寄り道 7
『あ~れぇ~』
「合図よ」
「どう。ルシィ」
「五人です。うち三人はかなりの手練れです。後の二人は“隠形”が甘い。こっちです」
「さすがです。この人ごみで良く判別できますね」
「メグ様に付き合っていればそうなります」
「しかし、あの気の抜けた合図は何とかならなかったの」
メグを追跡しているのはルシィ、エステェ、カミーユの三人、“隠形”を使用したうえで、あの魔力遮断をする防水マントを使っている。夕方の人通りの多い道を縫うように走る。暫く行き、裏路地に入る。人気が急に少なくなる。気軽に会話しているようだが、三人の走りには影響がない。
「あっ」
「どうしました」
「“隠形”が甘い二人の気配が消えました。手練れは・・・あっ。分散した。まかれる。とりあえず一人を追います」
そのまま狭い裏路地を音の立てずに三人は駆け抜ける。三つ目の路地を曲がったところに、人が二人倒れていた。
「二人とも息が無い。殺されて間もないわね」
「これって、気配が消えたって言ってた二人?」
「ルシィどう?」
「・・・逃げられました。こちらが二人を目にするタイミングで急にスピードを上げて・・・」
「“隠形”が未熟な者を混ぜてそちらに注意を向けさせ、突然切り捨てる。味方も関係なしの残虐で狡猾なやり口ね。優秀と言われる追跡者でもその時点で分散したことも分からず見失ったでしょう。その後も追えたルシィはさすがです」
「でも、逃げられましたから一緒ですよ」
「これまた、特訓決まりですね。隊長」
カミーユの言葉にルシィは嫌な顔をする。
「あなた達、随分余裕ね。マルグリット様どうするの」
「え、だってメグ様ですよ」
「・・・あっ。来ました。また、私が捕まえられるギリギリの魔力で・・・こっちです」
ルシィが再び走り出す。ルシィ表情を引き締め集中している。
「如何したの」
「私には、詳しいことは分からないけど、まかれたのに気付いたメグ様が何かしたんだよ。ただ、隊長の様子だと結構厳しい課題を出されてるみたい」
「こんな時に、課題なの?」
「なんでも、ジュリア様方式と言うらしいの」
「・・・よく分かりました。修業時代を思い出したわ」
エステェがげんなりした表情を返した。
それから、一時間弱、くねくねとあちこちで方角を変えながら走り続けたところでルシィが止まった。この辺りは、中級市民が住む住宅地区になる。日は沈み、星が瞬き出している。
「あの先の、建物ですね。これ以上近づくと向こうも気付くでしょう」
「商家の使用人の寮のようですね。ここは王家の守りもノーマークの場所です。どの位人がいるか分かりますか」
「ダメです。あの建物は厳重に魔力遮断しています」
「それでは、私はこの場所を伝えに戻ります」
「頼んだわ。カミーユ」
カミーユは消えるように、その場を立ち去った。
「ルシィ。さっきのどうやったの?」
「何の話しです?」
「まかれたときマルグリット様が何かしましたよね」
「あぁ。メグ様は私がまかれたのに気付いて魔力を放出したんですよ。私が分かるかどうかギリギリのレベルで」
「でも、そんなことしたら誘拐犯も気付くでしょう」
「指向性を持たせて魔力放出したんです。流れているラインから外れると読み取れないんです。たぶん敵は気付いてないと思いますよ」
「そんなことが出来るの。それに、その方法だと常にあなたの位置が分かっていないとダメよね」
「ええ。それはもう正確に」
「こうして一緒に旅をしていてよく分かったわ。どうしてマルグリット様の護衛の能力が高いのかが。しかも、比較対象がおかしいから皆自分の能力の高さを感じていないでしょう」
「私は、分かっているつもりですが、カミーユとリュカは入隊当初からうちの隊だからそうだと思います」
「・・・まったく」
「おい。いいのか、ターゲットは坊主の方だったろう」
「あの状況じゃ、しょうがねえだろう。あの足の悪いメイドただもんじゃなかったし」
「まぁ、そうだが。連れてきちまって言うのも何だが、この餓鬼で役に立つのか?」
「このところターゲットとずっと一緒にいたし。護衛や身代わりの感じじゃなかっただろう」
「ファビアン様にちゃんと説明しろよ」
「あっ、汚ぇ。おまえも一緒だろうが」
「それにしてもよく寝てやがる」
「あの薬は、オーガでも一発でおねんねするってやつだ。朝までこのまんまだよ」
恵を部屋に残して、男たちが去って行くと、気絶したふりをしていた恵が目を開ける。倉庫のような小さな部屋、天井近くに空気取があるだけで窓は無い。恵は手足を縛られて床に転がされていた。
(うわ~。お決まりのような場所ね。あっ、このロープ、ミスリルの糸が織り込まれている。子供でも油断しないってか。まぁ、私には効かないけどね。しかし、プロとはいえ結構えげつない方法をっとたわね。仲間殺すとき全然躊躇いが無かったよ。今の話しからするとファビアンてのが現場指揮官かな。帝国風の名前ね。寝ていると思ってたとはいえ、名前出しちゃうってことは返す気ないんだろうな。まぁ、こっちも容赦なしってことで)
「場所は・・・ここからそう遠くないな」
「ぐるぐる引きずり回された。それと侮れない奴らだよ。隊長が一度まかれたの」
「そいつは・・・気を引き締めねえと」
ルシィの魔力検知の実力は、全員が知っている。
「ここに来る前に、モレッティ邸に寄って来たけど、話は着いたそうよ。明日の朝にはモレッティの屋敷に従士隊が来るって」
「どのくらい出動してくる?」
「十人程度みたい」
