サバイバル 6
朝廃村を出てから、ひたすら荒野を走る。もう三時間ほど走った。辺りはすっかり明るくなった。相変わらず見渡す限りの荒野だか、灌木やブッシュの量は増えている。出発しようと廃村の入り口をよく見ると、道と思しき跡を見つけた。今は、それを辿って南東へ走っている。走り出す前に、走行距離を稼ぐべく走術をランク5に上げた。そのためか、足場の良くない荒れ地も軽快に走れている。ちなみに“瞬歩”のテクニックが手に入った。
突然、危険察知が反応し、思わずジャンプする。とっさのジャンプだったが、八メートルほど先まで跳んでいた。振り返ると、それまでどこに隠れていたのか分からないが、胴が恵ほどもあるサソリが現れていた。振り切って逃げようと思ったが前方にも一匹現れて挟まれた。後方のものよりやや大きい。
足が竦みそうになるが、気力を振り絞って大きなサソリを睨む。“大サソリ、魔獣、成体、雌、レベル18、動きが早く、ハサミと尾の先の毒針で戦う。表皮は硬いが関節部は弱い。毒は刺すだけでなく吹きかけ目潰しを仕掛ける”。
レベル18、でも怖いものは怖い。足が竦みそうになるが、動きが早く毒を飛ばすなら止まっていてはだめだ。
「相手は18、私は140。相手は18、私は140・・・」
念仏のように唱えながら、短剣を構え横に移動する。サソリも合わせるように移動し、威嚇するようにハサミを上下に振る。後方のサソリがガサガサ音を立てて近づくそぶりを見せると、それに合わせて前方のサソリが恵の顔に向けて毒を吹きかける。恵は体を沈み込ませて躱すが、事前情報がなければ危なかっただろう。
「鑑定さん感謝。あいつら、いっちょ前に連携してくる」
しかし、この攻防で委縮していた恵に火が点いた。
(女は度胸)
「瞬歩」
前方のサソリとの距離を一瞬で詰める。それでも反応してくるハサミと尻尾の毒針の攻撃をぎりぎりで躱し、すれ違いざま尾の付け根の関節部に短剣を合わせるように・・・。
「スラッシュ」
一撃で尾は切り離される。スキルが体の動かし方、剣の振るい方を教えてくれる。それをなぞるように動かす。ただ、この高性能の体でも付いて行くのが厳しい。正解の細い線から外れないようになぞっている感じで、見て修正を繰り返しているようなものだ。慣れや訓練が圧倒的に足りていないし、体もできていない。それでも一刀のもとに断ち切るのは、高いステータス値とレベルのおかげである。
尾を切られても向かってくるサソリに、二メートルほどジャンプして胴に踏みつけつけるように乗り、背中の中央を短剣で深々と刺してすぐ離れる。後方からもう一匹が近づいてくるのが見えていたのだ。切り飛ばしてはいないが今度はダメージが通ったのか動きが鈍る。もう一匹に意識を向ける。レベル11の雄だった。こちらは距離があるうちから毒を飛ばしてきた。恵は、地を這うように身を低くしてかわしながら、サソリに接近する。今度はやや強引に正面から向かい、ハサミが振るわれる瞬間に瞬歩で加速し、短剣を救い上げるように・・・
「スラッシュ」
レベル140を見せつけるような威力で、サソリは逆袈裟懸けに二つに切り裂かれ絶命した。すぐさま、弱った初めの一匹に戻り、再度飛び乗り短剣を刺す。そのまま何度か場所を変えて短剣を刺すと動きを止めた。
ほっと一息をつく。クリーンで短剣を清めホルダーに戻すと、右肩をぐるぐる回す。走る方は、結構無茶をしても問題はなさそうだが、剣は、ただ使っただけでも無理をしている感覚が残る。
「サッカーやってたからかな。走りはいいんだ。でも、剣は上手に使えていないみたい」
剣は持ったことが無い、訓練が足りていないのだろう。生き物を切ることに忌避感があることも加わっているかもしれない。必死になって戦っているときには気づかないが、こうして落ち着くと、手に相手を切った嫌な感触が残っているのが分かる。ただ、昨夜のガルムに比べれば躊躇なく戦えたように思う。サソリは虫で獣ではないせいか、二度目の戦いの慣れなのか。
必要以上の殺生は戒めるべきだが、今の恵の忌避感は、肉が切り身になってパック詰めされ売られている社会で暮らしから生まれたものだ。家畜にせよ何にせよ、誰かが生き物を殺しているからこそスーパーに並んでいることすら忘れている、歪な面がある。遭遇すれば否応なく魔獣は、こちらを襲う。忌避感があっても切り伏せなければ、こちらが命を落とすし食料も得られない。ここはそんな世界だ。
もともと、男勝りでフォワードのエースストライカーだったので攻めること自体は相性がいい。忌避感さえ乗り越えれば、剣の上達も速いだろう。
(図々しく生きる。それがおばさんのメンタル)
「そういえば動画サイトで、昆虫食のサソリを丸々一匹食べるのやってたけど・・・」
“毒腺を避ければ、食用にはなる”。すかさず鑑定さんが答える。死体から少しアンモニア臭がするが食べられるようだ。
「何だこの答。確かにちょっと不味そう。これイジメ!」
(・・・鑑定さんの返事はなし)
「ゲームだったら、ドロップアイテムとかあったけどどうなの?なんか価値のあるものは採れないの?」
“魔石が採れる。大サソリの魔石は胸の下側にある”。
「おぉ、魔石あるんだ。で、サソリの胸ってどこよ」
(解体は少し引いたけど、やってみるとちょっとエビっぽくて意外と平気)
「私って、ガサツなのかな。あっ、これね。あった」
ピンポン玉くらいの薄い赤茶色の石だった。握ると魔力が込められているのが分かった。鑑定すると大サソリの魔石(中)、良品と出たが今一つピンとこない。二匹とも魔石を回収し、クリーンをかけてポーチにしまう。肉はエビのような尾の部分だけにした。毒腺がある背ワタを取り除いて、こちらもクリーンを掛ける。するとアンモニア臭が抜けた。
しかし、クリーンは本当に助かる。今でも屋外でするトイレは精神的にキツイ。しかし、その後で清潔にできることは大きい。実は文明的とか以前に、匂いが魔獣を呼び寄せる要因の一つらしく、リスク軽減にもなるらしい。ちなみに生活魔法で水を飲もうとして、出しすぎて頭から被ったとき。クリーンで乾かせた。なんか、清めると言うより、“不要なものを除く”とか“良い状態にする”ような感じだ。カサカサに乾いた髪は潤った。解説には、弱いが毒消しの効果(多分消毒や除菌)もあるともなっていた。生活の中で使い出がある。さすが生活魔法。
(さて、時間を食ってしまったけどまた走り出そう)