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16.護心術②

叡山が、ホワイトボードに、(陽の気、陰の気)と書いた。


「我々の武術も広い意味で合気道と言えるので、便宜上、皆さんにもわかりやすい様に、そう言いますね」

叡山が言った。


厳密に言うと、澄岡道場と合気道は、違う武術ということかな。

瀬里奈はそう考えたが、それは正しい。


合気道は、植芝盛平という達人が興した武道である。


国家の後押しで、誰もが知る武道となったが、同じ系統の合気柔術は、太祖である大東流の武田惣角から無数に枝分かれした。


澄岡柔剣道を興した叡山の曽祖父も、武田惣角から直接指導を受けた1人であった。


「合気道を行う場合、この、陽の気を用います。

陽の気は、普段皆さんも出してますよ。

大好きな人を見つめたりすると、自然に相手に心地よい気が届きますよね。

同じ様に自分の事が好きな相手は、何となく、好ましい印象を受けたりします。

合気道では、敵を敵と見ると、途端に成り立たなくなります。

敵を愛する事は難しいですが、少なくとも、敵対する気持ちを持たない事が大事です」


叡山が、高弟の1人を手招きして呼び寄せる。

そして、2人は足を前後させ向き合うと、両手を突き出して手を合わせ互いに押し始める。


「河合さん、全力でお願いします」


叡山の合図で、河合という高弟が全力を込めはじめる。

背の高さはそれ程変わりないが、身体の厚みは断然、河合の方が優っていた。


「この状態では、お互い、相手を押し負かそうと力ずくになり拮抗していますね。

この様な状態の時に出てくる気は、大抵、陰の気なんです」


互いに拮抗して微動だにしないのはそうなのだが、河合は歯を食い縛り、青筋を立てて必死の形相であるにも関わらず、叡山は涼しい顔で普通に解説していた。

何か、得体の知れぬマジックでも見せられている様な気分になった。


「ではここで、陽の気に切り替えますね」


叡山がそう言った瞬間。

80キロはあろうかと思われる河合の巨軀が軽々と宙を舞った。

どーん、という大きな音を立て、河合が畳の上に打ち付けられる。

柔道の一本背負いに似た投げ技だった。


瀬里奈達は唖然となった。


気づいたら、叡山は片膝をついていて、横たわる河合に当て身を入れる仕草をした。

瀬里奈は、初めて目の前で合気道の真髄に触れ、胸のドキドキが抑えられなかった。


凄い…。

柔良く剛を制す、とは、柔道の言葉だったと思うが、今の合気道こそ、正にその言葉通りだと瀬里奈は思った。


「河合さん、有難うございます」


叡山が言うと、河合が、何事もなかったかの様子で一礼し、列に戻る。


「例えば、ボクシングなどでは、この陰の気の鬩ぎ合いとなり、力の強い方が他方を打ち負かします。相手の力が強まれば、こちらも更に力を出して拮抗する。

弱ければ負けてしまうので全力で押し返すしかない訳です。

もちろん、陰の気を封じ込めることに成功すれば、間違いなくその方は強者ですが…。


1人の子供がいじめを受け続けている場合、彼は、クラスメイト全員が発する陰の気を、たった1人で押し返し、拮抗の状態を作り上げていることになります。

これはもう、人並み外れた精神力の強さだと言えます」


叡山は1つ息を吐き、皆を見渡した。

瀬里奈を含め、参加者全員が、叡山の言葉を待っていた。


「ここで、1つ理解して欲しいことは、陰の気が、諸刃の剣であるということ。

陰の気は、陽の気と全く正反対の性質を持っています。

つまり、相手には不快感、自分には自己防衛反応とでも言うべき、身体的な変化をもたらします。

陰の気を受けると、人は、本能的に攻撃されたと判断する。

すると、身体は無意識のうちに、防衛体制に入る。身体中の筋肉に力が入り、外からの衝撃に備えようとするのです。

身体の中でも同じ事が起こります。

内臓は人間の生存に欠かせないため、自己防衛反応もそれなりに強いものとなります。

これが、胃の痛みや周辺臓器の強張りの原因です」


瀬里奈は、このひと月の間、自分の身体の中で起こった忌まわしい変調を顧みた。

叡山の言葉は正しくそれらを説明するものだった。

瀬里奈は、心に燻っていたもやもやした霧の様なものが、さっと晴れていく爽快感を味わった。


「陰の気は自分が発するものであっても、自己防衛反応を引き起こします。

学校から離れても、危機感を感じ続ければ、内臓は攻撃を受け続けていると錯覚し、緊張状態を維持しようとする。

こうなると疲弊が進み、胃潰瘍などの疾患となってしまうのです。

じゃあ、どうすれば良いのか?」


叡山は、ゆっくりと皆を見渡すと笑顔を見せた。











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