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再起動 6

昨日までに旅の準備はほぼ終わった。今回は街道から離れ森の奥まで移動もあるので馬車は使わず全員オルニトミムスに騎乗しての移動となる。恵とセリアは、毎日のように訓練して何とか乗れるようになってきた。武器、ルアン・ポーション、魔法スクロール、食料、着替え、毛布、食器や調理器具、錬金術の道具など計画に必要な物を買いこんだ。オルニトミムスでは大きな荷物は運べないので、大枚をはたいて大喰らいのマジック・バッグを五つも買い込んだ。これだけで白金貨六十枚かかった。そのほかに中喰らいのマジック・バッグを各自に支給した、こちらも白金貨四十枚したが必要経費であると、恵は貯め込んだお金を躊躇なく使い準備していった。

それともう一つ、今回の遠征ではそれまでにはない準備をしていた。それは生理用品だ。実は前の節季におりものがあった。前世ではおりものに気づいてから半年後に初潮があった。転生して子供の身体になり生理がなかったが、また始まるのかと思うと憂鬱ではあった。女性ホルモンの関係か、成長期に感じた思春期のもやもやした感情の兆候を感じることもあった。心は、おばさんと日頃思ってはいるが、ふとした時に子供の身体に心が引っ張られていることを感じていた。ただ一つ気になるのは、前世では同時に胸が膨らみ始めたり、身体全体が丸みを帯びたりと、子供の身体つきからの変化も伴っていたが、この体では胸が膨らむような気配がない。

(解せぬ)

今日アカデミーに、セリアと共に休学届を掲出してきた。そして、セリアも同行して昼食をクロエと共にする。セリアは初めて入る王家専用食堂でかなり緊張していた。

「初々しいではないか。こうしてみると我が妹は結構図太いな」

「姉上、何ですかその仰りようは、メグ立派な淑女ですよ」

「アクセル。お前しっかりと現実をみろよ」

「クロエお姉さま・・・それは」

「いや、メグの本当の良さは、淑女だ何だとかでは無いと言っているだけだ」

「本当ですか?」

「ハハハハ・・・して、セリア。我が妹の隣に立てる友人となりたいと、申したそうだな」

「・・・はい」

「うむ。セリア感謝するぞ。メグには、これを慕うよき部下や手を引くお姉さまはいるが、一緒に立ってくれる友は限られているように思う。破天荒な妹だが芯は優しい奴だ。今回の旅はかなり厳しいものになると思うが、しっかりやりとげてくれ」

「勿体ないお言葉です。微力を尽くします」

「出発は明後日だったな。準備は済んだのか?」

「はい。セリア様の基礎訓練も終了しました」

「ほう、それは頼もしい」

「いえ、私はただ、体力を付けることとオルニトミムスへの騎乗することと魔法スクロールのショットに慣れることです。あのショットは、男爵家の娘には結構堪えました」

「?」

「いえ、一発撃つたびに、金貨を投げつけている気分になりまして」

「あぁ、なるほど。メグはこう見えてもそこら辺の下級貴族より多い資産を個人で持っているからな。庶民感覚は期待するな」

「いえ、必要なことです。それに節約するため魔法陣は錬金科の同級生に書いてもらい、私が出来栄えをチェックして買い上げました。専門のところで用意いただくよりずっとお安く上がっています」

「あぁ、その話は聞いたぞ。三年の錬金科の連中の自分たちには声が掛からないのかと不平を言っておった。結構良い価格で買い上げていたようではないか。錬金科には苦学生も多いと聞くしな。お前は優しい」

