アカデミー 6
「あかん、あかん、そらあんかんでー」
今日、何度目かの否定の返事を恵は貰っていた。クロエの提案に沿って誕生会に誘っていた友達に、場所の変更を告げていたが、セリアもステラも下級貴族であり案の定王宮と告げると尻込みした。それでも、謁見などの経験はあるので、リラに比べれば説得はし易かった。
(難易度が低いと思われる順番で来たけど、やっぱりリラの抵抗が一番強そうだね)
「みんな一緒だから大丈夫だって」
「そないに、気軽に言わんといてや。メグんちに行くんも、根性決めなあかんのに。王宮やろ、何考えてん。それにみんな一緒ゆうても、うち以外お貴族様やんけ。無理、無理」
「でも、クロエ殿下もショールを一緒に作った子って言ったら。是非連れて来いって」
「あかん、あかん、着ていくドレスもあらへんし」
「ドレス、私から贈るから問題なしだよ」
「祝われる側がすることちゃうで」
「無理言ってるの分かってるから、そのお詫びと思ってくれれば良いよ」
「無理って分かってるなら、誘わんといてや」
「クロエ殿下の誘い断ったらどうなっても知らないよ~」
「わっ、目がマジや」
「マジやで。もう観念しなって」
「観念しないと出られないお誕生会って、なんやねん!・・・はぁ、しゃーないわ、メグと友達になったんが運の尽きやな」
「リラ。メグ姫さんと王宮行くんか。えぇなぁ」
「いつでも変わったるでー」
「しっかりめかし込んどけや、メグ姫さんの付き人に間違われるで~」
「ほっとけ!」
恵たちの会話を耳にした錬金科の生徒が次々にリラをからかいに来る。恵はこのクラスでは”メグ姫さん”との呼び名が定着していた。当初は恵も抗ったがなし崩しに決められてしまった。
(このクラス、段々容赦なくなってきてるよ)
「リラ、そろそろ行くよ」
「そやった!」
「リラ、どこ行くんや」
「ギルドや。この前メグと作った魔道具の登録やで。風のショールって言うんや。洒落てるやろ」
「もの見てへんし分からんけど、気張りや。あそこの審査官えげつない奴おるで」
「まぁ、成るようにしか成らへんて。ほな、行こか」
錬金術師ギルドは、工房街の東門に向かうメインストリートにある。アカデミーからの帰宅途中に寄るので恵の馬車にリラが同乗してむかう。二十分も掛からない距離であるが、リラは窓に張り付いて街並みを眺めていた。恵はそんなリラを微笑ましく見ていた。同行するメンバーはいつもの通りアリスとルシィ、御者はロジェだ。
王都の錬金術師ギルドは、この国の錬金術師ギルドの総本山だけあり、四階建てのレンガ造りの建物は大した威容だった。ロジェは馬車で待つと言い、四人で中に入る。そこには大理石を敷き詰めた広い玄関ホールがあり、多くの人で賑わっていた。恵たちはそのまま奥まで進み受付に並んだ。
「はい。次の方」
「先日申請を出したものです。連絡を頂き、本日は審査を受けに参りました。これが、召喚状です」
「はい、申請番号六百二十三番のマルグリット様ですね。五番の会議室へ行ってください。会議室の場所は、そちらの案内板をご覧ください」
受付の女性は必要事項だけを事務的に伝えて、”はい、次の方”と後に並ぶ人に視線を向ける。さすがに王都だけあって、ファミリーネームのある貴族名でも関係が無いようだ。指示に従って会議室へ入る。中は小さな本棚と八人掛けのシンプルなテーブルがあるだけだ。本棚には、錬金術師ギルドの機関誌が並んでいた。壁には、錬金術師ギルドの事業内容と国へ貢献していることをアピールするポスターが貼られている。
皆で椅子に座ろうとするが、アリスとルシィは後ろに立って控えると言うので、”第一、ルシィさんは、今回登録する当事者じゃないですか”などと説得し座らせるまで苦労した。暫く待つと訪いともにドアが空き、四十代半ばの二人の男たちが入ってきて、ここの審査官をしている錬金術師だと自己紹介した。
