寄り道 1
地の節季第五光の日の夜明け前に、恵達は王都を出発した。今回の旅のメンバーは恵、アリス、セリア、エステェ、そして護衛隊六名の十人のパーティーとなった。早朝にもかかわらずエマと多くの使用人が見送りにでていた。エマは目に涙を貯めながらも笑顔で見送ってくれた。最後までこの遠征に反対していたブロンシュは、二週間前にサイモンと領地に帰っていた。ブロンシュが居たら、なかなか出発できなかっただろう。
昨夜降ったスコールで濡れた王都の石畳の道を、大きなダチョウの姿をしたオルニトミムス十騎が軽快に走ってゆく。この遠征は冒険者を装って行くことにしたので、皆の恰好も冒険者風だ。いや一名、アリスだけは、いつものメイド服のままであった。ただ全員が雨除けのフード付きのマントを纏っているので、それを見た限りは全員がお揃いではある。雨除けのフード付きマントは、スコールが降るこの地域では必需品だが、このマントは恵のオリジナルである。丈夫でしなやかなバジリスクの革にミスリルの糸を編み込んで防護を高めて、表面をスライムの体液で防水処理を施し、裏面をトレントの樹液でコーティングして漏えい魔力をある程度遮断しつつ、更に絹の裏地には例のショールの魔法陣で内側に微風を流して蒸れを防いでいる。これを渡した時、まだ隊に入って間もないエギルとジョシュアは唖然として固まったが、他の護衛は”またやってる”といった顔をした。だが誰もが着けてみてもう手放せないと感想を漏らした。
「メグ様の作るものは、どれも麻薬的な効果がありますね」
「アリス姉、それ違うから」
さすがに恰好が冒険者のため一般の門から出るのだが、王都の南北の二つの門は昼夜開いている。恵たちは南門に向かっていた。
今回の目的地はエルフの森の南に隣接するウンブラと呼ばれる魔の森で、強力な魔獣がいる。エルフの森とウンブラの境にはフェンリルの縄張りがあり、ウンブラの強い魔獣がエルフの森に渡ることを阻んでいる。エルフと交流を持つブクリエウエスト辺境伯の令嬢であったブロンシュによれば、エルフたちはフェンリルを神獣として崇めているという。流石にフェンリルを相手にするつもりは無いが、ウンブラの魔獣は強く、その素材は期待が持てた。またウンブラの手前には、王家の守りであるヴァリーニュ子爵が代官を務めるバル・ド・カーレ直轄領があり、クロエの好意でウンブラ遠征の活動拠点として滞在できる許可をもらっていた。
門前には早朝にもかかわらず、旅人達が屯いている。聖都へ巡礼に向かう者たちだ。恵たちもその列に加わる。
「メグ様、昼間の大行列とは違いますが、夜明け前なのに結構人がいますね」
「ダメだよ。この旅の間は冒険者だから”様”は無しだよ。私もセリアちゃんと呼ぶから」
「でもさっきアリスさんは、メグ様と仰ってましたよ」
「私、無駄な努力はしない主義なの」
「いえ、私はこの旅の一座の中でメグ様から役どころを頂いていないのでメイドのままなのです」
「あの、意味が解らないのですが?」
手続の順番を待つ間、アリスがカルでの盗賊退治の話をすると、その内容に驚くと同時に、恵とアリスの二人の会話に呆れていた。近くで聞いていたエギルは居心地が悪そうにしているし、ルシィは笑いをこらえていた。
「なんか、凄い覚悟を決めて出発したのに台無しですね」
セリアの複雑な顔をしていた。
結局、恵を呼ぶときの敬称は、セリアがメグちゃんと呼び方を変えただけでなし崩し的に終わった。もっとも、初めから護衛隊だけといるときは敬語も必要はないとしていたので、単に名を呼ぶときだけのものではあったのだが。
一行は、南門から出たあと街道を外れて西に向かう。街道はそのまま南へ下り、海岸線近くで西に折れてルーフォン公爵領の聖都に向かう。公爵領の領都ラ・サンテーヌへはそこから北上する。街道は、王都の西に広がる魔の森を避け迂回しているのだ。今回恵たちは、迂回せずに魔の森を突っ切る予定だ。
左右に水田が広がる道をひた走る。昨夜のスコールで濡れた稲穂が朝日を浴びてキラキラと輝いている。
「やっぱスゲーな、水田は」
「え、何?」
