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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ぼくの優しいサンタさん

作者: 紅谷緋子

ぼくの家にはサンタさんが来る。

それは必ず、ぼくの欲しいものを当てて、ぼくのベッドの脇に置いていってくれるのだ。


ぼくが8歳の時、同級生から『サンタクロース』の正体を知った。

友人はショックを受けていたけれども、ぼくにとっては好都合だった。

なぜなら、ぼくの家に来るサンタさんは、ぼくの大好きな人だったから。


「今年はなんて書こうかなぁ~」

ボールペンを持ちながら、井上忠は大きな独り言を呟いた。

「もう25歳になるんだから、そろそろやめたらどうだい?」

叔父の井上祐輔は、目尻に皺を寄せて苦笑しつつ溜息まじりに告げた。会社帰りの忠のために用意したシチューを、お皿に取り分ける。

「え~!いーじゃん!何歳になっても、俺はサンタさんを信じる清い子どもなんだから」

「んー、その言い方がもう、清い子どもじゃないよね」

「え~~」

祐輔の言葉に、忠は唇を突き出した。最近、切りすぎたと言っていた天然パーマの髪は、幼い頃の忠と同じ髪型で、まるで小さい頃のまんまのような姿に、プッと祐輔は小さく吹き出した。

忠の前には、『Merry Christmas』と書かれたクリスマス用のカードが置いてあった。赤と緑で彩られ、サンタクロースとトナカイが飛び出す、いかにもなカードだ。

小さい頃から変わらない、サンタさんへ出す手紙だった。

「夕飯出来るから、テーブル片してよ?」

「は~い」

生返事をして、忠はサラサラとカードに『欲しいもの』を書いた。封筒の中にしまっていると、湯気の立つ真っ白いシチューが目の前に置かれる。

「うわ、うまそう。俺、祐輔のシチューめっちゃ好き!」

「あーあ、こうやって僕は、いつも忠の良いなりになっちゃうんだよな」

忠の無邪気な笑顔に、祐輔は軽口を言いつつも満更でもない顔をした。忠の向かい側に自分用のシチューを、二人の中心にサラダを置いた。忠が買ってきたチキンとワンホールのショートケーキに、祐輔の好きなスパークリングワインをテーブルに置いて、ようやく祐輔も席に着いた。


小気味よい音をさせてワインの蓋を忠が開けると、シャンパン用のグラスにワインを注いだ。それを手に持ってグラスを傾けながら「メリークリスマス」と二人でタイミングを合わせて告げ、クリスマスの食事が始まる。

忠が大学生になって、祐輔の家に転がり込んでからずっと変わらないイベントだった。

初めの頃は、「僕のことは気にしないで、彼女とか友達と遊びに行ってきなよ」と言っていた祐輔だったが、さすがに5年以上続いたところで何も言わなくなり、忠の好物を作ってくれるようになった。

 流しっぱなしにしているテレビからは、クリスマス特集が流れ、煌びやかなイルミネーションが映し出される。

「綺麗だね。なんか毎年レベルがアップしてる感じだ」

「俺たちも行く?」

「僕たちが行ったら、変だろう?見てごらんよ、カップルばっかじゃないか」

「ふーん」

シチューを頬張りながら、忠はテレビを見やった。確かに、カップルが仲睦まじくベッタリとくっつきながらイルミネーションを見ていた。

「…誰も気にしないと思うけどな」

ポツリと忠は呟いた。

「ん?」

不思議そうに首を傾げ、祐輔が目線で訴えるものの「何でもない」と言って、今度はチキンを頬張る。

「…そういえば、今年はなんて書いたの?」

マッハの速さで夕食を食べていく忠のために、デザートのケーキを切り分けながらテーブルの端に置いてある封をされたカードを見やり、問いかけた。少し声に緊張が混じっている。

「秘密」

ニヤリと忠は笑う。


「けど、いつもと一緒だよ。俺が9歳からずっと書いてる『欲しいもの』を書いた。なんでか知んないけど、9歳の時から一度もプレゼントしてもらえてないんだよなぁ。それまでは、欲しい物を必ずくれたのに」

「……サンタさんが困るようなプレゼントを書いたんじゃないか?」

「うーん、そうかなぁ」

ケーキ用の皿を祐輔の前に置きながら、わざらしく忠は首を傾げた。

「それに、クリスマス当日に手紙を書いても、サンタさんには届かないんじゃないの?」

綺麗に6等分に切り分けたケーキを、倒れないように祐輔は皿に盛る。サンタクロースの砂糖菓子と苺も乗せた。

「…諦めたのかい?」

バランスを崩して、サンタがケーキの上から落っこちた。

「まさか」

皿からも落ちたサンタを、忠がひょいと掴み取る。

「もう準備する時間がなくてもいいかな、って思ったんだよ」

サンタの行方を捜すように、祐輔の瞳が忠を見た。忠の瞳にも、皺があるものの実年齢よりも十分若く見える色素の薄い祐輔の顔が映る。

「十分…時間はやっただろう?」

そう言って、パクリとサンタを一口で忠は食べてしまった。その様子に、祐輔はゴクリと喉を鳴らす。

震える祐輔の手に、そっと忠は手を重ねた。ビクッと跳ねて、咄嗟に離そうとした祐輔の手を、逃がさないようにきつく握りしめる。そして、相手の奥底を見抜くような瞳で、じっと祐輔を見つめた。


「ねえ、祐輔。なんで41歳にもなって、独身のままなんだよ?」

「ねぇ、どうしてさっき、俺が願い事を諦めたのか心配したの?」

「どうして俺からの手紙を、ずっと大切に机の引き出しに入れてるの?」

祐輔の答えを聞かずに、問い質すように質問を続ける。

「た、だし…」

戸惑う祐輔の姿に、クスリと忠は甘く笑う。

「俺たちもカップルになったら、あのイルミネーションを見に行っても変じゃないよ?」

「っ!?」

そして、手紙を空いている手で持ち、席から立ち上がると祐輔の手を握ったまま相手の前へ立った。

手紙をスッと祐輔の前に差し出す。








「ねぇ、16年分の俺の願いを叶えてよ?俺のサンタさん」









―――『サンタさんが欲しいです』

俺の家には、サンタがいる。

今夜は俺のベッドの中に、プレゼントが贈られていそうだ。




END

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