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お披露目会 8

社交シーズンが始まり、大人たちは殆ど毎日あちらこちらと出掛けている。お披露目のあった初日の社交界の夜の部で、正式にエマの皇太子との婚約が発表された。そのせいもあり、スフォルレアン家は例年以上の招待がきている。恵も昼のお茶会に招待されてそこそこ忙しいのだが、夜会に出ない分、大人に比べれば余裕はあった。

ちなみに、婚約発表の翌日、サイモン、ブロンシュ、エマの三人で登城し、国王ジャン、王妃ルイーズ皇太子アレクシスに謁見し、結納に当たる儀式を行った。花嫁側の親からは持参金をだし、花婿側は花嫁の土地や住まいを用意するのがこの国の習わしだ。結納は一般の市民も行っている。ただし、現在の城壁の中の限られた土地では花嫁に土地や新しい住まいを与えるのは困難だ。そこで、見せかけの土地の権利書を用意する習慣が出来た。土地を持つ貴族は、結納用の土地の権利書を発行する。ただの紙きれで大した金額ではないが、爵位の高い貴族のものの方が値は高い。ところが、より高位の貴族のものを送るのが誠意とされ、スフォルレアン家のものよく出ていると言う。エマの場合は相手が皇太子のため、流石に紙きれではない。皇太子の住まう東宮に隣接する庭園がエマに名前を冠したものになった。尤も、アレクシスへ王権が移譲されエマが王妃になると庭園の名前も元に戻るのだ。

セリアとそれに絡む王女の一件は、表面上無かったことになっているが、噂は急速に広まった。それもあってか、お茶会での恵に対する聞えよがしの皮肉は鳴りを潜めた。もっとも、きつい視線を送ってくるものはまだいるし、妙にすり寄ってくるものもいるので、相変わらず気は張っていないといけない。

王城主催のパーティーとは異なり、貴族同士の集まりにはそれぞれの護衛も同行する。恵の護衛は、ルシィとカミーユが交代で勤めていたが、主にはルシィであり、護衛隊の隊長は彼女に固まりつつあった。ただこのところ、ルシィの機嫌が悪い。原因は分かっている。ニコラだ。

あの模擬戦以降、恵の護衛と館の従士の仲は良くなり、訓練も合同で行い、ときどきは恵も見学していた。恵への突っ込み要求は、ライアンが使用人一同に話しをして沈静化したものの完全に無くなったわけではなかった。本来なら嫡男が言い聞かせたことが守られなかった場合は、厳しい処分が下されるのであるが、あるとき、使用人のボケに対して突っ込んだ恵を見たライアンが堪え切れなくなり笑ってしまったのがいけない。領主一家が笑うようなボケは有りとの風潮が出来てしまった。

そのような中で、ニコラがボケたのだ。彼はここの気風が有ったのか急速に馴染んだ。館の従士にも実力が認められたうえに、性格が好まれ、いまや何年も前からここにいたような顔をしている。時々、言葉尻が関西風になっていた。アリスは、ニコラがそのうち恵のことを”お嬢”から”こいさん”と呼ぶだろうと、おかしな予言をしたくらいだ。これに怒ったのが、ルシィだ。本来、エリアスの抜けた穴を埋めなければならないのはニコラだ。それがこの有り様である。真面目なルシィはずっと苦々しく思い、それをため込んでいた。それが、そのボケをみて一気に爆発した。

恵も忙しさにかまけて、護衛仲間に目が届いていなかったことを反省し、三人で話し合い、一応は落ちついたものの、こういうことは解消には時間が掛かる。

(ルシィさんには負担を掛けてしまったからね・・・ちょっとケアを考えないと)

実のところ、護衛の体制については本格的に考えないといけなくなっていた。エリアスが正式に近衛に配属されることになったからだ。入隊試験を受けたエリアスが、ひねくれもので有名だったはずの近衛師団の師団長アホン・ジハァーウに気に入られてしまったのだ。彼は、単にひねくれていたわけではない。派手な技やパフォーマンスが横行し出した剣の世相に対して、自分なりに否を示していただけだった。正統な剣技に、精妙な太刀筋、飾らず一見地味に見えるが、見ていると目が離せ無くなり、美しいとさえ感じるエリアスの戦い方に、自分の後継は彼しかいないとまで言わせた。

