寄り道 3
ラ・サンテーヌは公爵領の領都だけあり、大きな街だ。広い石畳の通りに、何処となく垢抜けたレンガ造りの瀟洒な建物が続く。さすが、芸術の都と言われるだけはある。ここを治めるルーフォン公爵は形だけ中道派のトップとなっているが、お飾りであると誰もが承知し当人も隠していない。ルーフォン公爵は音楽と美術を愛し、政治や領地経営を全て側近達に任せており、世間から”お気楽公爵”と揶揄されている。しかし、その領都では保護された芸術、芸能が花開き、劇場、美術商、料理店、酒場、遊興施設とそれらに関連する美術工房や劇団などが流行り、経済が成り立っていた。また、当然のように、裏通りにはマフィアが管理する娼館や賭博場などがある。まさしく、王国一の歓楽の都でもあった。
街に入った恵たちは、宿屋を求め早めの夕食を取った後は自由と言うことにした。各自部屋で着替えて玄関ホールに集まる。夕食は、この街を良く知るエステェにお勧めを聞いた。店の名前が出ると、以外にもエギルもその店を知っており、味はまずまずだが堅苦しくていやだと言い始めた。どうやら、つまみがうまい大衆酒場に行きたいらしい。結局、エギルとニコラは分かれて夕食を取ることになった。
「ニコラ、はい」
「お嬢、感謝っす!」
ニコラに金貨数枚を渡す。
「エギル。ニコラに悪い遊びとか教えるんじゃないわよ」
「分かってねえな。男はそうやって一つずつ成長するもんだ。そうしねえと変に歪んだ大人になるぞ」
「そんなことしなくったって、立派な大人になった人はたくさんいますよ」
「はいはい。腹も減ったし俺たちはこれで」
「あっ、まだ話し終わってないでしょ」
二人はそそくさと暮れなずむ街に消えて行った。
「なんか今、実家で兄と母の会話を聞いているようでした」
「メグ様は、少女の着ぐるみを着たおばさんですから」
(アリス姉、鋭い)
恵たちはエステェの案内で店に向かう。店は貴族街に近い通りにあり、通行人の身なりも良い。どうやら常連は貴族や裕福な商人でエギルが言いたいことが分かった。
店は如何にも高級そうな構えで、入口にはボーイが立っている。既に宿屋からの連絡が伝わっていたようで、エステェが二言三言話しかけると慇懃な態度で扉を開けて迎え入れた。中に入るとホールになっておりテーブル席が並んでいる。内装は上品で落ち着いた色調にまとめられ貴族が出入りしてもおかしくない雰囲気になっている。まだ早めの時間だがテーブルは八割がた埋まっており、なかなか流行っているらしい。恵たちは空いている窓際のテーブルに案内され席に着く。座ってほっとすると漂う良い匂いに俄かに空腹を感じた。エステェの話しでは、数日前に予約すれば奥の個室が使えるとのことだった。
「ちょっと緊張する。エギルの言っていたこと解るよ」
カミーユは少し居心地が悪そうだ。
「すぐ慣れるよ」
「伯爵令嬢から言われても説得力無いって」
「何になさいます?」
ウェイターがオーダーを取りに来ると、エステェがメニューを恵に差し出す。
「エステェ様。ここの名産品なんかあれば、よさそうなものを選んでいただけますか」
「承知しました」
エステェがウェイターとやり取りを始め、肉が良いか魚が良いかなど聞いてくる。
(そうか、この辺は海に近いんだ)
高級店に行けば王都でも魚介類は食べられる。海から二百キロメートル離れていてもマジック・バッグがあれば、中の経過時間は十分の一になる。しかし、やはり距離の壁はある。ここならば早朝水揚げされた魚介類がその日の晩餐に並ぶ。これをマジック・バッグで運べばまさに獲れたてを味わえることになる。
「カニとかあります?」
「おっ、結構ゲテモノ行きますね」
