襲撃 1
王都のミュールエスト辺境伯邸の離れでは、執事のアシルと客人が厳しい顔で話しこんでいる。
「これは少し不味いですね。まだ十分戦力が集まっていません。それで養女は何時王都を出ると」
「週明けと聞いています」
「待ち伏せを準備するならば、明日か遅くとも明後日にはここを発たないといけませんね」
「あんたが、よけなことをするからいけないんだよ」
「しょうがねえだろう、オークを狩ったら小娘の出発が早くなるなんて分かるわけがねえ」
「まぁ、守りの魔道具の存在が分かったのです。良しとしましょう。あのまま、進めていたら良い結果にはならなかったでしょう」
「詠唱破棄だけでも厄介だってのに」
「サーラ何か対策を立てられますか?」
「何とも言えないね。起動条件が分からないと対策の立てようがありませんよ」
「しかたないですね、時間がありません。想像できる条件でやりましょう。やらないよりは益しと考えましょう」
「危険察知を基本とすれば、・・・殺傷力が無いもの、小さなもの・・・だね」
「それじゃ意味がねえだろう」
「吹き針の魔法がありましたね、毒を痺れれる程度に抑えて、命に別条がないものにしてはどうですが」
「魔術師はポーションのことがあるんで、毒耐性を持っているのが普通なんですよ。直ぐに復活しますよ」
「一瞬でも動きを止められれば、なんとかしてやる。旦那もサーラも心配し過ぎなんだよ。俺がスフォルレアンの護衛を吹っ飛ばして、小娘を叩き切りゃい・・・誰だ!」
扉の近くにいたアシルが扉を開けて周囲を見ると、飼い犬のカネルが離れから遠ざかってゆくのが見えた。
「若の飼われている犬です」
緊張していた一同の雰囲気が緩む。
「あんたの、声がでかいんだよ」
「うるせえ、気配察知も出来ねえ役立たずが言うな」
「仕方ないだろう。上級貴族の館は魔力遮断がきっちりされてるんだよ」
「二人ともよしなさい。ニクラス。今回はあなたの働きが頼りです。しっかりお願いしますよ」
「任せな旦那」
「アシル殿。我らは、明日ここを発ちます。娘を始末した後は、真っ直ぐミュールエストに向かいます。手筈をお願います」
少し前になる。エロイズからの報告を受けてフェリックスは離れを訪れていた。もう一つの離れに人が集められている件だ。どう見ても従士崩れ、冒険者崩れと分かる如何わしいものが九名も集められていて、使用人たちが怖がっているとのことだった。雰囲気は、怪しい客人の比ではないようだ。こちらの手配は執事のアシルが行っているという。居場所を聞いたら離れの客人の下にいるとのことで、カネルの散歩を兼ねて離を訪れていたのだ。
ノックしようとしたとき、中からマルグリットを襲撃するらしい話が聞こえ、その場で立ちつくしてしまった。頭が混乱しかけたとき、誰何する声が聞こえ、咄嗟にカネルを放したのが良かった。それと運もあった。もし外を窺がったのがアシルでなく武の心得のある者であれば、植え込みに隠れていたフェリックスに気づいたであろう。暫く息を潜めた後、慎重に母屋に戻った。
「何が起きっているのだ。父上がマルグリットを調べろと伝えてきたことは、これが目的だったのか、いや、父上に限ってそのようなことはありえん・・・聞き間違いだったのだろうか」
フェリックスは自室で、答えの出ない問いを繰り返していた。だが翌朝になって、客人と集められたゴロツキがここを出払うと、俄かに現実味を帯びてくる。
父親との関係は分からないが、アシルがグルであることは間違いない。彼に問いただしても意味は無いと判断し、信頼できる従士と相談することにした。伯爵令嬢が襲撃され、襲撃犯がバルゼンヌ家と繋がりがあると解れば、重い罰を受ける。クロエ殿下が急先鋒となることは想像に難くない。バルセンヌ家の者たちで事を収め無ければならない。父に問いただしたいが、領地と連絡していたのでは間に合わない。フェリックスは全て自分の判断で進めようと腹を括った。
王都を出てほっとしたのか、恵は眠っていた。馬車の揺れがどうにも眠気を誘ったのだ。実はここ数日深夜までジャンの魔力変換魔法陣の微調整を行っており、漸く完成させライアンに託していたのだ。同行者は来たときと同じだ。馬車は順調に王領を北上していた。
「メグ様。起きてください。前の方が怪しいです」
恵も目覚めて確認する。中央に二名が道を塞ぐようにして、街道脇の左右に一名ずつ隠れている。