「登録者は四名となっているが、ノア殿はいないのかね。書類上の不備はここに示した三点を書き直してもらえばいいので、今日は主に登録に値するかを確認したい。技術的なことを聞きたいのだが君たちだけで大丈夫かな」
「アシエ工房のリラです。うちらだけで大丈夫やで。何でも聞きーや」
「では、この魔法陣についてだが、これは人から無意識に放出される魔力を使っているね。何か参考にしたものは有るのかな」
「はい、光る装飾品で用いたものを基にしています」
「そうです。”光る装飾品”の登録が公開されて以来、漏えい魔力を使った発明の登録申請が続いるんですよ。多くは単に”光る”から他に変えただけで進歩性が無いと判断している。これは光を風に替えただけではないんですか?」
「風を起こす魔力量は、光らせるものに比べてかなり大きくなります。しかも、涼を取る目的なので、連続的に風を送る必要があり、単純に魔石に蓄えるだけでは使えません。そこでショールとし身体との密着面積を増やして魔力量を確保するとともに、一秒間に十回、瞬間的な魔法を繰り返し、連続的に風を送るようにしました」
「微弱な魔力を如何に効果的に使うか。面白い。いいじゃないか」
突然背後から声が掛かった。
「ギルマス!」
審査官の二人が声を上げる。何時の間にかドアの前に、身なりはきちっとしているが、お腹の出始めた具合が妙に愛嬌がある中年紳士がにこやかに立っていた。
(王都の錬金術師ギルドのギルドマスター・・・あっ)
恵は、立ち上がりカーテシーをして挨拶した。
「サー・エタン・ランペール、お目に掛かれて光栄です。マルグリット・スフォルレアンと申します」
「これは、ご丁寧に。ガルドノール伯爵令嬢様。ギルドマスターを務めるエタン・ランペール準男爵です」
「どうぞ、マルグリットとお呼びください」
「俺のことも、エタンと」
「マルグリット殿、ガスの奴からはもう一人弟子がいると聞いていたが」
恵は横にいるルシィに目を向けた。
「ルシィと申します」
ルシィは略式の騎士の礼で挨拶した。
「おぉ、君だったか。本当に若い子たちだ。二人とも優秀だと聞いているよ。先ほどの説明を聞いて納得したよ、あいつが自慢するわけだ。さっき話がでた便乗の申請なんだが、半分以上は動作しないような代物なんだ。そんなもんばかり見せられて、こいつらもイライラしていてな。勘弁してやってくれ」
「ギルマス。ぶっちゃけすぎです」
「審議官は、ねちねち細かい難癖をつけるいけ好かない奴なんて言われているが、欲の皮が突っ張った連中や中途半端なものを持ち込む連中が多い中でも、厳正に発明者の権利を守るためにやってるってことを若くて有望な錬金術師には知っておいてもらった方が良いんだよ」
(師匠とは対照的な感じだけど、結構いいコンビだったのかもしれない)
「で、どうなんだ、このショールってのは」
「あっ、試作品持ってきてます」
「おぉ、見せろ見せろ」
恵がマジックバッグから取り出したショールとエタンは食い入るように調べ始めた。
「試作品の割に、良い作りしてるな。さすがアシエだ」
「ノアさんには、製作工程のことでいろいろアイデア頂きましたが、殆どの作業は、このリラがやってくれました」
「ノアの娘か」
「せや。出来はどないや」
「いいじゃねえか。あいつも良い跡取り持ったな」
「いや。アシエを継ぐんは弟や。うちは独立するんや。そのために頑張っとる」
「そうなのか、頑張れよ。応援してるぞ」
「おおきに」
「どれ・・・おお、結構風が来るぞ。こりゃいい」
エタンは色々とショールを試してみている。
「なぁ、マルグリット殿。これの工夫、さっき話しただけじゃないだろう」
「・・・」