エステェが楽しそうだ。
「カニって?」
「蜘蛛みたいに八本足で、見た目で敬遠されるけど、一部にハマる人がいるようですよ」
カミーユの質問にルシィが答える。
(カニって、ゲテモノなの。なんで、美味しいのに)
「メグ様は、王都の香草も初めから大丈夫でしたし。食べる方も規格外で・・・」
「そーなんだ。でもあの料理の腕なら何でも食べられるようになるかも」
(アリス姉、何言ってるの?確かに大サソリも食べたけど・・・。カミーユもその感想は無いでしょ)
有名店らしく、上品な料理で味も良く、食事は賑やかに進んだ。カニは皆にも好評価で恵は満足だった。
テーブルにデザートの果物が並んだとき、魔術師の一団が入店してきた。マントを見ると、宮廷魔術師であることが分かった。四人のうち二人は見習いだ。彼らが恵たちの横を通るとき、見習いの一人が声を掛けてきた。
「ジョシュアか?」
「・・・ヤニック」
ジョシュアの顔色が変わった。見習いの魔術師は、恵たちのテーブルを見回す。宿で着替えているので、皆平服だが冒険者として街に入っているので恵もセリアも平民の服装だ。アリスはメイド服でぶれない。
「メイドを連れた平民か・・・。確か、いいとこに引き抜かれるとか言ってなかったか?レオナードの奴は見返してやるなどと豪語しながらそれっきりだったが。おまえ、こんなところで商人の子守か?俺は、来年には正規の宮廷魔術師だってのに」
「おい。行くぞ」
「まっ、せいぜい頑張るんだな」
ヤニックは、もう一人の見習いにせかされて、捨て台詞を残し奥の個室へ入っていた。
「何あれ。感じ悪!」
カミーユのストレートな感想に恵も心の中で同意していた。
「四人か。多いな・・・」
エステェの呟きに、問いたげな目を恵が向ける。
「いえ、ルーフォン公爵は武に疎くて、この街もこのように奢侈な感じなのです。王都から近いこともあって、ちょっとしたことがあると騎士団や宮廷魔術師が派遣されるのです」
ラ・サンテーヌは大きな街だが、従士は少なく前世の警察程度の対応しかしていない。魔獣や盗賊の討伐など本格的な武力が必要なときは冒険者ギルドに依頼するやり方だ。ただ規模が大きいと、王家の好意で騎士や宮廷魔術師が派遣されるらしい。エステェの見立てでは、魔術師が四人来ていると言うことは、二十人規模の騎士も派遣されているはずとのことだ。なにか、大きな討伐があるのかもしれない。
買い物は明日にして宿に戻り、その日は大人しく寝る。未成年にはこの街は刺激が強すぎると釘を刺された。
(やっぱホストクラブ的な店もあんのかな?前世でも行ったことは無いけど、文化の違いがどのくらいあるかはちょと興味がないことはない。別そういう店に行きたいわけじゃないからいいんだけどね)
翌朝、宿屋の食堂で朝食を取っていると、ニコラとエギルが恵の下に来た。昨日は遅くまで飲みに出ていたようだ。
「一応、耳に入れておこうと思ってな。まあ、俺達には関係ない事なんだが・・・」
昨晩、エギルとニコラは酒場を何軒か回ったが、三軒目でエギルの昔仲間に会ったという。カルに行く前の盗賊仲間だ。仲の良かった相手で人違いととぼける分けにも行かず、今は足を洗って商人の用心棒をしていると決めていた設定を話すと、一応は納得したものの、”今回だけで良いんだ、ちょっとだけ手伝ってくれないか。お前の剣の腕が必要なんだ”としつこく頼まれたという。何でも、その昔の仲間は、この街の老舗のマフィアに身を置いている。彼の話しでは、そのマフィアは昔気質で地域の住民と持ちつ持たれつでやってきていたが、最近、新興勢力が現れ、かなり強引なやり方でシマを荒らし、保護している店から苦情が上がっていた。この商売は舐められたら負けと、小競り合いが続いていたのだがそれでは治まらず、近く大きな抗争が起きるらしく助っ人を頼まれたのだ。何とか断ったと言うが、一応報告してくれたようだ。
