にも留めずに、
「知ってるか? 北の天気塔がぶっ壊れた話」
「ああ、リュードがやったんだろ?」
「これだから『外』から来た奴は、結界の意味を理解しちゃいねえ」
「俺は一緒に連れていた女が壊したって聞いたぜ。リュードの野郎、誰とも組まねえってツラしといてそういうとこはあるのな」
……とまあ好き放題言われていた。
フレイベルという天使が天気塔を壊して実に三日が経過していた。塔自体は駆け付けた魔法使いたちの手によって修復され、すぐに結界も張り直されたのでそれ以上の被害が出ることはなかったが、連帯責任としてリュードも修繕費という名の『魔法代』を支払う羽目になってしまった。
堅牢堅固の天気塔が破壊されたという噂はあっという間に広まった。ギルドの力自慢たちが集まって各々の武器をぶつけ合っては、逆に持っていた武器の方が壊れてしまったなんて話のある塔が倒れたとなればその衝撃は大きい。
塔を壊してしまったことについて特にペナルティはなかったが、なぜか同業者たちの間ではリュードが破壊したことになっていた。噂とは恐ろしいものだ。
とはいえ、彼らに詰め寄ってわざわざ訂正するのも面倒くさい。無視して建物の中に入り、階段を使って三階まで上る。
魔法道具の灯りに照らされている割には薄暗い廊下を進み、リュードは自室の前までたどり着いた。ドアノブに手をかけると、鍵が開いていたのでそのままドアを引く。
「やあ、おかえり」
奥行きのある部屋は大きな長方形の窓を軸に、ベッドや机といった家具が左右対称に配置されている。茶色い髪を無造作に伸ばした大柄な青年が向かって左のベッドに腰かけていた。ルームメイトのモーリス・ゴドラクだ。
「これ点かなくなったんだよ」
彼は手に持っている魔法道具を操作していた。装飾の施された台座から半透明の円柱が伸びている。テーブルに置くタイプの灯りだ。
「故障じゃないか?」
「きっとそうだ、エーテルを受け取れなくなってる」
台座のスイッチをカチカチと鳴らしながらモーリスは言う。
エーテルを活用しているのは天気塔だけではない。街に普及する魔法道具も、そのほとんどは天界の力をエネルギーにして動いている。普通に暮らしていてもあまり実感はできないが、想像よりも多くのエーテルが地上に降り注いでいるらしい。
ちなみにバスターの必須アイテムである魔針盤はエーテルを使わない。人に流れる魔力だの霊気だのを勝手に取り込んで作動する仕組みになっている。それはそれで不気味だ。
「買い替えるべきかなぁ、まだ買ったばかりだけど」
「いや、修理してもらったほうがいい。確か直してくれる店があったはず」
「じゃあそうするよ……ところでリュード」
モーリスは話題を変えた。
「聞いたよ、天気塔を壊したんだって?」
「モーリス……」リュードは思わず苦笑してしまう。「やったのは僕じゃない、もう一人の方だ」
「ああごめんよ、君ならいつかやりそうだと思って」
「どういう意味かな」
「それにリュードが人と協力して魔物と戦うなんて思わないだろ?」
確かに、とリュードは頷いた。
実際、相部屋になって半年くらい経つモーリスとも一緒に任務に行ったことはない。彼は別のチームに所属している。
「よし、じゃあ俺はこれから街に行くけど、リュードは?」
ベッドから立ち上がったモーリスが訊いた。リュードは短剣の収まった鞘を装着したベルトを外しながら、
「昼寝、起きたら次の任務だ」
「今帰ってきたばかりだってのに、よくやるよなあ」
「僕の天職だからね。君も一緒にどうだ?」リュードは冗談めかして言う。
「遠慮しとくよ。今日は休みだし、買い物のついでにこれを直してもらおう」
モーリスは魔法の灯りを持ち上げて言った。
それに、と彼は続ける。
「俺が一緒に戦っても、君の強さにはついていけないだろ?」
「…………そうか」
小さく、リュードは笑った。
諦めたように。




