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寄り道 6

結局、恵は母屋に招かれ、応接で現在モレッティと相対している。ピエトロは、モレッティの”ここは、じいちゃんに任せろ。悪い様にはしねえよ”の一言で下がらせられ、ここにいるのは、恵、アリス、モレッティ、ステファノ、それといかにも武闘派といった護衛が五名だ。今度の応接室は、離れで通された平民向けのものとは打って変わり上級貴族のそれだ、広く、調度品も一流のものが揃えられている。

離れの話を、ステファノは説明をする。モレッティは目を瞑って吟味するようにその話を黙って聞いていた。一通りの説明が終わると、モレッティは目を開き改めて恵に強い視線で見つめる。

「目の前で、こうして見ると俄かに信じられねぇが、その話を信じるなら飛んでもねえ玉だな。まあ、度胸は一流てのは分かるぜ」

そして、恵に向かいニヤリと笑って見せる。

(なるほど結構な迫力だよ。それに、いかつい顔に妙にその笑みがハマってるよ)

「それで、お嬢さん。やはり素性は明かしちゃもらえねえのか」

「故会って、街にも冒険者として入りましたが、この非常時に名乗りもせず屋敷に泊まらせろと言うのはあまりに礼を欠きますね。ここだけの話として頂けますか」

「おう。このモレッティの名を賭けよう。おめえ等もいいな」

「「へい」」

「魔の森の傍ら、北の守りの地より参りました」

「・・・伯爵家のご令嬢か。・・・そうか、あのマンティコアを退けたってのは・・・」

「ここに控えるアリスは、その折に傷を負いました。この街へは別の用件で参ったのですが、彼らの動きを耳に入れてしまい、どうしても彼らにご挨拶をしなければと思い、はしたなくもモレッティ様のお屋敷に押しかけてしまいました」

「ははは、こりゃ魂消た。おっかねぇお嬢さんもいたもんだ」

「お恥ずかしいばかりです」

「それでよ。どう見た」

モレッティは笑みを消して、声のトーンを一段下げた。

「ピエトロ様を、攫うのではないかと」

「で、どうしようって。答えによっては俺も黙っちゃいねえぜ」

モレッティは恵に威圧を掛けるように強く睨む。

「まぁ、怖いお顔。こんなことは、後ろから眺めているだけでは面白くありませんわ。私は自ら関わって、この目で見ないと気が済まない性質なのです。攫われるのは、私と言うことで如何でしょう」

「とんでもねえ事を言いやがる。こりゃ傑作だぜ」

「私が攫われたことで、モレッティ様にご迷惑が掛からぬよう一筆差し上げても構いません。たた、私が裏切らずに攫われるかお疑いがあっても、こればかりは信じて頂かなくてはなりませんが」

「その必要はない。俺はあんたを信じた。裏切られたときは、俺の見る目が無かったとしてくれて結構だ。いやピエトロには勿体ねえくらいだ」

暫くは、上機嫌なモレッティの笑い声が応接室に響いた。

「それでは、手はずについてお打ち合わせをいたしましょう」

それから、二時間ほど今後の段取りと役割について恵たちはみっちりと相談した。

晩餐は豪華だった。ラ・サンテーヌの名物を随分すすめられた。流石に芸術と歓楽の都とあって、料理も繊細で手の込んだものが多かった。始終モレッティは上機嫌で、部下や使用人が驚いていた。そして、恵とモレッティの会話を弾むもので、最後にはピエトロが拗ねてしまった。実際、モレッティの機知に富んだ話は面白く、恵は前世で経験してきた取引先の創業経営者との会食を思い出していた。

「いやはや恐れ入った。さすがは上級貴族のご令嬢だ、その歳で、大人の会話を熟すとはよ。いや、久しぶりに楽しい食事だったぜ」

「いえいえ、生意気な事ばかり申し上げてしまい汗顔の至りです。本日は、含蓄のあるお話をたくさん伺い、大変楽しい時間を過ごしました」

(みたか、前世で培ったジジイコロガシの技を)


