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「ごきげんよう。メグ様」

「ごきげんよう。セリア様、ステラ様」

「・・・もう大丈夫ですか」

「心配してくれてありがとう。私は大丈夫です」

心配顔のセリアとステラに、努めて朗らかに恵は答えた。夏期休暇期間が終わり、今日からアカデミーが始まる。教室に入るとクラスメートの視線が痛いのだが、何も言ってくる者はいない。セリアとステラだけが、気を使いながらも挨拶をしてくれた。シャーリーの姿は無かった。

結局、彼女は姿を見せなかった。彼女の父ルフェーブル子爵はミュールエスト辺境伯領の第二の街ソロンを治める代官をしている世襲貴族である。今回の事件では罪に問われることはないと言っても、バルセンヌ家がお取潰しになり、辺境伯領が直轄地と成れば状況は大きく変わる。中道派の各貴族にとっても、今回の事件は寝耳に水であった。まして、形式的派閥の長となっているルーフォン公爵は、これまでと変わらずただ傍観しているだけだ。中道派は事実上崩壊。強硬派と穏健派の食い合いに巻き込まれている。

(シャーリーさん、大変だと思うけどアカデミー止めちゃうってことないよね。ミュールエスト辺境伯領は直轄地になるから、どうせ王族の息が掛かった誰かが治めるだろう。姫様に聞いてみようかな。少しでも助けてあげたいよ)

「メグ。思っていたより顔色良いやん」

「久しぶり。リラ」

「うちら平民やから、聞こえてくるんは、怪しい噂ばかりやったけど。大変やったな。心配したで」

「ありがとう。あたしはともかく、周りが凄いことになってて」

「いやいや、この場では本音でええって」

「ありがとう。リラ。実は結構しんどかった」

「せやろ」

「ねえ。素材のシルクは間にあってる?」

「・・・じつは、心もとない。でも平気や。おとんもここはきちんと話して、客に待ってもらう言うとった。なに、この一節季は休み無しやったからちょうどええんや」

「あたし、大丈夫だよ。手配しておく」

「おおきにな。でも無理せんといてな」

「身体動かしてた方が、気がまぎれるんだよ。みんな腫物みたいにしてくるから」

「なんや、うちは空気読めん子みたいやないか」

「なに、今更」

「おい」

「ハハハ」

(でも、リラと話していると、ほんとほっとする)

次の日は、初日のぎくしゃくしていた雰囲気は少し薄れたが、今度は情報収集が活発になり始めた。長い間は膠着していた派閥が大きく変わり始めている。今回の事件は先々週の布告により公表されたが、夏期休暇直前に事件は起こっている。噂は瞬く間に広がっていた。この夏期休暇の間にその家の将来を掛けた家族会議が開かれた生徒も多数いるようで、アカデミーの交流からも情報を取るよう求められているのだろう。

その中で、セリアが物言いたげにしながらも躊躇っている様子だ。昨日は、恵のことへの心配は大きかった様子だがそれだけではないようだ。恵が思ったより元気そうなので話そうか迷っているようなそぶりだ。

「セリア様。何かお話がありますか」

「メグ様・・・分かってしまう様な素振りでしたか・・・貴族失格ですね」

「セリア様の人となりは承知しています。私に迷惑が掛からないか心配されているのですよね。でも、話していただかないと、それも私にはわかりません。その上でお返事させて頂けばいいのであれば。仰ってください」

「でも、お話すれば確実に、お手を煩わすことになります・・・」

「構いませんよ。私たちはお友達です。お困りのご様子を見過ごすことは出来ません」

「やっぱりメグ様ですね。・・・では、お時間を頂けますか」

「今日の午後が講義はありませんので大丈夫ですよ」

「では、談話室を予約しておきます。午後、お願いいたします」

恵はセリアを安心させるように、にこやかな顔で頷いた。

午後になり、談話室で落ち着くと、セリアは大きく深呼吸して話し始めた。

「実は、父は強硬派から穏健派に派閥を変えたいと考えております。ガルドノールに隣接し長年敵対派閥に席を置いていながら虫のいい話ですが、メグ様に橋渡しをお願いしたいと・・・」

セリアの父、ルアール男爵は強硬派に席を置いていたが、主義主張から強硬派に入っていたわけでは無かった。もともとはアルデュール公爵のカリスマに引かれて強硬派に属していた。アルデュール公爵の薨去により、それ以後は惰性で所属していたようなもので、現在前面に出ているヴォロンテヂュール侯爵の強引なやり方にも思うところがあった。しかし、所詮は下級貴族の男爵では組込まれた派閥の中では逆らうことはかなわなかった。しかし、アカデミーでのセリアに対する同じ派閥からの虐め話を聞き、今回の派閥改変の混乱を契機に穏健派に移ることを決意したようだ。娘を虐めから救い、親しく接してくれる恵の父親が穏健派の事実上のトップとなれば、橋渡しを頼むのは決まったようなものだった。ただセリア自身は、このような事を恵にお願いすることに躊躇いがあり、父親の意向と板挟みになっていた。

