02 期待の新人
この分ならわざわざ『降臨』するまでもないだろう。
フレイべルは天使の鎧を纏うことなく魔物と対峙する。
大きな川のほとりであった。天候は曇り。レグナンテスからさほど離れていない下流の岸辺で剣を構えるフレイベルの周りを四体の魔物が包囲している。
青みがかった白い甲殻と二つの巨大な鋏を持つ魔物の名は『メザリガ』という。彼らは尻尾を巧みに動かして岸辺の砂利を蹴り、カンガルーのようにフレイベルの周囲を跳ねまわっていた。
メザリガの一体がフレイベルに飛びついた。彼女の腰の高さまであるその体躯で頭上高く跳躍し、巨大な鋏で突き刺そうとしたが、フレイベルはこれをあっさりと回避。そのまま剣のカウンターを入れられたメザリガは片方の鋏を切り飛ばされてしまった。
自慢の武器を失ったメザリガが吠える。ぶじゅるる! と空気の漏れるような鳴き声に他の三体も共鳴し、彼らは一斉に飛びかかった。
それでもフレイベルのやることは変わらない。次々に迫りくる鋏を躱しながらカウンターの要領で魔物の体を切りつけ、返す刀で他の個体にも斬撃を与えていく。ジャキンジャキン! と一方的な攻撃はしばらく続き、やがて四体のメザリガは全身から火花と紫電を撒き散らして粉々に爆発した。
「わっ、すごい。あっという間に倒しちゃった」
その戦いを遠巻きに眺めていたトトゥーナが駆け寄ってきて言った。薄紫色の髪をツインテールにした彼女が着ているフードの付いた上着は丈が短く、へそが見えるくらいしかなかったが、戦いの場に着用してきて良いものなのだろうか。
チャリン、という音がした。
フレイベルとトトゥーナがそれぞれ持っている魔針盤が魔物の撃破を知らせたのだ。
魔針盤はギルドに入った時点で支給される。リュードが持っていたそれのように手首に巻き付けるタイプではなく、彼女のそれはまさに方位磁石といった感じの見た目をしていたが、もしかすると後からカスタマイズ的なことができるのかもしれない。
例えば、トトゥーナの魔針盤は一回り大きい二枚貝のような構造の円いケースに埋め込まれる形で収まっている。開け閉めできる蓋の裏側はなぜか鏡になっており、コンパスというよりコンパクトみたいだった。
「あたしの出る幕なんてなかったよ」
「確かに何もしませんでしたわね、見ているだけでした」
フレイベルが言うと、トトゥーナがぎくりと肩を揺らした。
見ていただけの彼女の魔針盤も撃破をカウントしている辺り、一緒に戦っている判定にはなっているかもしれない。近くにいただけの他のバスターが巻き込まれたりしないのだろうか。
トトゥーナは二枚貝のような魔針盤のケースをぱたりと閉じて、
「ま、まあ? あたしは先輩として、新人のベルがどれだけ戦えるのか見定めていただけだし?」
「なるほど……」
「そういうわけで任務完了! よっしゃあ帰ろう!」
食い気味に言って、彼女は腰のベルトのバックルに魔針盤を装着した。変な仕組み。
○
ギルドに戻り、受付で魔針盤に保存された魔物のスコアを清算してもらう。ここまでがギルドにおける魔物退治の一連の流れとなっている。
フレイベルたちが街に帰ってくる頃には時間は既に正午を回っていた。それほど早くに出発したわけではないにせよ、鳥を使わずのんびり目的地まで歩いていればまあまあ時間がかかってしまうものだ。任務の九割は移動と言われている。
とにかくお昼だ。
バスターたちの本拠地・ギルドホールには食堂が併設されている。飲食店は旧市街にもたくさんあるが、ここではギルドのメンバーであれば割引が利いたり、曜日ごとに違ったメニューが楽しめるという点で利用する者が多い。任務前に手っ取り早く腹を満たすには丁度いい。帰還後も然り。
「ありがとうございます、お金まで払ってくれて」
「いいってことよ……まあ少しは遠慮してほしかったけど」
間にチキンを挟んだバンズが乗っている皿を運びながらトトゥーナが言う。一方のフレイベルは日替わりメニューのブリトーを十個ほどトレイに乗せていた。およそ成人女性が一人で食べる量でもなければ人に奢ってもらう量でもない。
街に来たばかりでお金を一切持ってなかった彼女はトトゥーナの厚意に素直に甘えていた。
「どこに座りましょうか……」
ブリトーが山盛りに積まれたトレイを両手に、遠慮を知らない素寒貧天使はそれなりに席の埋まっている食堂を見渡しながら呟く。
食堂には二人席や四人席、ぐるりと囲うように椅子の置かれた円形のテーブルなどが設置されていた。その内の一つ、十人分のスペースがある長いテーブルの隅に見覚えのある少年の姿が目に留まった。
近づいて声をかける。
「お隣よろしいでしょうか」
「構わないよ、今立とうとしていたところだ」
深緑色の髪の少年は快く返事をして立ち上がり椅子を戻す。テーブルを後にしようとトレイに手を伸ばしかけた彼だったが、声の主がフレイベルだと認識するや否や何かを言いかけていた口を閉じ、愛想笑いを露骨に消した。
少年……リュードは溜息混じりに、
「なんだ君か」
と言ったが、フレイベルのトレイに積まれたそれを一目見て不可解そうな顔をした。フレイベルが首をかしげると彼は「なんでもない」と瞬きついでに視線を逸らす。
「あ、そうだ」トレイを置いたフレイベルは上着から魔針盤を取り出した。「見てください! わたくしもこれでギルドの一員ですわ」
「今朝エミリーに聞かされて知ってるよ。それに僕に教えたって仕方ないだろう、他の人間にでも言えばいい」
「ふむ……確かに」
それじゃあ、とフレイベルが椅子の上に登って両手を広げた。
「みなさん、初めまして!」
突然の行動に、トトゥーナとリュードが目を丸くする。
「わたくしの名前はフレイベル・ベニーロ。これからこのギルドでみなさんと一緒に街を守っていきたいと思います、よろしくお願いします!」
なんだなんだ? と食堂に集まっていた同業者たちが注目する。
「何をやっているんだか……」
自己紹介を終えて椅子から降りたフレイベルに呆れた様子のリュードは、彼女の奇行にざわつく食堂から立ち去ろうとしたが、
「リュード。同じバスター同士、共に力を合わせて魔物と戦いましょう!」
フレイベルの言葉にぴたりと足を止めて振り返り、微笑んでみせる。
しかし。
「僕が? 君と?」
その笑みは決して好意的なものではなかった。
「それはない、協力なんてありえないね。僕は一人でいい。君は君で勝手にしなよ」
言うだけ言って、リュードはトレイを返却しに行ってしまう。
「な~んか、ヤな奴」
彼が食堂を出て行くのを見届けてから、トトゥーナがぽつりと呟いた。




