3.静かなる攻撃
明けない夜はない。
去らない嵐はない。
それでも、瀬里奈は登校し続ける。
SNSなど、恐ろしくて開けない。
相変わらず、腹の中が鉛を飲み込んだかのように重い。
食欲もなく、表情も乏しい。
少し茶色がかった自慢のショートボブの髪も、こころなしか燻んで見える。
まるで、生気を吸い取る魔物に取り憑かれたかのような顔。
あんなに美しく、気高い、クラスメイトの羨望の的だった瀬里奈が、打ちのめされている。
こんな痛々しい、可哀想な女の子に、いじめという名の雹が降り注ぐ。
全校集会が、体育館で行われた。
生徒は皆、気怠げに立っている。
校長の長いだけで内容の乏しい談話が続く中、瀬里奈の背中を、何者かがちょんとつついた。
瀬里奈が振り返ると、後ろの女子生徒が、私ではないという感じに、両の掌を見せて振った。
瀬里奈は前に向き直った。
暫くして、また誰かが瀬里奈を触った。
彼女はもう、振り向けなくなった。
無数の指先が、瀬里奈をつついた。
それは全校集会が終わるまで続いたのだ。
その日から瀬里奈は誰かの前に立つ事が出来なくなり、必然、教室の隅の方に居ることが多くなった。
「青井さん。背中に何か付いてる」
クラスの女子が瀬里奈に言った。
その女子生徒は半笑いで、決して瀬里奈のためを思い言ったのではないと分かった。
瀬里奈は腕を折り、背中に手を回した。
10センチ四方の紙が取れる。
数人のクラスメイトが、スマホで、その様子を撮影していた。
その紙には、(女王様)と書かれていた。
そのすぐ上には、小さく、オレンジの蛍光ペンで、SMの、と付け足しがあった。
それからは、誰かに背中を触られるたびに、トイレに行って背中を探るようになった。
紙を貼られたのはその一回だけだったが、瀬里奈は背中を探るのを止める事が出来なかった。
体育や、音楽の授業の後、教室に戻ると、瀬里奈の机が角度をつけて微妙にずらされていた。それは、病的に、執拗に続いた。
机の位置が変わる度、瀬里奈はそれを正しく戻さなければならなかった。
クラスの担任であるまだ若い女教師は、園芸部の顧問をしていて、時折、教室の前方にある担任用の机に花を生けた花瓶を置いた。
その花瓶が、瀬里奈の机に置かれたこともあった。
下駄箱から、上履きが片方だけ無くなり、それがすぐ脇のゴミ箱から見つかったりした。
雨の日、帰ろうとすると、傘がなくなっていて、それは校庭の隅の銅像の肩に引っ掛けられていた。
そんなことが、いつ果てることなく、続いたのだ。
瀬里奈は耐えていた。耐える事が出来てしまった。
その無言の抵抗は、攻撃者を更に煽ることになる。
瀬里奈の心が辛うじて折れないのは、日記をつけていたことも要因のひとつと言えた。
瀬里奈は、始まりの日から、何月何日何時頃、誰が何を言い何をしたのかを、克明に記録していた。
テレビでとある弁護士が、日記にも証拠能力があると話すのを聞いた事があった。
いつか、これが役に立つ。
雌伏の時を経て、顔を上げ、反撃に転じるのだ。
そう自分を奮い立たせないことには、学校に行くことなど出来なかった。
瀬里奈は最後の頼みの綱として毎日日記を書いた。
そして、1月も終わりに近づいた頃、今までで最大の仕打ちが、瀬里奈を襲った。