「分かりました。派閥間のことはアレクシス皇太子殿下が差配されていると聞いていますので、お兄様を通じてお話させて頂きます」

恵の快諾に対して、セリアにはまだ思うところがあるらしく、表情がすぐれない。恵はセリアが口を開くのを静かに待った。

「・・・あの。・・・これは、父では無く。私の希望なのですが・・・このことをクロエ王女殿下にも知っておいて頂けないでしょうか。本当に厚かましいお願いなのですが」

「どう言うことでしょうか」

「勝手なことばかり言っていますが、強硬派から穏健派に鞍替えなど節操のないことをした男爵家としては、どちらの派閥からも疎まれるのではないか懸念しています。これは伝え聞いたことなので、真実のことかは分かりませんが、今回のメグ様への逆恨みと思える暴挙の切っ掛けとなったミュールエスト辺境伯夫人のお話です。派閥間の争いの中で翻弄されたお話を聞き、男の方々の考えかたが怖くなりました。今でも貴族の娘として家のための政略結婚は当たり前と思っていますし、家のためになるのであれば喜んで婚儀もお受けする覚悟はございます。ですが、あのお話はあまりにも救いのない仕打ちと・・・。直接被害にあわれたメグ様に向かいこんなことを申し上げるのは恐縮なのですが、ミュールエスト辺境伯が救いの手を差し伸べなければ夫人はどのようになっていたかと思いまして・・・。たぶん、高位の方で女性の立場を分かって頂けるのはクロエ王女殿下だけではないかと考えています」

「不安な気持ちは分かります。ただ、クロエ王女殿下に知っておいて頂きたいというのは・・・」

「狡い言いかたとは、分かっているのですが。私のように下級貴族の者は何もお返しできるものもなくて・・・」

「セリア様。自分を卑下してはいけません。厳しいことを言いますが、言葉をどう変えてもクロエ王女殿下の慈悲におすがりしたいと言うことですよね。聡明なセリア様ならばその答えは分かるはずです」

「・・・でも、私にはそのような、価値も無くて・・・」

「私が、何故セリア様とお友達になりたいと思ったかご存知ですよね。あの日、ご自分の筋を通すために、敵対する派閥の集まる私のところに単身いらして謝罪された。そのお御姿を拝見したからです。残念ながら、噂に上る人の価値などは他人が勝手に決めているだけですし、その中に真実があるかも分かりません。セリア様の真っ直ぐな気性で真摯に望まれていることは何でしょうか。それを示すことが出来れば、同情や慈悲でなくクロエ殿下は手を取って下さるでしょう」

「男の方々は、派閥の駆け引きは女子供には分からぬと決めつけています。その実、行っていることは面子と自身の立場を守ることばかりで、真に国を良くする取り組みには思えません。女性が、その道具としてマヤ夫人のような扱いを受けることに強い憤りを感じます。・・・分かります。これをただ憂いていたり、縋っていたりではだめなのですね。たとえ力が無くとも、向き合って一歩でも前へ進めとその姿を見せろとメグ様は言うのですね。私は、あなたほど厳しい方を存じ上げません」

「いえ、それほど立派なことを考えている訳ではありません。今回のことで私も、自身を呪い、相手を恨む心に捕らわれそうになりました。それを救ってくれたのはお姉様を始めとする家族や周りの方々でした。この状況を利用して己が力を増すことだけに走る方々がいます。友であるシャーリー様やフェリックス様が彼らに翻弄されるのではないかと気になっています。私の大切な人達に、彼らの都合でこれ以上何か手を出さないように、今度は私が動きたいと思っているだけです。私はそんな目前のことだけを考えているにすぎません」

「私も、メグの隣に立つことが出来ましょうか」

「セリア様は、初めから私の友ではないですか・・・セリア様に出来ること・・・」

(ちょっとごめん覗かせて・・・やっぱセリアちゃん頭いいんだINT高いよ、魔法科に居るだけあって、魔力制御もしっかり鍛えているね・・・それにスキルポイント振ってない。慎重に自分の目指すことを見極めてから振るつもりなのね)

「セリア様。ご自身で何がしたいか、何が出来そうか改めて考えてみませんか。私も提案できることがあるかもしれません。明日もう一度話し合い。クロエ王女殿下にそれからお伝しませんか」

「わかりました。有難うございます」


その日、帰ると頼んでいた特注の規格弾が届いていた。アデルにお願いして裏ルートを使ったので結構な出費だったが、まずまずの出来栄えだ。見ての通りこの規格弾は、直径が100ミリメートル、長さ250ミリメートルあり重さは約14キログラム。胴体は青銅、尖った弾頭部はアダマンタイトで出来ており、硬いものでも貫くような仕様だ。正に砲弾である。その弾数は三十を数えた。一つづつ丁寧に出来栄えや重心のズレを確認し、恵は汗をかきながらマジック・ポーチに収納して行く。これをグレート・ショット”で撃つとまさに戦車砲並の威力となる。恵はこれを使い大物狩りをして、素材採取とパワー・レベリングを計画していた。

(ひと狩り・・・ちょっと恥ずかしいセリフ言いそうになった)

「お姉さまに何を言いつけているかと思っていたら、こんなもの頼んでいたのですか。ドラゴン狩りでもするのですか」

「アリス姉も付き合ってもらうからね」

「どこを突っ込めばいいのでしょうか」

「いや、ボケてるわけじゃないから」

夕食後、部屋に戻ると改めて、セリアのステータスを思い出しながら、鑑定で得た情報を重ね合わせ、彼女と相性がいいスキルを検討した。

(やっぱりこれしかないよね。よし、セリアちゃんがOKくれたら。パワー・レベリングに連れて行っちゃおう。でも、本当に身勝手なのは私だ。現在のセリアちゃんの状況だと、この提案を断れないだろう。むしろ感謝さえするかも知れない。ただ、私が彼女を巻き込み利用することに変わりがないんだ。出来るだけ話して、考えてもらおう。そして、最後までセリアちゃんを守ろう)


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