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15.護心術①

袴姿の妙齢の女性が、ホワイトボードの前に歩み出た。


「本日はお忙しい中、当セミナーにご参加頂きまして誠に有難うございます。

私は、司会進行を務めます橘と申します。よろしくお願い致します。

まず初めに、セミナーの講師を紹介させて頂きます」


司会の橘がそう言って手を差し出すと、意外にも1番若い袴姿の男性が一歩前に進み出た。


「ここ、澄岡道場の当主、澄岡柔剣道4代宗家、澄岡叡山先生です」


紹介を受け、叡山が、洗練された所作で一礼する。


「皆さん、初めまして。この道場で宗家をやらせてもらっています。

澄岡叡山と申します。

本名です。どうぞ、よろしくお願い致します」


残りの高弟が、拍手する。

瀬里奈達も釣られて拍手。

瀬里奈は、叡山の右眼が赤く見えてあれっと思った。


カラコンじゃないよね。

怪我でもしたのだろうか。


一見、短髪で清潔感のある好青年、という風貌であるが、その右眼が、一種独特の雰囲気を彼に与えていた。

お爺ちゃんじゃなかったのね、と瀬里奈は思った。


「ありがとうございます。まず始めに、簡単に自己紹介をしたいと思います」


そう言って、彼は慣れた様子で話し始める。


叡山は、2代宗家である祖父から、澄岡流柔術、澄岡流剣術の指導を受けた。


彼が5歳の時から、祖父の亡くなるまでの10年の間、子供には過酷な修練を徹底的に叩き込まれる。


その反動からか、高校時代は荒れに荒れ、喧嘩に明け暮れて警察の世話になった事も1度や2度ではなかった。


叡山は、持ち前の運動神経と身体に染み込んだ武術のお陰で、1対1の争いでは無敗を誇っていた。

高2の夏休み、叡山は、その頃S市で台頭する2つのチームの抗争に巻き込まれて、右眼の視力をほぼ失う大怪我を負った。


そして、叡山は、その時の喧嘩相手を半殺しの目に合わせ、彼を下半身付随にしてしまったのである。


その日を境に、叡山は、自らを顧みて心を入れ替え、半身付随となった相手への贖罪と真摯な鍛錬の毎日を送るようになった。


「そして、現在、この様な立場で、皆さんの前に立たせて頂いています」


叡山は、にっこり笑ってそう言った。


5分とかからず、半生を述べる。

瀬里奈は困惑して、隣の鈴香をちらりと眺めた。

彼女は、ドン引きして顔を引き攣らせている。


無理もない。


喧嘩相手を半身付随にしたというのは、本当だろうか?

そんな人が、いじめ克服セミナーというのは、冗談みたいな話である。

場が、しんと静まり返る。


「やっぱりそういう反応になりますね」


叡山は苦笑して言った。


「でも、この先セミナーを進める為にも、皆さんには隠し事なく向き合いたいんです」


彼はふと、稽古に励む門下生達を見やると、

「琢磨!!」

信じられないくらいの大声量で呼び掛けた。


一瞬で道場が鎮まり、皆が動きを止めた。

その覇気は凄まじく、近くにいた瀬里奈達は金縛りに合ったみたいに動けなくなった。

時間が止まった様な道場の中を、先程見掛けた車椅子の男性が、車輪を押して近づいて来た。


「失礼しました。皆さん、稽古を続けて下さい」


叡山が優しく言うと、そこでようやく、道場が動き出した。

叡山は、車椅子の男性の肩に右手を置き、


「こちらはその喧嘩の相手の加納琢磨君です」


と、言った。

琢磨は溜め息をつき、恨めしそうに叡山を見上げる。

「毎回やるんだな。このくだり」

「すまんな。兄弟」

叡山は赤い右眼を閉じ、ウインクした。

琢磨は、軽く咳払いをして、挨拶した。


「初めまして。加納琢磨です。色々あって、今は和解して彼の道場を手伝っております」


誰も何も言えないかと思われたが、瀬里奈がすっと挙手をした。


叡山は、どうぞ、と、瀬里奈を促した。

「その色々、が、気になります」

普通なら、自分を半身付随にした様な相手など、2度と顔を見たくないと思うものではないのか。

生涯、殺したいほど憎むべき仇ではないか。


もし、自分が琢磨の立場なら、正常な精神を保つ自信がなかった。

相手に、自分と同じ目に合わせたいと、悪魔にも願うのではなかろうか…。

琢磨は微笑んで、瀬里奈を見詰めた。


「その包帯は、コスプレ?」

「違います!」


叡山が、琢磨の頭を平手打ちした。

叩きやすい位置にあるからだろうが、素早い突っ込みだった。

琢磨は、後頭部をさすりながら、叡山を睨む。

気を取り直し、琢磨は言った。


「簡単、では、なかったよ…。

もし、君が、この先この道場で共に稽古するようになったなら、いつかは話す時が来るかも知れない」


琢磨は落ち着いた口調で、優しく諭す様に言った。


叡山が、遠慮なく琢磨の頭を叩く事が出来る様になるまでに一体、どれ程の時間の経過と試行錯誤が必要であったことだろう。


瀬里奈は、2人の間に流れる想像を絶する苦悩の余韻を、垣間見たような気がした。











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