水田を見て思わず声が出たといった感じのエギルの呟きに恵が反応した。
「水田は連作できる。しかもこの辺は三期作だろ。やっぱスゲーわ」
「???」
「ガルドノールの畑は輪作だろ。何を作ってる?」
「麦とか・・・野菜?」
「領主のお嬢様がそんなんでいいのか?」
「ルアンは、麦、ヤクイモ、豆類そして甜菜ですね」
横で聞いていた、ルシィが変わって答えた。
「甜菜か、そういえば砂糖はガルドノールの特産の一つだったな。俺のところは甜菜の代わりに陸稲が入っていた。尤も陸稲は収量が少ないから農民が自分たちの食い扶持として作ってるようなもんだったが」
「そうか、だからルアンでは甘味が結構あったんだ。でも、王都も負けていないよね」
「王都から南に下った海岸線は、サトウキビの栽培が盛んだ。王都の甘味の基はそれだな」
「エギル詳しいね」
「お嬢様が、知らなすぎだろう。サトウキビはともかく、甜菜は自領の特産だと言うのに。孤児院にいたとき麦踏とかの手伝いして小遣い稼をしなかったのか?畑に出ていれば色々見る機会もあっただろ」
「メグ様は、孤児院時代から魔獣狩りばかりでしたね」
「アリス姉、違うよ。薬草採取もたくさんやったよ」
「お嬢様は、根っからの冒険者だったんだな」
「なんか、凄く悔しいんだけど。それに、主への尊敬が感じられない」
「遠征中は冒険者同士だったんじゃなかったのか」
「う~。・・・そうだ、カミーユだって知らないよね」
「って言うか、何で知らないの」
「えぇ〜」
「何か、尊敬していたメグちゃんが、だんだん可哀そうな子に見えてきました」
(都会育ちの私には無理だって。でも、セリアちゃんの中の私のイメージが・・・)
「まぁ、輪作だって昔の人の知恵が詰まってるんだけどな。その昔やっていたという三圃式に比べたらはるかに収穫量は上がった。それでも水田を使った稲作の方が麦より効率がいいんだ。それが、三期作だぞ」
「ロアーヌ河から離れた東側は畑が多いのですが、ここでは間作とかもやっていましたよ。芋が中心でしたが」
ルシィも結構詳しい。貧乏学生時代の収入のメインは冒険者だったが、その他に農家の手伝いもしていたそうだ。恵がぽかんとしていると、間作も連作障害の対処法の一つと教えてくれた。
「実家は農家なんですよ。農家では子供も働き手でしたから慣れていました。それに、農家を手伝うと新鮮な野菜を分けてくれるんで結構お得なんです」
水田はもっと南のロアーヌの河口の大きな中州地帯で盛んだった。水田が稲作に適していると知った英雄王は、この地を王都として定めたとき、この一帯に灌漑事業を起こした。それまで焼畑で陸稲の栽培であったものを変えていったのだ。しかも河口の中州地帯は雨季の洪水で流されるのを嫌い二期作で行っていたものを、ここでは治水を行い三期作とした。それが王都の人口増を支える礎になったのだ。
そんな話をしている内に、一行は西の魔の森の入り口まで来ていた。
(まだ半日も経っていないけどお尻が痛くなった。私とセリアちゃん以外は大丈夫そうだけど、ちょっとここで休んでから森へはいろう)
休憩のときお尻にヒールを掛けていると、セリアが切なそうな目で見ていたので、セリアにもヒールをかけた。隣で、エギルがそれを見て呟いていた。
「お嬢様ってのは、やっぱり繊細なんだな」
(あんたの方が、おかしいんだよ。何で平気なの)
「あたしも慣れるまでは辛かった。やっぱクッション使ってみたら?先は長いんだから」
カミーユが紅茶を恵たちに配りながら会話に入る。
「ありがとう。スライムのクッションはすごく蒸れるって聞いたよ」
「この季節じゃね」
「セリアちゃんどうする?」
「このままだと、ちょっと厳しいです」
「ラ・サンテーヌでクッション探してみようか?」
「はい」
「よし、ラ・サンテーヌで一泊して買い物だ」
「ねぇ、そんなことで日程決めていいの。まだ初日だよ」
「カミーユは付き合いが長いのに、まだメグ様のことを分かってないですね。大抵は、ここから自業自得が始まるのです」
「やめてよアリス姉、変なフラ・・・予言するの」
