13 第二ラウンド
紫電を撒き散らしながらパラズマが爆発し、煙の中から現れたリッキーがばたりと地面に倒れる。彼は気を失っているようだが、とにかく無事なのは確かだ。悪霊に取り憑かれて増幅した『何でもいいから切りたい』衝動もこれで解消されるだろう。
これにて一件落着……とはいかない。
「派手にやったなあ」
リュードはフレイベルのもとに駆け寄って言った。二人の視線はうつ伏せになって何やら呻いているリッキーよりも上にある。
天気塔に大きな切れこみが走っていた。フレイベルのパラズマ撃破に巻き込まれる形で塔の根元部分が焼き切られており、四角柱をぐるりと一周するかのように生まれた亀裂はその縁があまりの高熱に熔解してしまっている。
真紅の鎧を着た天使は髪の毛をいじるように剣先を触りながら、
「あなたがちょっとやそっとの攻撃では壊れないって言うから……」
「君のそれはちょっとでもそっとでもない」
「けど、流石に結界まで消えてしまうなんてことには」
彼女が言い切るよりも先に天気塔が伐採された大木のように倒れた。斜めに切断された金属の塊は重力に負けてこちらとは反対側にゆっくりと崩れ落ち、地響きをあげて広場の石畳に叩きつけられた。
パキンッ!! とガラスの割れるような音。
天気塔が破壊されたことで、このエリア一帯に張られていた結界が解除されたのだ。
「結界が消えたようだ」
「ああ……」
力なく呟くフレイベル。パラズマ退治で出た街への被害はある程度ギルドが補償してくれるものだが、天気塔はどうだろうか。
結界の加護が無くなってしまえばそこは街の外と何も変わらない、人に取り憑くパラズマではない『通常』の魔物が跋扈する環境に後戻りだ。とはいえ、パラズマだって人間の体内に魔物のセルが蓄積することで初めて発症するように、結界が消えたからと言ってすぐさまコアを形成できるほどのセルがこのエリアに漂っているとは思えない。
そう考えるリュードだったが。
甘かった。
ぞぞぞぞぞ……と、何やら青黒い粒子がどこからともなく飛来した。桶に開いた穴から水が抜け出ていくように、魔物のセルは結界の消えたエリアへと集まってきている。もしかしたらレグナンテス中から流れ込んでいるのかもしれない。
魔物が生まれようとしていた。
セルはリュードたちの背後、広場の一点に集結する。青黒い粒子は空中で巨大な球体となって脈動し、ギュッと収縮したかと思えば、一気に広がってその姿を作り上げた。
左手首の魔針盤が鳴る。
現れたのはパラズマにも似た大きな魔人。十メートルほどの巨躯は青い外殻に覆われ、三対六つの眼窩と長い触角は人間に憑依していた頃のそれと変わらないが、胴や四肢が全体的に細長く、だらりと伸びた腕は地面に付きそうなくらいだ。
リュードは広場に降り立った巨大なパラズマを見上げ、
「なるほどね、天気塔が壊れるとこうなるのか」
「面白がっていませんか?」
言い合っているところに巨大パラズマが腕を振り下ろしてきた。外殻と同色の青い爪を二人は咄嗟に回避する。
ばがんっ! と彼らのさっきまで立っていた場所に穴が開き、石畳の破片が撥ねた。
「的が大きくなって助かる」
リュードは軽やかな身のこなしで後方に飛び下がり、背中の鞘からもう二本の短剣を抜き取った。既に握っていた二本を手放すと、計四本の短剣が宙に浮きながら敵を照準する。
右手に意識を集中させ、そのまま『投擲』。ボールを投げる動作にも似た、地面と平行な右腕のスイングに合わせてすべての短剣が勢いよく射出される。
ライムグリーンの尾を引いた短剣が巨大パラズマに向かって飛翔した。四本の短剣はそれぞれが独立した軌道を描いて魔物の全身を切りつけていく。頭、肩、腕、胴、脚といった部位を掠っては空中で旋回し、敵目掛けての突撃を繰り返した。