「昨日の宮廷魔術師のこともあります。気になりますね。ちょっと噂を拾ってみましょうか」
横で聞いていたエステェは、軽い感じで申し出た。
「私たちとあまり関係ないじゃないの?」
「どうせ今日はやることありませんし」
「お任せします」
「さすがメグ様、早速トラブルを引き寄せますね」
「アリス姉、可笑しなこと言わないでよ。それじゃまるで私がトラブルメーカみたいじゃない。そんなこと言ってると信じちゃう人も出ちゃうじゃん・・・って、何で皆そんな目で見るの」
「もう皆さんメグ様のことを分かってらっしゃるんですよ」
朝食を終えると、セリアを誘ってスライム・クッションを買いに出かける。アリス、カミーユ、ルシィが同行する。エギルも気になると言って、ニコラと出掛けたが、同じようにジョシュアとリュカも宿を後にした。
恵が求めるスライム・クッションは、オルニトミムスを使う冒険者や安い乗合馬車で移動する旅人が使う雑貨に分類されていて、そうした品物を扱う雑貨屋はこの街では肩身が狭いらしく、街の隅に追いやられていた。人通りも少なく、見かける人の服装も表通りとは違い華やかさがなく、それとなく貧しさも見える。そんな通りの一角にその店は有った。
店の扉を開けると、目に飛び込んできたのは、店員と思われるエプロンを付けた女性と、それを取り囲むように崩れた服装の三人だ。見ると女性店員の横にはスカートの一端を握った幼い男の子がいた。三人のうち中央の男がリーダー格のようで、脇の二人より上等な服を着ている。女性店員に詰め寄っている。
「だからよ。ちょっと俺たちの使いをしてくれりゃ、生活が楽になるんだぜ。坊主にもおいしいものを食わせてやれるんだ」
「必要ありません。私たち親子二人は今でもちゃんと食べてこれてます。お引き取りください」
「俺も子供の使いじゃねえ。このまま、はいそうですとは言えねえんだ。このトマーソさんが何時までも甘い顔してるとは思うなよ」
男が、女性を掴もうと手を出しかける。
「ママに、手を触れるな。帰れ」
「坊主。威勢がいいじゃねえか。だがよ、聞き分けがねえママが悪いんだぜ」
「ちょっと。客が来てるんだけど」
やり取りから、シングルマザーと思った恵は、溜まらず声を掛けた。皆の視線が恵に向かう。男たちは一瞬、驚くようなそぶりを見せたが、恵たちが子供連れの若い女性と見ると安心したように笑みを浮かべる。店員と話していた、リーダー格の男が恵に身体を向ける。
「お嬢ちゃん。今は大人が大事な話をしているところだ。ちゃんと弁えねえとな」
「店主さんは返れと言っていたようだけど。意味分かんなかったの。もう一回教会学校へ行ったら」
「舐めた口を叩くなよ、子供だと思って優しくしてもらえるとは思うな。俺はそんなに甘かぁねえ」
「あたしもねえ、こういう親子に寄ってくる虫を見ると、黙ってられなくてね」
「こりゃ、本格的にお仕置きが必要だな」
男が前へ出てきたとき、恵の横にいたアリスの手元でカチンと音が響いた。その時、洒落た形で男の胸元を飾っていたペンダントの飾りがコトリと落ちた。男の顔が一瞬で青くなる。
(うわ~。仕込み杖からの居合。座頭市か!ジュリア母様のところで特訓した成果ね。初めて見たよ。しかも瞬歩の応用で居合したよね。これ、初見殺しもいいとこね)
「へえ~。青くなったってことは、あんた見えたんだ。大したもんだ。うちのメイドさん怒らせると怖いよ」
