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21.護心術⑦

「大分、お疲れのご様子なので、彼女には、そのまま休んでいてもらいましょう。

大丈夫。

才能の塊、みたいな人ですから」


叡山の言葉に皆が笑った。

何だか、この場にいる全員が、ひとつのチームの様な一体感を醸し出し始めていた。


「先程、A君の事例の中で、腹式呼吸、というワードが出てきましたよね。

皆さんも一度は聞いた事があるのではと思います…。

長らく護心術について解説してきましたが、今日のところはこれが、最後の実践になります。

ちょっと、今から、僕は上半身裸になりますが、大丈夫ですかね。

コンプライアンス的に、保護者の皆様、よろしいですか?」


ここまで来たら、こちらに否やは、ない。

鈴香も、美咲も、笑顔で同意する。


「瀬里奈さん、真理愛さん、大丈夫ですか?」


そう問われて瀬里奈は小首を傾げる。

叡山は自然に名前を呼んだ。


参加者の名前くらい、叡山なら頭に入れておくだろうが、そういう事ではなく、何故だろう、瀬里奈は、もう何年も前からの知己に名を呼ばれた様な温かさを感じたのである。


懐かしい様な、微かに、物寂しい様な、儚い、感覚。


瀬里奈は、その感情を誤魔化すように、ちょっとおどけて言った。


「どうぞ、どうぞ」


鈴香は慌てて娘を嗜めた。

河合と小林が大笑する。


「大丈夫!」


真理愛も、少し声を張って答えた。


「では、お言葉に甘えて…」


叡山は、袴を紐解くと、上の道着も脱いだ。


思ったより分厚い胸板が現れた。

筋骨隆々、と、いう訳ではなかったが、引き締まり、欠片も贅肉の気配がない。

鍛え抜かれた競泳選手のように、無駄な目的の筋肉がひとつもない、統一感に溢れた美しさがあった。

主婦2人が、思わず、息を漏らしてしまう。


「僕のお腹に注目して下さい」


叡山はそう言って、こちらに見易いように横を向く。


「丹田を緩めます」


次の瞬間、見事に割れていた腹筋が、中年のおじさんのような丸いユーモラスなお腹に早変わりする。

そのぽってりしたお腹に、瀬里奈も二の句が継げない。


「皆さんもやってみて下さい。立ち上がってもいいですよ」


瀬里奈は立ち上がって挑戦した。

年頃の女子としては、下腹を緩める事にちょっとした躊躇いがある。

さっき、仰向けでやっていたのを思い出しながら、ぽてっとしたお腹を作る。


「武士は、この腹で相手を斬ります。

腹が緩んでないと、刀が走らず、刃筋も通りません」


さらりと、怖いことを言う。


「この状態で、お腹を引っ込めながら息を吐き切ります。

続けて、鼻から大きく息を吸いながら再び、丸い腹を作って下さい。

そしたら、それを連続させましょう。

鼻で息を吸いながら腹を膨らませて、口から息を吐きながら腹を引っ込める

。何度も繰り返してやってみましょう」


叡山はそう言って、自分もやって見せる。

瀬里奈も、何度も繰り返した。

そのうち、呼吸に合わせてタイミング良く、腹が出たり引っ込んだりするようになる。

まるであたかも、腹が呼吸しているような感覚である。


「澄岡道場護心術奥義2箇条、丹田を緩める事。

これは、腹式呼吸によって、更に効果が倍増します。

自己防衛反応が出た場合、この腹式呼吸で丹田の緊張を解きます。

繰り返せば、内臓の不調もやわらぐ筈です。

皆さん、出来ていますか?上手く行かない方は、申し出て下さい」


皆、真剣な表情で取り組んでいる。


この技術で、あの忌まわしい内臓の強張りが治せるなら、本当に有難い。

瀬里奈は、丹田に右の掌を当て、腹式呼吸を繰り返す。

やらなければならない事は、既に明白であった。


身体の内側に心の目を向けて、陰の気を抑え、腹式呼吸により、内臓の不調を整えてゆく。


あとは実際に、教室でこれが出来るかどうか、である。

月曜日、挑戦してみよう。

瀬里奈はそう決心して、更にリズム良く腹を動かした。










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