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22.護心術⑧

「以上を持ちまして、澄岡道場護心術セミナーは終了となります。

今後は、個別に、一人一人のペースに合わせて皆さんの納得行くまでご指導してゆく所存です。

本日は、長い時間本当にお疲れ様でした」


叡山がそう言って一礼すると、3人の高弟も揃って頭を下げた。

時刻は午後8時半である。

道場は、いつの間にか子供達の姿が消え、一般の大人達が質の高い稽古を続けていた。


「もし、澄岡道場に興味がある方は、是非、この機

会に入会してみませんか?」


橘女史が、参加者に声掛けしてきた。

大柄の男性と、真理愛という女の子が、早速、入会の手続きを行っている。


男性は、立ち上がると、ちょっと類を見ない長身で、叡山が彼の隣に小柄な真理愛を立たせたりしている。

真理愛は、瞳を大きく見開いて、高い山を見上げるようにのけぞっていた。

母親に、記念写真をねだっているみたいである。


「瀬里奈も入会するつもりなんでしょう?」


鈴香が言った。


「まあ、受験が終わるまでは、そう度々は来れないだろうけど」

「勿論、そのつもり」


瀬里奈は応えた。

そして、美音のことを鈴香に任せると、瀬里奈は、一般の大人が稽古している一画に小走りで向かった。


実はさっき、叡山が上半身を晒したとき、気付いた事があったのだ。

瀬里奈は、車椅子の琢磨に、お疲れ様です、と声を掛けた。


体操クラブ時代から、大人と話す事には抵抗は無かった。

誰でも、という訳ではなく、ちゃんと人となりを判断しているつもりである。


「おお、さっきのコス…」

「青井瀬里奈です」


食い気味に自己紹介する。

琢磨は、それが癖なのか、唇の端を片方持ち上げて


「入会するのか?」


と、尋ねた。


「はい、もう決めました。

ところで、琢磨さんが言っていた、色々、だけど、あれって、叡山先生のお腹の傷と何か関係ありますか?」


瀬里奈はそう、直球で質問する。

疑問は直ちに解決したい性質である。

琢磨は溜め息を吐く。


「…瀬里奈ちゃん?は、せっかちだねえ」


そう言ったが、それ程迷惑がる様子は無かった。

暫く逡巡した後、ぽつりと呟く。


「君は頭の回転が速い。

だいだい、ご想像通りかもな。

叡山は誰にやられたかを、最後まで言わなかった。

警察には、切腹の練習をしたと言ったらしい」


瀬里奈は琢磨と顔を見合わせて大笑した。

琢磨は、鼻の頭を指で掻いた。

子供に話す内容じゃないな、と自嘲気味に笑う。


「私、2人のこと、凄いな、と思う」


瀬里奈は素直な感想を伝えた。


「いつか、詳しく聞かせて下さいね」

「…考えとく」


その時、背中に柔らかい衝撃を感じた。

瀬里奈の肩口から細い腕が伸びてきて、そのまま抱きしめられる。


「瀬里奈様…。もう、何で起こしてくれないんですか?」


美音が、甘えたような声で不平を言った。

瀬里奈は、美音の腕に優しく触れながら、


「あんまり、気持ち良さそうに眠ってたから。起こすのは可哀想と思ったの。

美音、鼾までかいてたよ」

「…安達美音、一生の不覚」


美音は、盛りの付いた子犬のように瀬里奈の首筋の匂いを乱暴に嗅ぎ回った。

琢磨に別れを告げ、美音を引き摺るように鈴香の元へ戻る。


「入会手続きは、今度にする?」


鈴香の言葉に、瀬里奈は首を振った。


「ううん、今やっとく。美音は?入る?」

「もち&ろん、です!」


鈴香が、すぐに美音の母親に連絡を取ってくれた。

2人で橘女史のもとへ行き、入会手続きを済ませた。

瀬里奈はもう少し、稽古の様子を見学したかったのだが、鈴香にやんわりと反対されたので諦める。

最後に、叡山のもとへ挨拶に向かった。


「今日はありがとうございました」


そう言って、瀬里奈は丁寧な会釈をする。

叡山に出会えたことはきっと、自分の中に、大きな変革をもたらすだろう、そんな予感を抱いた。

叡山も、会釈を返してくる。


「お疲れ様でした。傷の方は大丈夫?」

「大丈夫です。

逆に心配掛けてすみませんでした」


瀬里奈は、叡山に入会の報告をした。


「受験が終わるまでは、なかなか、来れないかもだけど…」

「気にしなくていいですよ。今は、受験に専念して下さい」


叡山は、優しげな微笑を浮かべた。

そして、ちょっと考えて、


「学校の方は、少し休んでもいいと思いますよ」


と言った。

瀬里奈は、叡山の気遣いに感謝した。


「月曜日、学校に行くつもりです。

今日叡山先生から学んだ護心術で、頑張ってみようと思います」


横からひょいと、美音が顔を出す。


「若先生、大丈夫です。瀬里奈様には、私が付いてます」


「若先生?」

「瀬里奈様?」


瀬里奈と叡山は、そう同時に口にした。


「橘さんが、叡山先生のこと、そう呼んでました。あっ、DVDありがとうございます」


美音が叡山に頭を下げる。

叡山が橘女史に、うっかり寝落ちした美音の為に、セミナーのDVDを渡すよう手配してくれたのだった。


「瀬里奈様は、私の命を救ってくれたんです。だから私も、命懸けで瀬里奈様にお仕えします」


美音は一切躊躇うことなく、再度、そう宣言した。

彼女の中では、それは確固たる決意。

叡山は、美音に優しく頰笑んだ。


「それは、頼もしいですね。澄岡道場は、2人を全面的にバックアップしますよ。困ったら、いつでも連絡して下さい。

僕は大抵、道場にいますから」


瀬里奈は、鈴香と共に改めて今日の礼を述べ、澄岡道場を後にした。










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