「ちょっと少ないな。そいつら信用できるんだろうな」
エギルはまだ役人を信用していない。
「普段からたんまり握らしている奴だと言っていた。それに出動の指示を出したやつは、エステェ様が言っていた候補者じゃなかったよ」
「問題ねぇ。人数が揃わなかったら俺が露払いするし、裏切ったら全員ぶった斬る」
「ニコラ。気合入ってるな」
エギルがニヤリとする。
「あたりめえだ。お嬢が体張ってるだ。お嬢の剣である俺がやらねえでどうする。あんな不甲斐ないことはもうまっぴらだ」
「「その通りです」」
カミーユとリュカの声が揃った。三人にはあの襲撃のことが頭に有った。
「モレッティの偽装はどんな感じだった」
「一日ぐらいなら何とかなりそう。ツァンナの拠点に人を張り付かせたりとか、聞き込みに走らせたりとか、騒然として慌てている風にしていた。もっとも大部分の手下は、計画を知らされていないので演技でなく本当に騒いでいたからね」
「じゃあ、僕はジョシュアさんと騎士団の詰所に行ってきます」
「頼んだぜ、近衛の証言があれば大きい」
「さて、俺たちも現場に向かうか。アリスさんカミーユ。セリア様を頼む」
「承知しました」
「了解です」
「セリア様も、頼みました。重要な役割どころです」
「任せてください。今まで何もできなかったのです。ここでお役にたたねば、メグちゃんのお友達失格です」
夜もだいぶ更けてきたが、騎士団の駐屯所は煌々と明かりが灯っていて、リュカとジョシュアは直ぐに近衛の三人に面会が叶った。
「シモン様。夜分遅く申し訳ありません」
「なに、構わないさ。俺たちも結構宵っ張りでね。リュカが来たってことは、奴らが動いたってことだね」
「はい、段取り通りに、メグ様は人質になりました。モレッティの依頼で従士が明日の朝にも動くそうです」
「しかし、本当にやったんだな。護衛対象を囮どころか敵地に送り込むとは。この点に関しては、納得はしていないよ。たとえ護衛対象の命令に背いてでも側で守り切るのが護衛だからな。だが、約束通り協力はする。帝国の奴らに良い様に踊らされるのは気に入らない。なにより、お前の頼みだしな」
「有難うございます」
「騎士団の中にも話の分かる奴がいるんで、声を掛けておく」
「助かります。場所は、西十八地区の住宅街になります。明日の朝、ジョシュアと二人でお迎えに上がります」
「どうであった。屋敷の様子は」
「一晩中騒然としておりました。あちこちのツァンナのネストに人をやって監視させたり、街に聞き込みに向かわせたりと。まあ、まるで見当違いな所ばかりですが」
まだ暗い部屋の中で四人の男が話し込んでいる。ここは恵を軟禁している、元商家の使用人寮の談話室である。中庭を望む窓から朝焼けの空が覗いている。四人のうち一人がソファーに座り、前に立つ三人の報告を聞いている。
「あの娘、それなりに大切にされているようだな。良かったなクルト。お前の首も何とか繋がりそうではないか」
「有難うございます。ファビアン様」
「次は無いぞ」
「はっ」
「では計画通りモレッティのところに使いを出します」
「そうだな。身に着けているものと、指の一本でも付けて煽ってやれ。それで、抗争に見せかける準備の方はどうだ」
「抜かりありません。足のつかないゴロツキは既に待機させています。午後には予定の場所に移動させます。それに合わせ、騎士団を動かせるよう繋ぎの準備も出来ています」
「よし。では仕上げに掛かろう。今日の晩餐は我が国の美味い酒を飲もうではないか。へまをするなよ」
「通してくださいませ」
「あなたは、メグ様付きの」
「アリスです。モレッティ様にお目通りを」
「そちらの方は」
「私は、ルアール男爵が娘、セリア・ミィシェーレと申します。マルグリット様とこの街に参っておりました。モレッティ様へのお目通りをお願いいたします」
「おぉ。アリス殿お待ちしておりました。その方たちは良いのだ。通して差し上げなさい」
「ステファノ様!失礼しました。どうぞお通りください」
アリスとセリアが正門から入ると、屋敷に続く庭には、既に十名ほどの従士がいて、隊長と思しき従士がモレッティの話を聞いている。アリスが近づくのを知ると、声を掛けてきた。
「アリス殿お待ちしていました。エルヴェ隊長、こちらが先ほどお話した攫われたご令嬢付きのメイドです」
「マルグリットお嬢様のメイドを務めるアリスと申します。こちらにいらっしゃるのがルアール男爵のご令嬢であるセリア様です」
「セリアです。故会って、マルグリット様と身分を偽り、この街に滞在しておりました。こちらに身を寄せられたマルグリット様のことでお伝えしいことがあり馳せ参じました。お疑いがあるならば、役場に行き、ステータスをご覧いただいても構いません」
「いえ、そこまでお手数をお掛けせずともよろしいです。してどのような」
「それは、私から。私は、マルグリット様の護衛隊の隊員で、スフォルレアン家の従士、カミーユです。マルグリット様の急報を聞き、すぐさま待機していた護衛隊で探査を行いましたところ、怪しき場所を見つけました」
「昨日の今日で?それは・・・」
「スフォルレアン家には、このような事に長けたものが居ります」
「はぁ」
「現在、護衛隊が現場を抑えております。他領のことゆえ皆様のお力が必要です。これより、ご案内差し上げます。同道をよろしくお願いいたします」
隊長は戸惑った様子で、視線をめぐらすと、セリアの毅然とした強い視線にぶつかる。
「・・・おお。承知した」