「いくらシルクを使っても、魔法陣として成立させるには染めただけでは出来ないと思うぞ。言っちまえよ。ここにいる連中なら大丈夫だ、俺が保証する」
「その口調は、エタン様は心当たりがあるのですね」
「あいつが機関誌にあんなもん投稿したからな」
「メグ、何の話や。染める過程は立ち合ってなかったからうちは聞いてないで」
「うん。登録終わったら話そうと思ってたんだ・・・」
「あいつの弟子とは思えない、良い判断だ。リラと言ったか。おまえ、ルアン・ポーションの紛いもんの話は聞いたことないか」
「魔力回復が悪い粗悪品ってやつやな」
「あれは、たぶんこのお嬢さんが仕掛けた」
「あぁ。分かるわメグは根性悪いし」
「いやいや、権利登録する錬金術師の自己防衛だ。それでいいんだよ。あれな、”えぐみを炭でろ過してって“さらっと書いてあるけど、ちゃんとガスの奴に指導を受けないと、魔力成分までろ過に引っ掛かって魔力量も下がるんだ。それが、不正防止の一つになってるのさ。ギルドの方でもその手の苦情が来ると、調べて摘発している。結構罰金ふんだくったぞ」
「さすがエタン様です。今度のも同じ手を使いました。魔石のインクに活性剤を加えて、布にしっかり馴染ませると同時に、インクを乗せない部分にはトレントの炭を溶かし込んだ蝋で滲みを止めて輪郭をくっきりとさせています。」
「やっぱりか。ただな、そのからくりのヒントになることを、ガスの奴が投稿しやがった。あの唐変木が」
「私も悪かったのです。師匠がなぜうまく行ったのか研究したいと言っていたのに、上手く行ったからいいって次の作業を強引に進めたもので」
「それでも暇を見て、一人でいそいそと研究してたわけか」
「たぶん」
「世俗にまみれず真理を追究するのがガスパール様の良いところです」
(おぉ、ルシィさんいつになく力が入っている)
「泣けるねぇ。あいつは本当に良い弟子持ちやがった」
「機関誌に乗りましたから追々バレてゆくと思いますが、真面目にやっていらっしゃる方もたくさんいらっしゃるのであまり心配はしていません」
「それに、機関誌を真面目に見てる奴は少ないからな。はっはっは」
「それをギルマスが言うたらあかんやろ」
「おまえら、登録決定で良いな」
「は、はい」
「それで、権利はどうする」
「権利は、ノア殿、リラ、ルシィ、私で均等割り、生産と販売はアシエに一任です。これが、ノア殿との覚書の写しです」
「まあ、今回はシルク製品で貴族相手の商売だからしっかり利益を取るわけか。庶民向けの”メルのカップ”は権利放棄をしたり、メリハリをつけているところがいい」
審議官の二人もエタンと一緒に頷いている。
「おとんが、シルクの仕入れどうしようって頭抱えてたわ」
「それ私がやっておくよ、今回の試作で仕入れルート探したし・・・凄い宣伝してくれそうな方に渡してあるから、ちょっと多めに手配しておくよ」
「せやった・・・やばいでこれ」
「ん、どうした」
「メグがなぁ、もう一つ作った試作品を王女殿下に献上したんや。アカデミーじゃメグは、王女殿下の妹で通っとるんや」
「確かに、こういうものは上から攻めろって言うがな」
「えげつないやろ。しかも別のお願いするために献上したらしいで」
「全く貴族ってのは、あっ、俺も一応遺族だった。だが、貴族で奪い合いになったらお前の店は大丈夫か」
「ギルマス。何とかならへん」
「だから、リラもあたしの誕生会でクロエ殿下と顔合わせしてもらうんじゃん。クロエ殿下と仲が良くてあの店に手を出すと危ないって噂にしておくから」
「うち、もう何でもようなってきたわ」
「ガスの奴、とんでもない弟子を抱えたんじゃねえか・・・」
「皆様、メグ様を基準に考えないでください。貴族はもっと常識的です」
「アリスはん、あんた・・・」
「何か」
「・・・何でもあらへん」




