12 出ましたっ!
天界に満ちるエーテルがフレイベル・ベニーロの剣を通して流出。炎という形で地上世界に流れ込んだエネルギーが彼女の全身に定着し、鎧を形成する。
真紅の鎧をその身に纏い、天使の力を存分に発揮するための戦闘形態。
名前をフレイミングフレイベル。
「……」
炎の天使が無言のまま半歩前に踏み込む。きらり、とメタリックな光沢を帯びる真紅の鎧が太陽の光を反射して妖しく煌めくと、パラズマはその威容に気圧されて後ずさってしまう。悪霊に憑かれて正常な判断力を失ってしまっている者が、だ。
無理もない。相手は伝承の中にしか登場しないはずの天使、言葉通り雲の上の存在だ。
異質にして異物。
目の前に現れた超常の者にたじろいでしまうのは、彼が天界とそこに住まう者たちへの信仰を抱いているからこそであろう。
「おい……」
ただし、それは信仰している者の場合だ。
「おいおいおい君か君だったのかあの時飛んできたのは!」
たじろぐどころか食って掛かる人間が一人。
目を見開いていたリュード・ジャーガルは真紅の鎧を装着したフレイベルにずかずかと詰め寄っては早口でまくしたてる。彼は彼で天使の奇跡を至近距離で目の当たりにしたはずなのだが、彼女の変身した姿に驚いているのにはまた別の理由があった。
フレイベルは初め、彼の言う『あの時』が何かピンと来なかったが、すぐにそれが向日葵畑での出来事であると気が付いた。
「やっぱりあなたでしたか、リュード。またお会いできましたわね」
「お会いできましたわねじゃないんだよ。まったく君のせいで僕はレアな魔物と戦いそびれたんだ。貴重な体験を奪い去った罪の重さを自覚するといいい」
「はあ」
怒りで声を荒げてしまいそうになるのを抑えている風のリュードに対し、フレイベルはぼんやりとした調子で返した。翼を模した仮面と一体化した兜によって彼女の顔は完全に覆われていたが、その声は変わらずにクリアに聞こえている。と言うか、いかにも絵画の中で描かれる天使然とした姿をしている割に何とも気の抜けるようなやり取りであった。
だからと言って油断しているわけではない。
「……無視をするなあっ!」
パラズマが痺れを切らして襲い掛かってくる。彼は力任せに大鎌を振り下ろしたが、フレイベルは斜め前へのステップで接近しながらそれを躱し、脇腹へカウンターを食らわせる。
ジャキン! という音と共に彼女に切り付けられたパラズマの身体から火花が散った。
フレイベルは間髪入れずに斬撃を叩き込む。立て続けに行われる容赦ない追撃はパラズマの身体に着実にダメージを与え、そのたびにジャキン! ジャキン! と派手な火花を散らしていった。
彼女の戦う姿に魅入ってしまっていたリュードははっと我に返り、置いていかれまいと短剣を二本、鞘から抜き取った。鞘は彼の背中に四つ装着されており、その全てが手の届かない位置にあったが、霊気を帯びた短剣は音もなく浮かび上がってひとりでにリュードの両手にそれぞれ収まった。
フレイベルの攻撃の隙を見て、パラズマが後ろへ大きく飛び退いた。彼が大鎌を握る手に力を込めると、バリバリと音を立てながら刃の部分が青く発光する。人間がパラズマ化する時のそれと似た電撃を纏った大鎌を彼は思いっきり振りぬいた。
青い斬撃が飛んだ。雷は三日月形の刃となって二人のもとへと放たれる。雷の刃は二人の間を高速で通り過ぎ地面に激突、石畳の一部を抉り取った。
パラズマが続けざまに大鎌を振るう。そのたびに三日月形の青い斬撃がこちらに狙いを定めて飛んでくる。しかしリュードは空中で回転しながらこれを避けると、身体を捻った勢いを利用して短剣を二本とも投擲した。彼の手を離れた短剣はライムグリーンの尾を引く彗星となってパラズマの脇腹と大腿部に直撃する。
リュードの武器は一撃の威力こそ低めだが、敵の攻撃を回避しながら中距離からでも常に攻撃を与えられるというメリットがある。
短剣が火花を散らし、急旋回してリュードの手に帰ってくるより先に動いたのはフレイベルだ。まるで示し合わせたかのように完璧なタイミングで間合いを詰め、彼女は動きの鈍ったパラズマを思いっきり蹴りつけた。青い外殻に守られたパラズマの腹に真紅の金属製の靴が深く突き刺さり、吹き飛んだ彼はそのまま背後の天気塔に激突した。
地面に落下し、起き上がるパラズマの眼前に真紅の天使が迫る。
翼を模した漆黒の仮面越しに魔人を見据え、彼女は剣の鍔部分に刺さった鍵を捻った。
剣が燃える。
真紅の炎を纏うそれを、フレイベルはゆっくりと上段に構えた。
ここで一つ、リュードの頭に最悪の可能性が過った。
もちろんリッキーという男の安否についてではない。パラズマは特別な儀式といった手順を踏まずとも、撃破した時点で宿主になった人間はそのまま解放される。割と遠慮なく倒してしまって構わない。
リュードが気にしているのはその後ろにあるものだ。
(このままだと巻き込まれる)
天気塔は霊鳴石で造られた堅牢な方尖柱にさらに防護魔法をかけることでその強度を増幅させている。ちょっとやそっとの衝撃で壊れる心配はないが、ちょっとやそっとの範疇を超えていた場合にどうなるかは分からない。
向日葵畑での出来事を思い出す。
たとえ過去に倒壊した事例が一度もない天気塔と言えど、巨大な魔物を簡単に葬ったそれと同等の威力を持つであろう一撃を受けて、果たして無事でいられるだろうか?
「待てッ!!」
攻撃をやめさせようと叫ぶリュードだったがもう遅い。
燃え盛る炎の剣が無慈悲にも振り下ろされる。
そして。
真紅の剣筋が青い外殻に覆われたパラズマの全身を斜めに切り裂き、後ろにあった天気塔を根元から切り倒した。




