サバイバル 5
部屋の片付けが終わると座りこみ、携帯保存食をまた半分食べた。空腹が収まりホッとすると、まがいなりにも建物の中に居るせいか突然・・・。
「お風呂入りたい!!」
叫んでしまった。顔も洗ってない、歯も磨いていない、下着も服も替えていない。体中埃だらけ、髪の毛はぼさぼさでゴワゴワ。女性にはありえない仕打ちに、癇癪を起した子供のように暫くじたばたしていた。やがて、そんなことをしていても何も変わらないと大人の自分が無理やり気持ちを切りかえる。
その後は、寝るまで本で覚えた魔力の訓練を続けた。へそ下の魔力器官と器を意識し、手のひらに魔力を注ぎ込む、イメージトレーニングのような訓練だ。単純な訓練の繰り返しだが、続けることで先ほどじたばたしていた気持ちが凪いでくる。そして眠りについた。
暁のころ、危険察知が反応して跳び起きる。索敵をしてみると、近くに魔獣が来ている。反応の数は五。こちらに気づいている様子はない。じっと闇の中で堪え、気配を探る。暫くすると気配は遠ざかって行った。
ほっ息とついて腰を下ろす。夜明けまではまだ時間がある。もう一度寝ようかと思ったが、目が冴えてしまった。まだ魔獣はうろついているだろうから、早めに出発するのも危険だ。
どうしようかと髪をかき上げ、砂埃でざらつく傷んだ髪の手触りを感じた瞬間、涙が止まらなくなった。昨夜の子供のような癇癪よりたちが悪い。かなり来ている。あのクズが、お金持って消えたとき並みだ。あの時は美咲さんが助けてくれなかったら危なかった。街中でもないこんなところで あぁなったら確実に死ぬ。今の私は、大学を卒業したばかり女の子ではない。“お偉いさん”と言う名のスケベオヤジどもと渡り合ってきたおばさんだ。
(昨晩と同じように、シンプルな魔力訓練をしよう。没頭すれば心は凪ぐ。それに訓練することが、生活魔法への近道だ・・・生活魔法・・・クリーン!そうクリーンさえ使えれば)
それから、恵は夜が白むまでの間、一心不乱に練習した。ただ繰り返すだけではない。一回一回に集中し魔力に流れを意識して試行錯誤しながらであった。訓練の結果か、何かを感じはした。ただ、残念なことは、それが魔力なのか分からず、確信が持てなかった。スポーツをやっていたときの癖で、本に書かれていた体の中の魔力伝達の手順を分解して、詠唱と工程の各要素の意味と効果を考えつつ反復練習を行った。上達の秘訣に神への感謝と記述があったが、聞いたばかりの神様にそんなもの持てるわけはない。
「神への信仰心が足りないとか言われたらアウトだわ」
明るくなり始めて、訓練を終えた。食事をして、出発しなければ。携帯保存食、昨日の残りの半分を食べよう。ポーチに手を当てたとき気づいた。
― 大喰らいのポーチ 収納量18% 魔力残量82% ―
魔法スクロール SS級アブソリュートゼロ×1、S級アブソリュートゼロ×1
食料 携帯保存食×1 携帯保存食(食べかけ)×1 ヤク芋(小)×3
書籍 ゴブリンでも分かる生活魔法×1
貨幣 銀貨×10、小銀貨×10
「魔力残量が減ってる」
(なになに、えっ、魔力切れると中のもの飛び出しちゃうの!そりゃそうか。便利グッズも動かすには充電?しないとね。一昨日の昼に初めて見たときは、100%だったから、まあスマホといい勝負かな・・・)
「どうやったら充電できるの」
(ポーチに手を当てて魔力を流し込むのね。訓練と同じことをやってみよう。・・・うーん。集中。あっ、やっぱりこれが魔力の動く感覚だったんだ。増えてる、増えてる)
すぐに100%になった。MPは4減った。
実際に魔力をやり取りする対象があった方が分かりやすいようだ。スクロールを初めて使ったときも何かが抜けるような感じがしていた。ちょっと違うのは、今回はこちらから押し流す感じだ。
そして、魔力操作術が発現した。これを見つけたら途端に気持ちがハイになった。思わず後先を考えずに魔力操作術をランク10に上げていた。そして、両手を自分の胸に当て、髪の毛が、肌が、服が、身体全体がきれいになること思いながら、魔力を手に満たしクリーンを唱える。すると、魔力が放出される感覚に続き、全身がぼんやり発光した。根拠は無いのに上手くいったと確信していた。全身を触ってみると、肌はスベスベ、髪はサラサラ、服はおろしたてのようにきれいだ。
「やった。やった。やった。やった・・・」
両手をグーにして、何度も頭上に突き上げていた。若ければ踊りまわっていたかもしれない。
(十歳だけど)
少し落ち着いて“ステータス”を確認。ランク1の魔術があり付帯テクニックには“生活魔法”があった。魔術をランク5まで上げた。残念なことに他の魔法は現れない。魔術のテクニック発現条件は別にあるのだろう。ちなみに、カンストさせた魔力操作術には、“魔力検知”、“魔力分析”、“魔力操作”、“詠唱破棄”とある。短時間とはいえ、手順を分解し、工程を考えながら必死に試行錯誤と反復を行った訓練は無駄ではなかった。多くのテクニックを生むことになった。
朝食をとって早々に出発しよう。ポーチに手を当てて考える。携帯保存食は1パックと半分しかない。人里にたどり着くまで持つのか?幸い生活魔法が手に入ったので水の心配はなくなった。水があれば少しは長引かせられる。だが限度はある。
(そうだ、朝はこのヤク芋にしよう)
破材を削って串を作り、クリーンをかけて芋を串にさす。左手で串を持ち、右手を芋にかざし“イグニス”で炙る。本来の使い方である着火ではなく、面にした魔力を熱に変えるイメージで出し続け芋を加熱する。恵が炭火を意識しため遠赤外線に変換されていた。
「よし、これを魔法“グリル”と名付けよう」
ヤク芋は、見た目を裏切らない男爵系のジャガイモのような感じだ。
「バターほしい。でももう一つ“グリル”!」
その後、芋を三つとも食べる。
このとき恵は、“グリル”と叫んで魔法を使っていたことに気づいていなかった。後に気づくことになるが、このとき “魔法創造”のテクニックが発現していた。
生活魔法の水を飲み一息つく。生活魔法のウォーターは、大気中の水蒸気から水を取り出しているようだ、魔法をかけると風が吹き、目の前で集まってきた空気の流れからちょろちょろと水が流れてきた。