寄り道 5
その二日後、モレッティ一家の幹部とのアポイントメントが取れた。ガルニエを使っている幹部は、今はモレッティの屋敷に詰めていて離れられないということで、モレッティの屋敷の敷地内にある離れで会うこととなった。どうやらモレッティ一家も非常事態と考え、幹部が集められているようだ。
モレッティの屋敷は貴族街と平民街の境にある。貴族としては下級、平民としては裕福な者が住む地域だ。モレッティの屋敷はその中にあってひと際大きい。下級貴族をはるかに凌ぐ敷地と屋敷だった。正門から屋敷へのアプローチは二十メートル以上ありその左右には芝生が広がっている。正面に大きな館があり、その左右には離れがあった。その離れも下級貴族の屋敷に匹敵していた。恵はその左側の離れに案内された。離れは、外来の客に対応する場所であるらしく、応接室が数部屋あった。恵たちは平民の服装で訪れたので平民の相手をする応接室に通された。
暫く待っていると、マフィアとは思えない三十代そこそこの紳士然とした男が現れた。
(おっ、なかなかのイケメン君。きっと、この子がおばちゃん達が騒いでいたイケメン幹部に違いないわね)
ソファーに座っていた恵は、立ち上がり商人がするような挨拶を丁寧にした。
「冒険者のメグと申します。本日は突然な来訪にもかかわらず、お目通りいただきありがとう存じます」
「これはご丁寧に、私はステファノと申します。しかし、ガルニエからの申し出のあった方が、このような可憐なお嬢さんであったとは意外です。いや失礼、どうぞお掛けください」
男は対するソファーに座りながら、恵に座るよう進めた。その後ろには、アリス、ルシィ、エギルの三人が控えた。ガルニエは、ステファノの視線に入るようソファーの横に陣取った。ステファノは判断しかねていた、平民の冒険者を名乗る少女がメイドの付き人と戦士と魔術師の護衛を従えている。所作は貴族の令嬢である。ここが別の場所であれば、無邪気な貴族令嬢が当人だけはお忍びのつもりで遊びに来たと素直に考えただろう。しかし、ここはこの街一番のマフィアの屋敷だ。わざと貴族であることを知らせていると見るべきか。しかしここまであからさまだと語りとも思えてくる。
「失礼ですが、私は荒事のお手伝いをしていただける方にお会いするつもりだったのですが」
「ステファノ様、後ろの男がお話したアダンでさ。今は、このお嬢さんに雇われていてエギルと名乗っておりやす」
ガルニエは先程から落ち着きが無い。協力を求めたエギルが申し出を受けると聞いて喜んでステファノに引き合わせようとしたら、その主人を名乗る少女が付いてきたのだ。既にステファノに話しを通していただけに、今更、会わせないわけにも行かず成り行きでこうなってしまったが、ひどく居心地が悪かった。
「では、後ろの護衛の方を貸していただけると言うことでしょうか」
「正確には、お話がうまく纏まれば、私どもはこの件に関してお味方させて頂くと言った感じでしょうか」
「・・・話が纏まる・・・ですか」
「難しい事ではありません。あなた方はお持ちの情報、これから入手されるであろう情報をご提供頂ければ良いのです」
「理由を伺っても宜しいですか」
「私どもは、事を動かす引き金はツァンナが握っていると考えております。彼らは、騎士団が訪れている中で皆さんが動かざるを得ない状況を作り出すために何か仕掛けて来るだろうと。しかし、私どもはその方法とタイミングが読めないのです」
「なかなかお詳しいようですね。なぜ態々この件に関わろうとされるのですか、高々マフィア同士の諍いですよ。何を得ようとしているのです」
「ツァンナの後ろで糸を引いている者に思うところがあるだけです」
「そこまで、ご存知でしたか。もしやあなたは・・・」
「いえ、ステファノ様がご想像されている方々とは別ですよ。個人的に動いているだけです。彼らの目的は抗争を止めることではありませんから。抗争が起きると迷惑を被る方が大勢いらっしゃるようなので、出しゃばってしまったのです」
「私どもをお助け頂けると・・・いや、違いますね」
「えぇ。結果的にあなた方の助けになると言うだけです。ステファノ様のご商売にはあまり良い印象を持っておりませんが、存外街の方には評判が良いので」
「これは怖い。市井の方々からの信頼を頂けていなかったなら、私どもも潰すと」
「いやですわ。そのような恐ろしいことは考えおりませんよ。ステファノ様、如何ですか?私の手を取って頂けますでしょうか」
「私の一存で決められないことではありますが、このお話、乗るわけにはいかないでしょう。第一にあなた方の正体が分かりません。ご覧いただいた通りここの守りは硬い。来ると解っていて守っているのです。騎士団が王都に引き上げるまでの間ぐらいであれば、守り通せると考えています」
(なるほど、モレッティ一家の弱みは屋敷の中にあるって考えているのね。それなら、ここに居座るくらいがいいかも)
「そうですか・・・ステファノ様、この様にするのは如何でしょう。私と後ろに控えるメイドの二人を、ここに滞在させて頂くと言うのは。この魔術師のルシィに繋ぎとして通わせ、私はステファノ様の目の届くところから、頂いた情報を基にして手の物に指示を出すと言うのは」
「人質になると」
「子どもと足の不自由なメイドだけですよ」
「・・・私の一存では・・・」
その時、部屋の外が何やら騒がしくなると、突然扉が開き一人の少年が入ってくる。
「おっ、いたぞ」
少年に続き中年の少しふくよかなメイドが追いかけてきて、少年の肩を掴む。