「待ち伏せだよね。野盗の類かな」
「いずれにしても、ここは一本道です。伯爵家の紋章のある馬車を襲うとは思えませんが、どうされます」
「今さら、引き返すわけにも行かないよ。賊の人数も少ないようだし、他の旅人の迷惑だから排除もありかな。とにかく警戒しながら行こう」
直ちに、護衛全員に警戒態勢を取らせ、ルシィも御者台に移る。
暫く行くと、街道の脇の溝に車輪が嵌って立ち往生する馬車とそれを背に手を大きく振る二人の男が見えてくる。
(なんとテンプレな待ち伏せ)
五十メートルぐらい近づき馬車の速度を落としたとき、いきなりルシィがショットを道の脇に撃つ。
”ドン”と大きな音がすると、茂みに隠れていた男が一斉に飛び出してくる。男たちが飛び出した跡を見ると、ブッシュで隠されているが塹壕が掘られその前に土嚢が積まれている。よく見ると土嚢の後ろには鉄板も置かれていてショットを防いでいた。更に、飛び出してきた人数も魔力反応が有った人数以上だ。魔力を遮断するマントを羽織った者が隣に控えていたらしい。見えるようにしている者の横にいることで魔力遮断の不自然さを目立たないようにしたらしい。道の中央にいた二人もこちらに駆けてくる。
恵とアリスも危険を感じ馬車から降りる。既にニコラ、リュカ、カミーユは戦闘状態に入っている。賊は七人、いや後方に更に二人いる。一人一人が強い。ニコラたちの実力は、今や通常の従士程度では足元にも及ばないまでになっている。その彼らが、一対一では負けることは無いが手古摺るレベルだ。それが一人当たり二人以上で連携して襲ってくる。ニコラたちは押されている。しかも混戦にされ、ルシィの支援がやりにくい。
「私も出ます。メグ様はルシィと馬車に」
「了解。こいつらなんか変。アリス姉、気を付けて。ルシィさん出し惜しみ無しでいくよ」
「了解しました」
ルシィが詠唱破棄と正確さ重視のパターンでショットを撃ち始める。恵も、身軽に馬車の上に飛び乗るとルシィに続いてショットを撃ち始めるが、そこへ後方の二人の族からショットが撃たれる。恵は危険察知からホーリー・シールドを展開して防ぐ。
「一人はスクロールのショット使ってますね」
「手数を増やして、こっち支援を妨害するつもりね。・・・っと、そしてもう一人が今みたいに隙を狙って、正確にショットの魔法を撃ってくると」
「うっとしいですね。先に排除します」
「あいつらが隠れている土嚢はさっきのみたいにきっと鉄板あるよ」
「分かっています。ですから・・・ビック・ショット・・・ビック・ショット」
「ルシィさん、やるね~。さすが三十ミリ弾、土嚢ごと吹っ飛んだ」
「ちょっと押されてます。支援を再開します」
二人の支援が再開されると、賊の連携が乱れ始める。致命傷とはいかないがショットも何発かは当たっているはずだ。それでも呻き声一つ立てずに粘り強く責め立ててくる。
賊の動きを制限させることには成功し、一人を戦闘不能にできた。戦が安定してきた。
(何か不気味。ってゆうか完全にプロだし、これ計画的だよね)
落ち着いてきたせいか頭が廻り始める。
「結構用意周到の割には、こっちに対する攻撃はあれだけ?先に後方支援を潰すってよくやらない?」
「そのような戦法もありますが、初めから混戦に持ち込んだ手口を考えると、守りの魔道具と詠唱破棄を前提にして、戦力を接近戦に集中させたかもしれません」
「でも、守りの魔道具の噂が流れたのは、ついこないだの話しだよ」
「それが本職というものでしょう。こいつら、完全にメグ様をターゲットにしている」
二人は、話しながらもショットを撃ち続けていた。
「さっきのは危険察知と連動したホーリー・シールドで守りの魔道具じゃないね。無詠唱が使えるとあんな真似が出来るんだ。旦那の読みとは違ったけど、あれを抜くのは厄介だ。主力を接近戦にしたのは正解ですよ。しかし、混戦に持ち込んだってのに、構わず撃ってくるね。あいつらのショットは並外れて正確ですね」
「一緒に戦っている護衛も、フレンドファイヤーを気にしていません。信頼関係が十分できているのでしょう」
街道の脇の木の陰に隠れ魔力遮断のマントを付けたあの三人組が戦況を見ている。
「それに、なんなのあのメイド」
「おもしれぇ。あのメイドのネエちゃん気に入ったぜ」