「・・・」
「こんなところで油売ってないでさっさと帰ったら。はい皆ぁ、道を開けてあげて」
「兄貴、なんですか。てめえ、この野郎」
「よせ!行くぞ」
男たちが、すごすごと店を出て行くと。誰かが、大きく息をついた。
「メグちゃん。凄い。ドキドキしました」
セリアが、恵の手を掴んで興奮気味に、少し早口で話す。
(何気に、セリアちゃんって度胸あるよね)
「孤児院時代とやってること変わんないよね」
「何ですか?それ」
「ルアンの冒険者ギルドで、王都から来たっていうろくでもない冒険者にね」
「カミーユやめて。セリアちゃんに危ない子と思われちゃう」
「セリア様、後でね。でも今の男、見えてなかったよ。目で追えてなかった。やばいことがなんかあったな程度だと思うな」
「さすがカミーユ、メグ様より良く観察しています」
「えへへ。アリスさんに褒められた」
(カミーユあの剣筋が見えたんだ。スゴ)
「あのう・・・」
ワイワイやりだした恵たちに遠慮するように女店主が声を掛けてきた。
「そうだった。買い物に来たんだった」
恵とセリアは、お目当てのスライム・クッションを手に入れ、更に女店主のお勧めで、蒸れ難い下着やベビー・パウダーも購入した。
「いえいえ、ちゃんと代金は払います」
「でも、危ないところをお助け頂いたので」
「私たちが余計なことをして、返って目をつけられたりしませんか」
「すでに、以前から目を付けられていますって」
「従士団とかに相談されてないのですか」
「彼らと繋がっているようで、ここの従士団は頼りないですから」
「失礼ですが、やくざ者がたかるような流行の店には見えなのですが。何か事情があるのですか。差支えなければ、お話を伺ってもいいですか」
「・・・はい」
マノンと名乗った女店主の話によれば、この店は親から譲られたもので小さいながら昔から営まれており、地域にしっかり根を下ろしていた。旦那さんは冒険者で三年前に討伐で命を落としてから、息子のリュックと二人でやっていた。寡婦となってからも周りに助けられてなんとか暮らしてこれた。それが今年の始めから、ツァンナと呼ばれるマフィアの新興勢力に目を付けられた。
「初めのうちは、手伝うだけでちょっとした稼ぎになると言っていただけで、近所の男衆が声を掛けると帰ったのですが、夏ごろから急に強引になり、守ろうとしてくれた男衆が次々に闇討ちに会い、いまは助けて下さる方もいなくなりました」
彼らの目当ては、老舗であるこの店が持つ、聖都との交易許可書であるらしい。権利を奪うのではなくて、門番たちとも顔なじみになっている彼女に定期的に運ばせたいものがあるようだった。
「密輸かな」
「このお話だけでは何とも」
「もうちょっと、ラ・サンテーヌに滞在しようかな?」
「やりますか」
「私たちは通りすがりの者でしょう。最後まで責任は持てないよ。でも、目の前で起こっていることを見過ごす勇気もない。事情も聞いてしまったし何かできることがあれば自分に納得が出来る。所詮、自己満足を得たいだけなんだけどね」
「そんな言い訳をしなくとも大丈夫ですよ。メグ様のお好きになされば」
「アリス姉!まさかジュリア母様は絡んでないよね」
(何気に、カルのOJTはトラウマだったり)
「考え過ぎですよ。ガルドノールには関係していませんし・・・。でもお母様と違うことで関係している方がいるかもしれませんね」
「えっ、何それ。何か知ってるの」
恵は、滞在している間だけですがと断ったうえで宿屋を教え、何かあれば駆けつけると伝えた。近隣の助けもままならなくなったマノンはそれでもありがたいと感謝を伝え、恵を送り出した。




