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フレイミングフレイベル  作者: 風上 環
第1話 エンジェル・ミーツ・ワールド
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01 はじめに、炎の天使あり。

 真昼の太陽を浴びて輝く向日葵(ひまわり)の花が、新大陸の一帯を黄色く染め上げている。

 そこが今回の戦場だ。


 青空に向かって細長い茎をしっかりと伸ばし、見上げるような高さで大きく咲いた花々。黄と緑で埋めつくされた花畑を、馬車がすれ違える幅の道が貫いている。港と『都市』を結ぶその道は途中で枝分かれして、木々に覆われた遠くの丘陵地帯にも繋がっていた。


 実際に歩いてみると花と空だけの景色がどこまでも続いている道の半ば。両側を背の高い向日葵に挟まれたその場所で、彼は刃を振るう。


 リュード・ジャーガルはバスターである。『ギルド』に所属し、魔物退治を生業とする十八歳の少年は、深緑色の髪を(なび)かせ、刃渡り三十センチの短剣を両手に持って目の前の敵を見据える。


 沢山の魔物の群れが彼を囲んで空中を漂っていた。体長五十センチほどの魔物の名はヨーギ。つるりとした質感の青黒い体表を鈍く光らせ、口の周りから触角のような器官を六本生やした彼らは、丸みを帯びた胴の側面から生やした大きな二つの翼足(よくそく)をひらめかせて泳ぐようにして空を舞う。バッカルコーンを剥き出しにしたクリオネじみた怪物が向日葵畑の道の真ん中に集まり、巨大な黒い球体を形作っていた。


 魔物は人類の敵だ。容赦なく命を狙ってくる。

 獲物となる人間を中心に(うごめ)いている球体を構成する魔物たち。その中の一体がリュード目掛けて飛び込んできた。翼足をひらめかせ、瞬発的に加速したヨーギの触手が触れるその寸前まで、深緑の髪の少年は全く動かなかった。


 動けなかった、ではない。


 半歩動いて上体を捻る。それだけで魔物の突進をギリギリで回避したリュードは、その勢いを利用して短剣を振りかぶった。大きな弧を描く刃がヨーギに触れ、その胴を果実のように切り裂いた。斬撃を受けたヨーギは軋むように小さく鳴くと、紫電を放って爆発四散してしまった。


 魔物の体を構成していた、青黒いブロブ状の残骸がベチャッという水っぽい音を立てて地面に飛び散った。


 それを合図として他のヨーギたちも一斉に襲い掛かってきた。リュードを囲う球体の動きが加速し、あらゆる方向から突進を繰り出して少年を攪乱してくる。

 だが、魔物たちは彼に触れることさえ叶わなかった。踊るような動きでヨーギの突撃を軽やかに躱していき、両手に構えた短剣を振るってカウンターを決めていく。次々に切り裂かれたヨーギが紫電と共に爆散していった。周囲で小気味よく起きる爆発の余波を肌で感じ取り、少年は戦いの最中でありながら口元を緩める。


 ヨーギは魔物の中では比較的小型だが、とにかく一度の出現数が多かった。常に二十体以上の群れで活動し、その小さな体躯と空中を泳ぎ回る能力で相手の攻撃をするりと潜り抜ける。少し戦い慣れした程度のバスターではいとも簡単に翻弄され、容赦なく餌食となってしまうだろう。見かけによらない厄介さで、少なくとも一人で挑むべき相手はないというのがギルド内での専らの評価であった。


 にもかかわらず。


 リュードの振るう刃が一体、また一体とヨーギを切り裂いていく。手練れのバスターが複数人、力を合わせてようやくまともに渡り合えると言われる魔物の群れを、彼はたった一人で葬っていった。


 苦戦とは程遠い。むしろ、彼はこの戦いを楽しんですらいた。


 リュードの倒したヨーギが爆散していくたびに、彼の左手首から「チャリン」と小さな鈴のような音が響いた。魔針盤(コンパス)と呼ばれる手首に巻かれたそれはギルドから支給される魔法道具(マジックアイテム)である。その名の通り、方位磁石に似た見た目の円盤に埋め込まれた魔法は魔物の存在を感知し、撃破した魔物もカウントしてくれる、魔物退治に勤しむバスターたちの必需品だ。魔法技術の最先端マシュマル製というあって魔法の精度は高く、撃破カウントの不正はほぼ不可能。出来なくもないが、すぐにバレるらしい。


 気が付けばヨーギたちは数を減らし、リュードの周囲で飛び回っていた彼らは残すところたったの五体。向日葵畑に蠢いていた黒い球体はもはやその原型を完全に保てなくなっており、まばらに影が飛び交うだけだ。


 仲間を失い、統率を欠いたヨーギなどただの空飛ぶクリオネである。群れのほとんどが青黒い肉片となってその辺に散らばり、今になって危機でも感じたか、無闇に突っ込むのをやめた彼らはリュードから大きく距離を空けて彼の周囲を泳ぎ回る。