「そんなことは御座いません」

「そう言うことにしておこう。他にも色々と買い込んでいたと聞いたぞ。エステェは向こうで錬金術の店でも開くのかと言っておったぞ」

「それが、今回の要になります」

「くれぐれも危ないことをしないでおくれ。次の社交シーズンで、私の許嫁の筆頭候補として皆に伝えることになっているのだから」

「”ドラゴンの卵はドラゴンの巣にしかいない”の例えの通りリスクが無いわけではないですが、セリア様もいますので、安全には十分配慮いたします」

突然アクセルは立ち上がり、クロエに向かって礼と取る。

「姉上、必ずメグを守りきるよう、エステェにご命じください」

「おっ、おぉ。承知した」

「わっ。お顔が赤いですよ」

「なっ、なにを言っているのです。セリア様は」

その後の食事は、和やかな雰囲気で進んだ。最後に、紅茶が出されて皆が一息つくと、クロエは沈んだ声で話を始めた。

「兄上から、帝国への対応方針が提出された。予想通り、穀物供給から始める借款による経済支配となっている。帝国の出方次第だが、もし積み上げた借款を踏み倒すような場合は、不満分子を煽って革命を起こさせ、王国が干渉できるようにすることも視野に入れた筋書きだ。帝国も黙って見ている訳ではないだろうから、そんなに都合よく運ぶとは思えぬがな。借款を返済するとなれば、税は重くなるだろうし、内戦になれば国は荒れる。かといって王国も難民を受け入れる力はない。帝国の民にとって救いのない現実だ。だが、臨時審議会でこの案が可決され、一昨日正式に休戦協定違反の抗議文が教会に提出された。これで今節季の末には帝国に手渡されるだろう。ことが動き出してしまった」

「やはり、絶対的に食料が不足しているのでしょうか」

「帝国の今年の出来は、不作とまでではないが、平年より落ちる見通しだそうだ。過去の傷が癒えていない状況では厳しいものだ。しかも、この先、豊作の年があり一時的に潤っても、それが継続できる保証が無い」

「開墾事業などは行っていないのでしょうか」

「土地が痩せているのだ。北は寒冷地で、我が国と南東諸国連合と接する当たりは乾燥地帯だ。穀倉地帯はドラゴンの渡りで被害のあったカエルム山脈とアストラ山脈に挟まれたあの一帯しかない。平等に配分すればまだ食べていけるだろうが、理想通りには行かぬし、出来たとしても人口が増えれば直ぐに破たんする。王国は魔獣がはびこり耕作地は圧迫されているが、土地そのものは肥沃で狩った魔獣も食料としている」

「帝国では魔獣は食べないのですか?」

「食べてはいるが中央部は魔獣が少なく、周辺の山々はドラゴンの縄張りで、人が手出し出来ない。それに肉だけでは食べてゆけないだろう。やはり基本は主食になる作物が無ければだめだ」

「食料問題が解決しないと帝国の民は救われないのですね」

「・・・いや王国とてさほど余裕があるわけではないのだがな」

「私の孤児院時代は、質素でしたが毎日食事は出来ましたが。王国では社会的弱者にも食糧が廻っているのではないのですか」

「メグ様。ガルドノールはエマ様の働きで社会福祉が充実しているのです。他の領地では不作となるとまだまだ餓死者もでていると聞きます」

「セリア、良く知っておるな。その手の話は領主が隠していることが多いはずだが」

「いえ。父から聞かされた話です。もともと亡きアルデュール公は王国万民の豊かさ実現するには、帝国に毅然とした対応を行い、余計な干渉を受けないようにする必要があるとし強硬派を築いたと聞かされました。公の目は、初めから国民の豊かさの実現に向けられていました。そのため、公は国内に許容できないほどの富の偏在が無いか実態調査を行ったのですが、父はこの仕事の一端を任されておりました。父は良く、いまの強硬派は志を失っていると嘆いています」

「そうであったか。私もその報告書は読ませてもらったぞ。そうか・・・」

「何か抜本的な対策が必要なのでしょうが、これはかなり難しい問題ですね。・・・そういえば、ニゲルの先には肥沃な土地があったのではございませんか?」

恵は、転生後ニゲルを超えルアンにたどり着く途中で見た肥沃な草原を思い出していた。

「カドーか。メグ、お前もそれを言うか。もはや英雄王の呪縛だな」

(えっ、何どういうこと)