飛び回る短剣の絶え間ない攻撃を受けて、蜂に襲われる熊のようにもがいていた巨大パラズマだったが、その長い腕と頭の触角を振り回すことでそれらを吹き飛ばした。急な衝撃で制御の乱れた短剣が霊気のコントロールを失って地面に落下してしまう。
リュードが遠くの方に落ちた短剣に霊気を送ろうと手を伸ばすよりも早く巨大パラズマが動いた。
巨体にそぐわない俊敏さであっという間に距離を詰め、リュードを鷲掴みにしようと掌を勢いよく突き出した。
青い爪が鈍く光り、少年の眼前に迫る。しかし、リュードと巨大パラズマの間に割り込んできたフレイベルが魔物の腕に剣を突き立てて防いだ。刀身が硬い外殻同士の隙間に深く突き刺さって腕の軌道をわずかに逸らした。
すかさずフレイベルが鍔の鍵を一回捻った。彼女が鍵から手を離すと、どういう仕組みをしているのか鍵は自然と元の向きへと戻っていく。
そして、魔物に刺さったままに赤熱する剣を力任せに振り切った。
ズバン!! という斬撃音が炸裂した。
剣を通して流し込まれたエーテルが真っ赤な閃光となり、魔物の腕から肩口に向かって高速で駆け抜けていった。まるで割れた地面から噴き出した溶岩を思わせる光景だ。
金属が擦れるような悲鳴をあげて仰け反る巨大パラズマ。果たして魔物に痛覚はあるのだろうか。
真紅の天使は間髪入れずに次の行動に出る。
ばさり、という羽音がしたと思った時、フレイベルは既に空中にいた。赤と黒の翼を羽ばたかせて高く舞い上がった天使は剣を構え、鍵を捻る。
今度は三回。
その刀身は今まで以上に激しく燃え上がり、真紅の炎が渦巻いた。
巨大パラズマが上空の天使を見据えた。大地を強く踏みしめ、限界まで引き絞った弓のようにぎりぎりと両脚を収縮させていく。
対するフレイベルはゆっくりとした動作で剣を構えている最中だった。
技の発動までに時間がかかるのだろうが、今にも巨大パラズマは飛びかからんとしている。間に合わないかもしれない。そう思ったリュードは妨害しようと遠くに転がっている己の短剣を操ろうと手を伸ばしかける。
しかし彼の短剣……もとい霊操術にはひとつデメリットがあった。それは遠くに飛ばせば飛ばすほど威力が落ちていくというものだ。
手元から投擲するならともかく、遠くのそれを拾い上げて当てに行ったところで相手の意識を削げる確信はない。実のところ一撃の弱さを数でカバーしているリュードの短剣ならなおさらだ。
その時、周囲を見渡すリュードの視界の端に天気塔が転がっているのが映った。根元からぽっきり折れてしまったそれには霊鳴石が素材として使われていることを思い出す。
リュードは天気塔の破片(と言うには大きすぎるが)に手を伸ばして意識を集中させる。四角柱に彼の霊気が流し込まれ、そこに刻まれていた結界魔法を発動するための文字列がライムグリーンの光を帯びる。
腰を落とし、全力でぶん投げた。
思いのほかあっさりと浮上した天気塔の残骸が巨大パラズマに向かって突っ込んでいく。ピラミッド状に尖った方尖柱の先端が、天使に意識を持っていかれてがら空きになっていた巨大パラズマの胴に激突してその巨体を折り曲げた。
何かしらの合図を交わすまでもなく、生まれた一瞬の隙をフレイベルは逃さない。
「緋天式・極楽鳥」
翼をはためかせ、凄まじいスピードで地上目掛けてダイブする。
灼熱する刃が真紅の軌跡を描いて魔物を一刀両断した。
奇しくもそれは、リュードが向日葵畑で目撃した剣技そのものであった。
そして。
縦一直線に切り裂かれた巨大パラズマの全身から紫電が迸り、やがて跡形もなく爆発四散した。




