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18.護心術④

「それでは、澄岡道場の護心術の奥義をお伝えします」


叡山がそう言うと、小林と河合がきびきび動いて、ホワイトボードを裏返す。


奥義…。

もう、教えちゃうの?


瀬里奈は、意外に思いながら、ホワイトボードの箇条書きを目で追った。


澄岡道場護心術奥義5箇条


1.心の目を、外から内に向ける事。

2.丹田を、緩める事。

3.敵を敵と思わない事。

4.自分が一番、リラックス出来るイメージを持つこと。

5.嫌なことは嫌だと言うこと。


奥義と聞くと難解な文章を連想するが、予想に反し至ってシンプルな言葉が並ぶ。

しかしその真意は、簡単には掴めそうも無い。


「これは是非、暗記して下さい。

皆さんには、いつでも思い出せる様にしておいてもらいたいです。

あっ、携帯で写真撮ってもらって構いませんよ。別に門外不出という訳じゃないです」


叡山の言葉に、縫いぐるみの女の子を除く参加者全員が、スマホでホワイトボードの箇条書きを写真に収める。


「いいですか?それでは個別に説明して行きますね。

まずひとつ目、心の目を外から内に向ける事。

実はこれ、思ったより難しいことなんです。

人間は日々生活する上で、意識は常に外側に向けられています。

外を出歩いたり、仕事をしたり、ご飯を食べたり、人と会ったりしている時、意識は必ず外向きですよね…。

自分の苦手な人に会ったとします。

すると、恐怖、不快感、焦燥感、そういった負の感情、つまり陰の気が勝手に溢れ出す。

自己防衛反応が現れて、身体には力が入り、内臓も不調をきたします。

陰の気は、相手にも不快な気持ちを抱かせるため、こちらに良い印象を持たない。

自分が嫌いだと、相手も自分を嫌いになる事が多いですが、それはこういう理屈なんです…。

心が外を向いているから、陰の気が出てしまい、相手も陰の気を出す。

相手の陰の気が届くと自分の自己防衛反応も加速する。

堂々巡りですね。

このような、八方塞がりの状態を避けるため、心の目を外ではなく内側に向ける必要があります…。

そして二つ目は、…」


叡山が、呆気なく二つ目の箇条に移ったので、瀬里奈は慌てて手を上げ、言った。


「心の目を内側に向けるって、どうやるんですか?」


瀬里奈は、疑問が有ればすぐさま解決しないと気が済まない性格なのだ。

叡山は、話を中断されても、全く気を悪くした様子を見せない。


「大丈夫。あとから具体的な解説をします。先に、5箇条の概要を話しておいた方が、理解しやすいとの判断です」

「…ごめんなさい。話の腰を折ってしまって」


瀬里奈は素直に頭を下げて言った。

構いませんよ、と叡山は微笑み、概要に戻った。


叡山の説明によれば、


二つ目、丹田を緩める事。


これは気が集中する、臍下3寸の場所にあるといわれている丹田の力を抜く、脱力するということである。


自己防衛反応による、内臓の変調を整える狙いがある。


いじめなどにより、内臓が緊張して苦しい思いをすることを無くして、精神的にも正常な状態を取り戻したい。


まず、丹田付近の筋肉を脱力することで、内側の内臓の緊張をほぐそうという意図であった。


そして、自律神経のような働きをする、自己防衛反応をコントロールしたい思惑もあるのだ。


つまり、陰の気を受けても即座に丹田を緩める事を繰り返す事により、攻撃を受けていないよ、と、自分の本能を矯正していくのである。


そんな事が可能か俄には信じられないが、叡山は泰然自若の様子である。


三つ目、敵を敵と思わない事。


自分が、周りを敵と思う事で、陰の気が発散されるのだから、敵と認識しないことが肝要である。

当たり前だか、言うは易しで、簡単に出来ることではない。

これも、繰り返し訓練が必要になる。


四つ目、自分が一番、リラックス出来るイメージを持つ事。


たとえば、危機的状況に陥りそうな時、自分の大好きな人を想ったりすることで、恐慌状態とは真逆の満ち足りた安心安全の境地を目指すのである。


最終的には、身の危険の最中であってさえ、陽の気を出すところまで行きたいが、それは武道の深淵にも通づる果てしなき道程である。


もちろん、皆が皆、行き着けるものではなかった。

だから、ここでは、陰の気の発生を防止する観点からアプローチしてゆく。


五つ目、嫌な事は嫌だと言う事。


いじめにより、何か不利益な言動をされた時、やめてほしいとはっきり、言葉にして相手や周りに自分の意思を伝えるという事である。


この段階は最終的なもので、自分の陰の気の封印が成功していないと、却って逆効果になってしまう。

陰の気全開で相手を攻撃しながら、いじめを止めろと言っても、相手が手を緩めるはずがない。


押されれば、押し返すしか無いのだ。


拮抗を緩めれば、こちらが攻め込まれてしまうのだから。

右の頬を殴られたら左の頬を差し出せとイエスは言った。


様々な解釈によれば、力を持たぬ者なりの、ささやかな抵抗であるとの見方もあるが、一般的には非暴力を示していると捉えられているだろう。


しかし、陰の気全開では、死ぬまで殴られるのだ。

殴るのをやめてほしいと、陰の気を封じ込めて、相手に伝える事が大事なのである。


叡山は、澄岡道場護心術奥義5箇条の概要を説明し終えると、皆に立ち上がる様、指示した。


「ここでちょっと小休止。指を組んで、手のひらを上に向けて伸びをしましょう」


皆でストレッチを始める。

伸びをしたまま、左右に身体を倒す。

その後でスタッフが、お茶のペットボトルを配ってくれる。


瀬里奈は早速、お茶をごくごく頂いた。

喉が乾いていたので美味しかった。

皆が一息ついて、徐々にまた、話を聞く態勢が整うまで、叡山はにこにこしながら待っている。
















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