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19.護心術⑤

「この先、具体的な事例を挙げて説明をしていきますが、途中で皆さんの中に、過去の事を思い出して具合が悪くなったりする人がいれば、すぐに教えて下さいね。

話の内容を変更するか、場合によっては中止し、個別セミナーに切り替えさせて頂きます。

こちらの橘さんは、現役の看護師です。適切な対応が可能だと思います」


叡山の言葉に、橘女史が一歩進んで一礼をする。


この辺りの段取りは、小児科医の木村諒太が監修している。


叡山は、彼の助言に従い、参加者に児童がいる場合は、セミナー前に保護者にアンケートを行い、スタッフ全員の共通認識としている。


鈴香もアンケートに、水沢あかりから伝え聞いた事柄を、美音の事も含め、詳細に書き記していた。


田中真理愛については、母親の美咲のアンケートの他に、木村からPTSDの報告を受けている。

叡山は、自分の言葉がしっかりと皆に浸透するのを確かめてから、話を再開する。


「以前このセミナーに参加した中学生のA君の事例を紹介させて頂きます。

A君は、学校でいじめを受けて保健室登校をしていました。

セミナーの後、彼は一大決心をして、教室に向かいます。教室の入り口に立つと、クラスメイトの目が、一斉にA君に向けられました。同時に、40人分の陰の気が、彼にぶつかってくる。

以前は、こういう場面で、ぐっと身体に力を入れて圧に対抗し、俯いて席につくところです。

A君はセミナーで得た知識を思い出し、心の目を外から内へ向けるということから始めました」


彼は内省し、自分の身体が緊張して凝り固まっていることを自覚した。


セミナーで教えられた通り、まず、更に力を込めて身体をガンガンに固めた。

そして、ふっと息を吐き、肩の力を抜く。

首筋も緩める。


自己防衛反応によって、重く引き攣る内臓を、丹田を緩める事でほぐしていく。

腹式呼吸を繰り返し、内臓に意識を集中していく。


A君に、誰かが消しゴムのかけらをぶつけても、彼は身体の中に集中した。

不思議な事に、自分の内側を見つめることで、消しゴムをぶつけられても、傷付く事なく席まで辿り着けた。


席に座り、目を閉じて、腹式呼吸でお腹を引っ込めたり、緩めたりを繰り返し行う。

内臓が、少しづつ柔らかくなってくるのが分かる。

この時、教室の空気が、徐々に軽くなり始める。


クラスメイトの発する陰の気が、A君の押し返しが無いものだから、つっかえが外れた様に拡散し、消えていったのだ。


A君は、危機感を覚えることなく、自分の内側に意識を集中しているため、陰の気を出してなかった。


A君は、席に座ったまま、静かに内省していた。

すると、クラスメイトは無意識のうちに、彼から関心を無くして、他事を考え始めた。

最終的に、誰もA君のことを気に留めなくなっていったのだった。


A君は、いつの間にか軽くなったクラスの雰囲気に気が付いて顔を上げた。

誰も自分を見ておらず、誰も自分を敵視していない。

随分楽な気分になって、A君はそのまま、始まった授業を半年振りに受けた。


それでも、A君をいじめる主犯格の男子生徒は、度々、嫌がらせをしてくる。


教科書に落書きしたり、椅子を水でベタベタにしたり、上履きを隠したりした。


A君は、何かされる度、自分の内側を見詰めた。

彼の反応の薄さに怒った主犯格の男子生徒が、彼の胸倉を掴んで引き倒し、何度も蹴り付けた。


正直、痛い。悔しいし、惨めである。


しかし、A君はもう、誰も恨まなかった。

敵は、クラスにいない。

そう、自分に言い聞かせた。

そして、ある日、A君は、主犯格の男子生徒に、

「もう、僕を虐めるのは、やめてほしい」

と、言った。


蹴りが飛んできた。

蹴られた太腿が激痛を訴えたが、肉体的な痛みなど、取るに足らない事に思えた。

「蹴るのも、やめてほしい」

A君は、静かに相手の目を見て言った。


腹を殴られた。

たまらず、膝を着いた。

痛む下腹をさすりながら、A君は、主犯格の男子生徒に同情し始めていた。

何故かは分からない。

理由もなく、彼のことが憐れに思えてきたのだった。


A君は、しっかりと主犯格の男子生徒を見た。

A君は、相手が、自分より背が低い事に初めて気づいたのだった。


「もちろん、A君のケースは、そのまま皆さんに当てはまるとは限りません。うまく事が運ぶほうが、少ないでしょう。

でも、それでも、やる事はもう、決まっています。澄岡道場護心術奥義5箇条、これを信じて、淡々とこなしていくのみです」


叡山は、皆を諭す様に優しく話す。

瀬里奈は、今日クラスで起こった出来事に、護心術を当てはめて考えていた。

自分の意識は、疑いようもなく外側に向けられ、クラスメイトを敵視し、殺気という名の陰の気を撒き散らしていた。

ここまで、事態が深刻なものになったのは、自分にも責任があるのだ。

瀬里奈は、深く溜め息を付いた。


「先生」


と、叡山に言った。


「わたしにも、出来るかな…」


叡山は瀬里奈の言葉に力強く頷いた。


「もちろんです!

では、実践に入りましょう」








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