 こちらから距離を詰めようと一歩でも動けば、向こうもそれに合わせて離れることで常に一定の間隔を置いてしまう。


 こうなったらリュードも攻撃を仕掛けられない。刃渡り三十センチの短剣ではどれだけ振り回したところで刃が届くこともない。カウンターの要領で戦っていた彼にとっては、そもそも敵が近づいてこなければ意味がないのだ。


 だから、戦法を変える。


 リュードは深く息を吸い、短剣の柄を握る手に意識を集中させた。

 するとどうだろう、彼の短剣が淡い光に包まれた。墨のように黒い肉厚な刀身の、刃区(はまち)から刃先にかけて走るライムグリーンの光は、途中で枝分かれして三叉(さんさ)の模様を浮かび上がらせる。


 そのまま、投擲。


 光を帯びた短剣は放たれた矢のようにヨーギ目掛けて前進する。ただし向こうは空中を自在に泳ぎ回る魔物。まっすぐ飛んでくる刃を躱すことなんて造作もないだろう。

 それでも魔物は逃れられない。

 なぜならこの時、リュードの投げた短剣がわずかに軌道を変えたからだ。照準する目標に向けて切先を修正した短剣はさながらライムグリーンの尾を引く彗星のように魔物の体を貫いた。「ギッ」という小さな悲鳴は魔物自身の起こす爆発にかき消された。


 ヨーギを撃破した短剣が空中で急旋回してリュードの手元に帰ってくる。リュードはその柄を掴み、こちらの様子を窺うように飛び交うヨーギに向かって再び投擲した。


 次は二本同時。

 異なる方向へ投げられた短剣はそれぞれが定めた標的の体を正確に貫き、そして旋回して少年のもとへ帰る。二体のヨーギが爆発を起こすのはほぼ同じタイミングだった。


 別に短剣そのものに意思があって勝手に動いている訳ではない。『霊操術(れいそうじゅつ)』。霊気、魔力、エーテル……この世界に満ちたあらゆるエネルギーに反応する特別な金属で鍛えられた刃がリュードの込めた霊気と共鳴し、自在に動く彼の手足となる。


 残された二体のヨーギの内、片方の個体が向日葵畑に逃げ込んだ。

 リュードはそれを見逃さない。


 すかさず短剣を投げ放つ。青空の下に並んで咲き揃う向日葵を乱暴に払いのけながら進む魔物を、しかし短剣は激しく揺れる茎や葉に一切触れることなく巧みにすり抜けて追跡する。

 ライムグリーンの光が魔物を捉える。「バシュッ」という小さな音を立て、ヨーギの体が突き刺さったままの短剣が向日葵畑から飛び出した。


 紫電を伴う爆発。そして撃破を知らせる鈴の音色が左手首の魔針盤(コンパス)から鳴る。


 ……あと一体。

 昂る気持ちを抑えながら、向日葵の花の上を漂う短剣を戻すために手をかざそうとした時、最後のヨーギがリュードに飛びかかってきた。触角をしならせ、少年に食らいつかんとする。

 魔物の動きは短剣が帰ってくるよりも速く、呑気に手を伸ばして待っている猶予はない。

 獲物を捕らえるための六本の触角が少年の顔面に迫る。


 それに対しリュードがとった行動は、身体を揺らして頭の位置を少しずらす程度。それだけの動作でヨーギの触角を躱せる訳がない。

 そもそも、リュードが避けたのは相手の攻撃などではない。


 リュードが構えていた短剣は二本。

 彼の頭によって生まれていた死角からもう一つの刃が姿を現し、ヨーギの頭から尻尾の先までをライムグリーンの光が貫いた。


「上等だ」


 最後の一体となったヨーギの爆発を見届け、リュードは誇らかに呟いた。その身体には傷一つない。

 肩の力を抜き、ふうと息を吐くリュードは、視界の端で蠢くものを見た。


 向日葵畑に散らばっていたヨーギたちの破片が、ずるずるずるずると水っぽい音を立てながら空中のある一点に向かって集まり始めていた。

 戦いは終わっていない。


 魔物とは『セル』と呼ばれる小さな粒子の集合体である。これらが単に集まっただけではブロブというただのぶよぶよした塊にしかならないが、いくつかのセルが結合し『コア』と呼ばれるパーツを発生させることで様々な姿かたちをした魔物に見た目を変える。コアは魔物の存在を確定させる重要なファクターであり、ダメージなどの要因でこれを失なった魔物はセル同士の結合を維持できなくなり、コアを覆うように集まっていたセルはただの青黒いブロブに戻って辺りに散らばってしまう。


 あまりにも損傷の激しい場合は周りのセルごと爆発して跡形もなく消えてしまうこともあるが(というか、本当は残骸を残さないようにとにかく外側から削っていくのがバスターたちの戦いのセオリーである)、今回はヨーギ自体の個体数が多く、リュード自身も核にダメージを集中させるためにあえて力を抑えていたのもあってか、向日葵畑には魔物を生み出せるくらいには無数の残骸が散らばっていた。


 それらがひとつに集まり、また新たな魔物が生まれる。コアを失い、ただのブロブに戻ってしまっていた青黒い残骸たちは空中で三次元的に渦を巻きながら、少しずつその輪郭を作り上げていく。