翌朝、起きると恵の部屋にドレスが届けられた。さすが街一番のマフィアのボス、昨日の午後打ち合わせたと言うのに仕事が早い。ドレスは注文通りに、貴族令嬢にふさわしく、そして幼く見えるように可愛らしさを強調したものだ。

早々に部屋でドレスに着替える。結局、恵は母屋のゲストルームで貴族向けに設えた一番良い部屋を与えられた。

「これで、美味しそうな餌の出来上がりですね。見た目の詐欺に掛けては、メグ様は天下一品です」

「アリス姉。その言い方は何か引っかかるんだけど」

「たぶん気のせいですよ」

朝食の後にはルシィが訪ねてきたので、決めた段取りを伝え早々準備に取り掛かってもらう。

「準備は明日には整うね。後は待つばかりか。そうだ、念を押すようだけどあいつ等が来たらピエトロ君を守ってね、アリス姉。私は大丈夫だから。こういうことに幼い子を巻き込むのは絶対だめだからね」

「幼いと言ってもメグ様と一つしか違いません。ですが、承知しております。ピエトロ様にはメイドの鑑と言っていただきましたので、しっかりと働かせていただきます」


「どうしたピエトロこんなところで。メグ嬢ちゃんはいねえのか」

「繋ぎの人と打ち合わせしている」

「メグのお嬢さんに、少しの間坊ちゃんを頼むと言われまして」

「それでステと一緒なのか。それにしても元気がねえじゃねえか」

「おじい様。・・・僕じゃメグの相手は出来ないのかな・・・」

「あぁ、それか・・・。確かに、今のお前じゃ大変かもな」

「・・・やっぱりそうかな」

ピエトロは悔しそうな表情だ。

「おまえは、まだメグ嬢ちゃんの見た目で惹かれてやしねえか。まぁ、あれだけの別嬪は滅多にいねえのは間違いねえんだがよ。でもメグ嬢ちゃんの一番の魅力はここよ」

そういって、自分の胸を叩いて見せる。

「今朝、メグ嬢ちゃんに頼みごとをされてな。街はずれの雑貨屋をそれとなく守ってくれと言うんだ。聞けば雑貨屋の女主人は、旦那を亡くしてから一人で店を切り盛りしながらガキを育てていてな。そこにツァンナの奴らが手を出しやがって、メグ嬢ちゃんがそれとなく守っているらしい。これから手の者が忙しくなるんで、俺に頼みに来たって訳だ。まぁ、ツァンナから守ってやる理由はあるんだが、メグ嬢ちゃんはそんな理由とは関係なく守ってるんじゃねえかと俺は見ている。メグ嬢ちゃんが良い女だっていう一番の理由はそれだ。そこが弁えられるようになるのが初めの一歩だな。とにかく、あれほどの女は滅多にいねえぞ。そりゃじいちゃんが保証する。男としてしっかりあがいて見せな」

そう言ってモレッティは、優しく孫の頭に手を置いた。


それから、五日間を恵はモレッティの屋敷でのんびりと過ごしていた。恵の見立て通り準備は二日で整い、今は相手が手を出すのを待っている段階だ。このところの日課は、午前中にルシィと情報交換を一時間程度行い、夕食とそれに続くモレッティの晩酌の話し相手になる以外は、何時もピエトロと一緒に過ごす。ピエトロとの時間は、半分は遊びと話し相手で残りは来年のアカデミー受験のための勉強の時間だ。勉強の方は、正体を隠し見た目が幼い恵に、教師は始め一緒に授業を受けさせようとしたが、その学力を知り今は教師のサポート役になっている。ピエトロが躓いているところを聞き出し、丁寧に教える姿に教師は非常に感心していた。ピエトロも恵に対しては反発心を抱かないため授業は順調に進んでいる。邸内では、恵とピエトロが手を繋いで歩き、その後ろにアリスとメイドのロラが従う姿が当たり前の光景になりつつあった。使用人と事情を知らされていないマフィアの手下たちには、恵はピエトロの将来の花嫁としての認識が定着しつつあった。