西の森はこの辺りでは大きな魔の森だが、強力な魔物はいない、せいぜいがレベル20前後の、オーク、窮奇、レッド・ボア止まりだ。尤も一般の人から見れば十分脅威な魔獣ではあるのだが。窮奇は体高が二メートル弱の大型のトラのような魔獣だが、羽は生えていない。ただ、肩甲骨が非常に発達していて、襲い掛かろうと頭を低くして構えると肩が小さな羽のように見える。レッド・ボアは、赤毛の大型の猪で牙が三十センチメートルと長く、突進力もなかなかのものだ。肉が美味しいと言われている。先のアカデミー野外研修の事故以来、森の浅層の魔物は狩りつくされている。護衛隊も暫くここに潜って訓練を行っていて、彼らにはホームグラウンドのようなものだ。この遠征では、森を踏破して隣のルーフォン公爵領へ入ることにしている。先ずは、護衛隊の慣れたフィールドで、セリアに魔物狩りに慣れてもらうのだ。
(慣れるためと言っても、レベル4のセリアちゃんには結構な経験値になると思うけどね)
予想した通り、浅層には魔物の姿は無く、警戒しつつもオルニトミムスに騎乗したまま中層まで一気に進む。
西の森はガルドノールの魔の森ニゲルと違い比較的背の低い広葉樹が鬱蒼と広がっている。今はまだ雨季だが乾季には葉を落とす木々もある。ここからはオルニトミムスは並足となり、剣士たちは抜刀し警戒しつつ行軍を始める。手綱を掴むのでリュカの盾は背負われたまま、カミーユも剣は右手だけで、どこか物足りなそうにしている。前衛はニコラ、エギル、リュカが、続いてカミーユ、その後ろに恵、アリス、ルシィ、セリアと続き殿にはジョシュアとエステェの布陣だ。そのまま暫く進むと、ルシィが合図を寄越す。メグには歩みを止めて、セリアに話しかける。
「セリアちゃん、何か感じる?」
「・・・分かりません」
「右手の前の方よ。落ち着いて魔力を感じて」
「・・・ダメです。すみません」
「いいよ。もう少し近づいてみよう」
「ここからは歩く、右前方八十メートル、オーク、二、魔力身体強化、魔力斬は禁止、今回はセリア殿にも攻撃させるので、手傷を負わせるだけで仕留めないように」
ルシィの指示が飛び一行は徒歩で前進を始める。
「アリス姉は、このまま騎乗していて。でも遠距離からの攻撃には参加してね」
オークはこちらには気づいていない様子で、右手から左手へゆっくりと前方を横切ろうそしている。近づいてはセリアに確認させて進んで行くと、三十メートルまで近づいたときセリアはオークの魔力を検知した。
(この距離であれば、うちの護衛なら魔術師でなくても検知できるけど、先ずは良しとしよう)
恵は、ルシィに頷くと。
「足を狙って、動きを止めるように。その後、セリア殿は魔法スクロールでショットを撃ってください」
「練習通りやれば大丈夫だから」
「・・・はい」
マントで魔力漏えいを軽減していても距離が近いため、行動を起こすとオークも直ぐに気付いて戦闘態勢を取られたが、戦いは危なげなく終了した。ニコラとエギルが急襲し、脚の腱を切り、その場にオークを倒すと、もがく利き腕を斬って、棍棒を振れなくした。セリアは恐る恐る近づきショットを使った。緊張のため初弾は外したが、その後は一発ずつ当てた。一頭はそれでも生きていたが、アリスの放ったアダマンタイトのクナイが眉間を貫き戦闘は終了した。
「やっぱり必要なんですよね」
まだ緊張から解けていないせいか硬い口調でセリアが聞いてくる。
「そうです。ただ守られているだけでは経験値は入りません。ダメージを与えなくても戦闘に参加していないといけないみたいです。相手にダメージを与えた方が経験値は多くなる傾向はあるようです。それと、他の人が弱らせておいて止めを刺しても大きな経験値が入るということもないです」
「地道にやるしかないんですね」
「秘策は、あるけどね」
そういって、恵はセリアにウインクして見せた。
「魔石の回収できました」
リュカの声が掛かり、一行は行軍を開始する。血抜きをして処理すれば肉は食用になるが、今は先を急ぐことにする。今日の夕方までには森を抜けるつもりだ。