 つるりとした質感の体表は鈍く光り、口の周りからは六本の触角、丸みを帯びた体躯の側面から生やした二つの大きな翼足……。


「……いいね」


 そう呟くリュードの目の前に現れたのは、さっきまで戦っていたのと変わらないヨーギの姿である。だが明らかにサイズが違う。ヨーギの平均的な体長が五十センチであるのに対して、こちらは五メートルは優に超えるだろう巨体。

 己の身体よりも何倍もの大きさの魔物を前にして、リュード・ジャーガルはなお揺るがない。


「楽しませてくれよ」


 リュードは腰のベルトから一つの道具を取り出した。一見するとチャクラムという武器にも見えるそれは刀身のない刀の柄であり、鍔にあたる部位は柄を直径としてその周りをぐるりと円を描いている。刀身を接続するための穴が四方に開けられた不思議な形状の鍔を持った円形の柄を右手に、腕を地面と平行にして眼前に掲げる。


 ライムグリーンの光を纏いながら、リュードの短剣が柄に集まる。さっきまで振るっていた二本だけではない。彼の背中の手が届きづらい場所に装着された鞘からもう二本、刃渡り三十センチの短剣が浮かび上がり、円形の柄の四方に開いた穴へと嵌まっていく。

 墨のように黒い刀身を持つ四本の短剣が、十字を描く大きな手裏剣となった。その一つ一つに霊気が宿り、三叉の模様を浮かばせる。


 ここからが本番だ。


 金属同士を擦り合わせたような不快な雄叫びを轟かせ、巨大なヨーギが飛び上がる。真昼の太陽をその巨体で覆い隠し、地面に落ちる影が深緑の髪の少年を吞み込んだ。


 リュード・ジャーガルは四本の短剣を組み合わせた十字の手裏剣の柄を握りしめ、頭上高くの魔物と対峙する。

 あの巨体に押し潰されたらひとたまりもないだろう。


 それでも彼は、己の中の昂る気持ちをいよいよ抑えきれなかった。


 実を言うと、ヨーギという魔物と戦うのは今回が初めてだった。一度に大量発生する特徴を持った彼らの討伐はギルドでも危険度の高い任務とされ、リュードのように一人で活動するバスターには推奨されない。おまけに撃破スコアを稼げることから討伐任務自体の人気が高く、なかなか仕事が回ってこない。受付嬢で同期のエミリーに三回分の食事を奢る約束を取り付けて(交渉失敗)どうにかヨーギ討伐の任務を優先的に斡旋してもらった。


 鼓動が高鳴る。

 強敵を前に、全身に力が湧きあがる。


 空高くまで跳躍したヨーギが翼足をはためかせ、リュードに向かって勢いよく急降下を始めた。六本の触手を獰猛に広げながら、仲間を葬った一人の人間へと襲い掛かる。

 リュードは手裏剣の柄を握る手にさらに力を込めた。刃に宿るライムグリーンの光がより一層その輝きを増す。

 二十体以上の魔物の骸の集合体。怨嗟と殺意の塊が目前へと迫る。

 激突が始まろうとしていた。

 そして……、



 天から降り注いだ真紅の閃光が、巨大な魔物を真一文字に貫いた。



「………………………………は?」

 一瞬の出来事だった。

 ヨーギの体に刻まれた真っ赤な直線は五メートルを超す巨体を真っ二つに分断し、その断面はマグマのように赤熱していた。魔物は己の身の起きた変化に気付くこともないまま爆発四散し、リュードはそこでは初めて何者かが魔物を切り裂いたのだと理解した。


 轟く爆音に一拍遅れて爆風が巻き起こり、地上に咲いた向日葵の花が荒波のように揺れ動いた。


 突然の出来事に流石のリュードも呆気にとられてしまう。武器の柄を握る手からも力が抜け、霊気の供給を失った四本の短剣から光が消えて鍔から抜け落ちる。ガシャンと音を立てて十字の手裏剣は元の短剣と柄にバラバラに自壊した。


 呆然とするリュードの視線の先、魔物を貫いた閃光が落ちた道の真ん中に、佇む一つの影があった。

 それは鎧だった。ところどころに金をあしらった真紅の鎧、頭をすっぽり覆うグレートヘルムは翼を模した漆黒の仮面と一体化しており、装着者の顔は見えなかった。手には鏡のように煌めく銀の剣が握られており、これによってヨーギを撃破したのだろう。


 そして、翼。


 鎧で遮られていはずの背中から、一対の大きな翼が生えていた。全体的に黒く、上側の羽だけが鮮やかな赤色をした二色の翼を持ったその姿はまるで、


 天使。


 男に女にも見える鎧の天使は肩越しにリュードの方を一瞥すると、翼を羽ばたかせて宙に舞い上がり、そのまま空の彼方へ飛び去っていった。


 向日葵畑は静寂を取り戻す。


 少年の手首に巻かれた魔針盤(コンパス)が、小さな鈴の音を響かせた。

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