「ニクラス。やはりあなたに出てもらうしかありませんね。サーラも準備に入ってください」
その時、後方からの六騎のオルニトミムスの騎兵が高速で接近してきた。
「少し待て」
先頭の騎兵が手を振って何か叫んでいる。
「あれ、フェリックス様だ」
「ご学友ですか」
「ミュールエスト辺境伯の嫡男よ。二年生の」
「ミュールエストと言えば一連の黒幕との疑いがあるのでは」
「あぁ、でもフェリックス様はたぶんその件に噛んでないと思うよ」
「ですが、ここに来るタイミング良すぎません」
「そうだよねぇ。終わったら本人に聞いてみるよ」
「如何します。身近な方に詠唱破棄を知られてしまいますが。でも止めると不利になりますね」
「仕方ない。ルシィさんはそのまま続けて。私は、詠唱する。あっ、魔力量大丈夫。支援するから、今のうち補給しておいて」
「でも詠唱しながらだと弾数が減りませんか」
「うまくやるよ」
恵は詠唱を唱えショットを撃ち始めるが、詠唱の途中で無詠唱のショットが撃たれている。それも魔力探知だけで相手を見ずに隠形撃ちで隠しながらだ。
「えへへ。器用でしょう」
「器用とかのレベルでは無いですが」
「マルグリット殿。助太刀に参った。かかれ」
「おう」
フェリックスは強引に恵を守るように馬車の横にオルニトミムスをつけ、他の従士はオルニトミムスから降りて参戦する。フェリックスが連れてこられたのは若い従士ばかりだ。嫡男と言っても家を管理する執事のアシルの目を欺くためには気心が知れた若い従士しか連れだせなかった。若くとも辺境伯の下に集まった従士だけあり、混戦にひるむことなく勇猛に戦い始める。しかし、いかんせん経験が浅い。魔獣を狩るなどの訓練は行うが、恵たちのように同じメンバーで制限を掛けギリギリの戦いを潜り抜ける訓練を繰り返し、更に実践も経験した者とは、技量にも連携にも差が有った。
味方同士の連携が悪くなり、混戦状態でのショットも撃ち辛くなる。中には、ショットで助けたルシィを逆に睨み返す者もいて、人数が増えたにもかかわらず先程まで有利に進めていた戦いは膠着してしまった。
賊は更に二名倒れ残り四名になったが、辺境伯の従士も二名が倒されたていた。その時、道脇から暴風のように現れたニクラスが戦闘に加わる。ニクラスは、頭にターバンを巻き、大剣を振り回しながら、重戦車のように進んでくる。止めようとした辺境伯の従士が、剣を受けて吹き飛ばされる。更にもう一名に迫るところを、リュカが盾で庇う。人一人を軽々と吹き飛ばす剣を、リュカはいなすように捌く。
「おもしれえ」
男は剣のスピードを一段早めリュカに襲い掛かる。リュカは表情を変えずそれを受け切る。しかし、体格もリーチも違いすぎるため、防戦一方だ。だが、これはリュカの戦い方だ、守りを固めながら相手を動かし疲れを誘う。巧みな盾捌きで立ち向かっている。
「大した奴が、いるじゃねえか」
大男が嬉しそうにつぶやく。リュカにとって想定外だったことは、男の剣圧が全く衰えないことだ。普通人間の全力と言うものはそう長く続けることは出来ない。しかし彼は違っていた。じりじりと、リュカが押され始める。それにリュカの盾はこの短時間でボロボロになり、いつ壊れてもおかしくないくらいだ
「任せろ。俺が変わる」
ニコラが、前へ出て男と剣を合わせた。男ほどの大きくないが、ニコラも大剣を使う。似たような剣士が激突する。ニコラも力押しで真正面から対抗する。敵は、大男を中心とした陣形に移行している。
「ミュールエスト従士様方、フェリックス様を守りください。アリスさん、リュカ、カミーユ。ニコラが大男を抑えている内に、他の者を打ち取れ」
ルシィの指示が飛ぶと、アリス、リュカ、カミーユが残りの四人の族に襲いかかる。疲れは溜まっているが、それは相手も同じだ。この人数差ならいける。しかも辺境伯の従士が引いたことで、ショットとの連携がとれ、そう時間を掛けず賊を打ち取ることが出来た。とは言っても、リュカの盾はとうとう割れてしまい、魔力斬対策をされたカミーユの双剣の一本は半分に折れてる。アリスの剣も少し曲がってしまい、刃こぼれが凄く鋸のようだ。そして三人とも浅手を追って傷だらけである。
その時、ドンと響く音と共にニコラが吹き飛ばされて、街道脇の樹に叩きつけられた。
「どうだ・・・」
荒い息を吐きながらも大男は自慢げだ。顔も、凶暴な笑みを浮かべている。




