14.澄岡道場
瀬里奈は、道場の雰囲気が何だかとても心地良かった。
瀬里奈達が道場に入ると、案の定、皆の注目を浴びた。
そりゃあそうだよね。
と、瀬里奈は自嘲する。
一見して、包帯を巻いて頭にネットを被った自分は怪我人に間違いなかった。
道場は100畳分はあろうかと思われた。
門下生は、6、70人はいるだろうか…。
老若男女が、それぞれのパートに分かれて、熱心に稽古していた。
道着姿の人と、袴姿の人が半々くらいの割合。
中には車椅子に座る袴姿の男性もいる。
真正面に神棚が祀られ、掛け軸と、年配の男性の白黒写真が飾ってあった。
「セミナーは、あちらで行います」
案内の女性事務員が、道場の右手奥の一角を指し示して言った。
見ると、ホワイトボードが置かれていて、その前に座布団が何枚か並べられていた。
既に3人、先に座っている。
大柄の男性と、縫いぐるみを抱いたまだ幼さの残る少女とその母親らしき女性。
2組は、無関係を主張する様に、離れて座っていた。
瀬里奈と母親の鈴香と美音は、彼らの真ん中に陣取った。
「瀬里奈様。ちょっと失礼します」
美音が、そう言って膝立ちで少女のところへ行き、自分のスマホを取り出すと、スマホケースに付けたアニメのキャラクターのストラップを彼女に見せた。
知らない人から急に話し掛けられて、最初は怖気付いた女の子だったが、美音のストラップを見た瞬間、表情を一変させた。
2人はあっという間に意気投合し、何やら瀬里奈の知らない単語を並べ立て、一心不乱に会話しだす。
女の子の母親が、呆気に取られている。
「知り合いかしら」
鈴香が聞いてきた。
「違うと思う」
瀬里奈は首を振り答えた。
ホワイトボードには、
(護心術 講師 澄岡柔剣道宗家 澄岡叡山)
と書かれていた。
名前から何となく、白髪長髪のいい具合に枯れたお爺さんを思い浮かべる瀬里奈である。
セミナー開始まで残り2分。
こちらに近づいてくる袴姿の4人組に気付いた瀬里奈が、
「美音」
と呼び掛ける。
ハウス、と言いそうになり、慌てて口許を押さえた。
今日の今日、生まれたばかりの友情にも関わらず、美音に対する自分の反応がこなれすぎだろう。
親しき中にも礼儀あり…。
年少の頃から続けている体操クラブの代表の言葉を思い出し、瀬里奈は自分を諌めた。
美音がパッと立ち上がり、帰還する。
瀬里奈の左隣りに座った途端、腕を絡めてくる。
その仕草に癒された時、ふと、自分の中の小さな嫉妬心に気が付いて、ちょっとびっくりした。
「随分、打ち解けたのね」
「推しの漫画が、一緒だったんです」
美音は、そう言って嬉しそうに瀬里奈の肩に頭をもたせた。
「始まるみたいよ」
鈴香の言葉に、2人は背筋を伸ばした。