「坊ちゃんは、またえらく別嬪を捕まえやがったな。あやかりてえくらいだ」

「てめえにゃ、見合わねえだろが。どこぞの貴族のお嬢様らしいじゃねえか」

「だがよ、全然お高いところが無くて、昨日もニコニコしながら挨拶をよこして、坊ちゃんをしっかり守って頂き有難うとか言ってな。この俺なんかにもだぜ」

「だが、あの杖ついてるメイドがなぁ。嬢ちゃんに話しかけようとしたら凄い目で睨まれたぜ。ありゃ相当だぞ」

「まぁ、あの疑うことを知らねえようなお嬢ちゃんだ、あんなメイドが付いてちょうどいいのかもしれねえな」

「でも聞いたぜ。あの目で睨まれたいばかりに、嬢ちゃんに声を掛ける奴がいるんだと」

「誰だ、そんないかれた野郎は?でもなんか分かる気もするな・・・」

アリスは、変なところで人気があった。

その日も、穏やかな日だった。午後に降ったスコールが上がり、ぬかるむ裏庭を午後の授業が終えた恵たちが歩いている。日は傾きかけていた。今朝裏庭の端でピエトロは小鳥の巣を見つけた。少し高い木の枝に据えられた巣には雛が数匹いるらしく、親鳥を呼ぶ声が聞こえていた。午後の激しいスコールでどうなったのか気になるとピエトロが言い出し。授業が終わると裏庭に出てきていた。巣は、裏庭の奥まった辺りの木にあり、茂みが多く母屋から見えにくい。

恵が、アリスを振り返り目で合図を送ると、先へ行こうとするピエトロを止めて、下がらせる。

「どうしたのメグ」

「私が見てきます。木の葉にはまだたっぷり雨露が残っています。このまま進むとお洋服がずぶ濡れになりますよ。ピエトロ様は少しここでお待ちください。ロラさん、アリス、ピエトロ様をお願いします」

「何を言っているんだ。君のドレスこそ濡れてしまうよ」

「失礼いたします」

アリスが、割って入りピエトロの手を取る。

「おい・・・」

その瞬間、ピエトロは強く手を引かれ、後ろに控えるロラに受け止められる。

アリスが杖を振るうと、近づいてきた男の顎に見事にヒットする。

「敵です。下がって」

アリスの声に、ロラも心得たもので。直ぐにピエトロを連れて下がり、開けた場所で彼をかばいながら短剣を構える。

「侵入者です。出会って」

ロラが鋭く叫ぶ。裏庭近くにいて声を聴きつけた男たちが駆け寄ってくる。

「ロラ放せ、メグがまだ」

「いけません」

アリスは、杖を振るい防戦している。敵は四人、なかなかの手練れだ。

「あ~れぇ~」

恵の声が、奥で聞こえる。

「大根ですね」

その声の後、ガサガサと枝を振るわす音がしたが、その後はパタリと静かになった

男たちが駆けつけピエトロを囲む。その後ろから、ステファノが近づいてくる。

「放せ、お前たちメグが」

「坊ちゃん。落ち着いてください」

「ピエトロ様、メグ様は大丈夫ですよ。ご安心してお待ちください。ステファノ様、後はお願いいたします」

「承知した」

騒ぎを聞きつたモレッティが姿を見せる。

「きやがったか。ピエトロは?」

「無事です」

「おうステ、表が騒がしいと思ったらやっぱりか」

「どうされました」

「なに、物乞いが数名、この屋敷でお助け飯が出ると聞いたらしく正門で騒いでいてな」

「良くタイミングを合わせましたね」

「出歯亀が見ていやがったようだぜ。屋敷は魔力遮断をしちゃぁいるが、さすがに庭はどうにもならねえ。物乞いはひっ捕らえたが、たぶんダメだな。それでメグ嬢ちゃんは」

「おじい様。メグが攫われた。何とかして」

「落ち着け。ピエトロ」

「みんな変なんだ。メグが攫われたのに大丈夫だって。アリスお前は・・・アリスは?」

「坊ちゃま。アリスさんはもうお出になられました。あそこです」

ピエトロの目に、オルニトミムスに乗ったアリスが、正門を出て行くのがちらっと見えた。

「さて、俺たちも。手筈通り動くぞ。ステ、ピエトロを頼むぞ」

「へい」


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