「20年前でしたか、前王の開拓事業があったのは」

「確か王国歴467年だから、21年前だな。あの事業の失敗で穏健派はさらに窮地に立ったと言われている。ニゲルは、最短と言われる英雄王の回廊ですら30キロの道のりだ。馬車も使えぬ状態では満足な支援も出来ぬ、土台無理な計画だったのだ」

建国の英雄王ガブリエルがドワーフに助けられカエルム山脈を超えた先に、その肥沃な地があった。彼は、神々からの祝福だとしてその地をカドーと名付けた。いつかここに街を築きたいとしながらも、初志を貫いて南を目指し、9年を掛けて現在の王都までたどり着いた。この言葉が受け継がれ過去三度に渡り、カドーへの遠征や開拓が行われ、尽く失敗に終わっている。一番新しい事業が21年前のもので規模も大きかった。この時、国王派は、台頭してきた強硬派に劣勢を強いられていた。先王ピエールの側近たちは煮え切らない王に代わり打開策としてこの事業を展開し、成功をもって強硬派を抑え込もうとした。しかし、事業は失敗し、これによりピエールの退位が早まったと言う。恵が立ち寄った廃村はこの時のものだったようだ。

「魔王が住まうニゲルがある限り。神々からの贈り物を開けることは叶わぬのだ」


「全く、サイモンばかりでなく小倅まで盾突きおって」

ヴォロンテヂュール侯爵は愛用の執務机に両肘をついて両指の腹で眉のあたりを押さえ揉み解している。先ほどまで書類を見つめていて目の疲れを感じていた。今年は、ミュールエスト辺境伯の対処の件で、例年になく夏を王都で過ごしている。老いを感じ始めている歳には王都の暑さは堪える。

蓋を開けて見れば派閥再編は惨敗であった。空手形をぶら下げられ、いいようにやられた。いや、ユリスも分かっていて飲まざるを得ない状況を作り上げられていた。腹が立つのは、その切っ掛けの一つとなったカルの盗賊騒ぎも、ノエが後ろで糸を引いていて、強硬派も被害者であった。にもかかわらず結果は強硬派がやせ細り、穏健派が肥え太った。

「このまま、ミュールエスト領を穏健派に与えては、亡きアンドレ様に顔向けが出来ん。なんとしても穏健派に渡らぬようにせねば・・・やはりアクセル殿下の婚儀を突くしかあるまい。いくら臣籍降下する身と言っても姉妹揃って王族に嫁ぐのは常識から外れている」

相手は、剛腕と名高い王妃ルイーズだが、幸い元中道派は中立の浮動票となっている。スフォルレアン家の突出を危惧する貴族を、派閥を超えて糾合すれば対抗できるだろう。確かに、今の状況下でこの婚儀を進めても表立って反対を唱える者はいないだろう。しかし、必ず水面下では不安は高まる。事前にリークし不安を醸成しタイミングを計って別の答えを与えれば流れをこちらに取り込むことが出来るだろう。

しかし、こうして政局のこと、派閥の明日を考えることに、以前より情熱を傾けられなくなってきた。若い頃は、それこそ天下国家を語り、この国の行く末を憂い一心に身を投じてきた自負がある。今こうして相談相手もなく一人で考えていると、“行く末”という言葉が喉に刺さる小骨のように感じられる。若い頃はこの“行く末”に自分も含まれていた。しかし、今はどうだ。国王のジャンは皇太子のアレクシスに、あのサイモンもライアンに引き継がれつつある。自分はだれに託すのか。

ユリスには子供がいない。側室を三人まで増やしても子供が出来なかったことで、自身に問題があったことを悟った。その後は親族の中で優秀なものを探し、甥のマリウスに目を掛けた。そのマリウスがカルにとられたことは痛恨の出来事だった。彼に、自分の築き上げたものを渡してゆく準備をしていた時だけに悔やまれてならない。ユリスはこの思いに整理をつけるためにも、今回件を成就させねば強く思った。


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