「坊ちゃま。いけません。ステファノ様は今お客様のお相手をしています。失礼いたしました。ステファノ様」
「違うぞロラ。僕が探していたのは、その子だ。そうか、ステファノの客だったのか」
少年はメイドを振り切り、恵の隣まで来てじっと恵を見つめる。上等な服を着ている、歳は恵と同じくらいだ。
「ステファノ様、こちらの方は?」
「ピエトロ様です。モレッティ様の孫になります」
「僕は、ピエトロだ。おまえが屋敷に入ってくるのが見えて探していたんだ。名はなんという」
恵は立ち上がり丁寧なお辞儀をする。
「冒険者をしておりますメグと申します。以後お見知りおきを」
「冒険者か・・・メグ、僕と来い」
「あの、まだステファノ様とのお話が済んでおりません」
「ステファノ、話とはなんだ?」
(これは、頂きですね)
「実は、ステファノ様にこのお屋敷に滞在させて頂きたいとお願いをしていたところです」
「おい、勝手に」
ピエトロはパッと顔を輝かせた。
「そうか、ここに滞在するのか。よい、僕が許す。いいなステファノ」
「いえ、モレッティ様に許可を頂かなければ」
「わかった!メグ付いて来い。おじい様に許可を頂きに行こう」
「ステファノ様、私はここで失礼いたします。お話は、先程のような形でお願いいたします。ルシィ、エギル戻ってこのことを皆に伝えてください。アリス、行きますよ」
「・・・まったく」
恵たちが応接室から出て行った後も、ステファノはソファーに座りこんでいた。
「ステファノ様?いったどうなったんでしょうか」
「こっちが聞きたい!ガルニエ、お前とんでもない者を連れてきたな」
ぽかんとしているガルニエを見てステファノは大きくため息をつく。
「あの娘、帝国の奴らをツァンナもろとも叩くつもりだ」
「帝国?」
「あぁ・・・ガルニエはもういいぞ。・・・戦力にはなるのだろうが、下手をすればこちらも食われかねないな。あれはヤバイ。気が重いが、親父のところへ行くか」
ステファノは大儀そうに立ち上がると、応接室を後にした。
恵は、ピエトロに連れられ母屋にむかう。アリスとロラと呼ばれた中年のメイドが後に従っている。
「メグはどの位ここにいるつもりだ」
「一週間くらいでしょうか」
「もっと居られないのか」
「行かねばならない所がありますので」
「・・・そうか・・・メグは、どこから来たのだ」
「王都から参りました」
「王都か。僕は来年からアカデミーに通う予定だ。王都に行ったらもっとお前と会えるな。・・・おまえのメイドは足が悪いのか」
(この子、ストレートに聞いてきてデリカシーが無いように見えて、さっきから杖を突くアリスの歩調を気にしてゆっくり歩いている。わがまま放題に見えて紳士なところがあるね)
「アリスは、私が暴漢に襲われたとき、身を挺して守ってくれました。その時受けた傷で、足が不自由になったのです」
「なんと。それはメイドの鑑ではないか。メグは良いメイドを持ったな。アリスを労わってやるのだぞ。ロラは、口うるさいばかりなのだ」
「ピエトロ様。お優しいお言葉、ありがとう存じます。アリスを大切にいたします」
「おっ、おお。そうするがいい。日頃からおじいさまが仰っているのだ、恩を受けた者には報いよと、それが後に己の財となると」
ピエトロは、やや顔を赤らめながら言い訳するように話した。ロラがそんなピエトロを微笑ましそうに見ている。
「ピエトロ様。そちらのお嬢様はどちら様ですか」
母屋の玄関前で、執事然とした老人が恵たちを出迎えた。
ステファノが母屋に向かうと、その大きな玄関のアプローチでピエトロが執事のヴァンサンに抗議している最中だった。どうやらヴァンサンが恵たちを入れるのを拒否しているようだ。
「たとえ、坊ちゃまのご命令でも、素性の分からぬものをお通しするわけには参りません。どうか聞き分けてください」
「冒険者のメグだ。ステファノの客だぞ。怪しいところは無い。おぉ。ちょうどいいステファノお前からも言ってくれないか。ヴァンサンは頭が固くていけない」
「ピエトロ様、ヴァンサンは正しい行いをしています。外部の者を軽々しく屋敷に入れてはなりません」
「なんだ、お前まで。もともと、お前がメグを呼んでいたのだろう」
「いえ・・・それは・・・」
「騒々しい。何事だ」
玄関ホールにいたらしい、五十代後半の男が玄関から顔を出した。ロマンスグレーの髪に鋭い目つきをしており、厳つい顔は血色がよくバイタリティーに溢れた印象である。服もその辺の貴族に引けを取らない上等のものを着ている。この街の裏社会を牛耳るマフィアのボス、モレッティだ。
「おじい様」
ピエトロは、ヴァンサンを振り切り笑顔になってモレッティの脚に抱き着く。
「おぉ。ピエトロか、どうした」
モレッティは、相好を崩しピエトロの頭をなでながら問いかけた。
(この子がモレッティの弱みだ!)
「おじい様、メグを屋敷に泊めてやってください」
「メグ?なんだ?」
「モレッティ様。お初にお目にかかります。メグと申します。よろしくお願い存じます」
「おっ。ピエトロ。お前、えらい別嬪を掴まえたじゃねえか。なんだ、おい。女連れ込むのに俺に許可をもらいに来たってのか。こりゃ傑作だ」
「親父・・・」
「なんだステ」
「そのお嬢さんは、俺の客でして・・・ちょっとご相談が」
「何でい。訳ありか?」
(あれ。イケメン幹部の口調変わってるよ。いつの間にか“ゴッ〇ファーザー”が“仁〇なき戦い”になってる。私の翻訳スキルどうした!)