(エリアス卿が認められたのはうれしいけど、困った・・・ちゃんと捻くれてよ。まったく)

恵の選択肢としては、護衛部隊の取りまとめはルシィにお願いするしかない状況だ。頭もよく、後方支援から全体を俯瞰して指示が出せる素養がある。ただ、若く経験も自信もない。責任感でイッパイ、イッパイのところで今回のことが起こってしまった。

(ちょっと落ち着いてもらう期間を作るかな)

結局、恵はルシィにルアンまでのお使いを頼むことにした。社交シーズンまっただ中なので、護衛部隊全体で動くことは無い。お茶会への護衛にはカミーユについてもらうことにして、事務や連絡は恵自身で行うことにした。

(師匠の顔を見て、息抜きしてもらおう)

当然それだけではない。クロエに助けられたお礼を考えていた恵は、魔石を使った魔道具の検討を始めたのだった。ルシィにも相談しながら進めてはいたのだが、ガスパールの力が必要になっていた。

(もともと、師匠との連絡係をお願いする約束だったしね。当然、ルシィさんがいない間にニコラにはきっちり説教しておかないとだけどね)

「メグ様。何か悪いことを考えていませんでしたか?」

横にいたアリスが、恵の顔を覗き込んで聞く。

「悪いことなんて考えてないよ。ただちょっと、ルシィさんの件でニコラとは話し合っわなくっちゃと思ってただけ」

「あぁ、それはいいことですね」

と言って、アリスは悪い顔をして笑った。

(ニコラごめん、言い聞かせがお仕置きに変わった)


今日は、王都の図書館へ調べものだ。ガスパールに頼るにしても、恵も出来るところは進めるつもりだ。恵には鑑定術の検索テクニックがあり、書籍化されていればその情報を引き出すことは可能である。しかし、検索キーワードが適切でないと適切な情報を拾い上げられない。確かに鑑定による検索は、概念による検索も可能で前世のインターネットのあいまい検索より優れている。しかし、ベースの知識があるか無いかで、検索の深みは変わる。やはりベース知識を得るには、科目ごとでまとめられている書籍は優れていた。

魔法スクロールの文献と探査に関する魔法陣の文献を探しに行く。どちらの技術も、今回製作する魔道具に組み込む予定だ。

図書館は、南区のアカデミーの近くにある。馬車から眺める南国の風景は、冬とは思えない。

「ほんと温かいよね、ルアンにいたときは、農閑期で庶民は冬仕事、貴族は社交だったけど、こっちの農家さんはまだやってるよ」

「あたしは楽でいいけど。折角メグ様がメルの五番を作ってくださったけど、ほとんど使わなくて申し訳ないくらいだよ」

メルの五番は、”メルの魔法カップ”のシリーズで冷え性の魔力薬用だ。カミーユが冷え性なのでメグが用意していたのだ。

「申し訳ないだなんて、使わないに越したことはないよ。ところで、リュカはどう?」

「結構落ち込んでる。何時かはエリアス様も戻るだろうと思っていたのに、それがね・・・」

「そう・・・」

「剣の先生ってだけでは無かったみたいだよ。あたしたち孤児は、どこかで親を求めているのかもしれない」

「リュカにとって、エリアス卿がそんな存在だったのね」

「戦い方を真似てるだけじゃないじゃない。普段の生活態度も雰囲気も、孤児院時代からは考えられないくらい変わったでしょう」

「そうそう、それは感じてた。なんとかしなくちゃねぇ」

「なんとかなるの」

「エリアス卿を戻すことは出来ないと思うけど・・・別の手立てなら」

「メグ様、お考えにふける時にその悪い笑みはおやめください」

「だからアリス姉、別に悪いことは考えてないって。ちょっと王女様にお願いするだけだよ」

「ダメな場合はエマ様を使って?」

「”使って”なんてそんな・・・お願いするときに口添えをしてもらうだけだよ」

「それを、世間では”使う”って言うんです」

「とにかくこれで、プレゼントする魔道具作成にますます気合が入るね」

「でも、アリスさん。メグ様が誰かにあげるものって、やってもらう内容に釣り合っていないと思うんですけど。メルの五番も、私のために作ったって聞いてびっくりしました」

「そのへん、メグ様は常識ないですから」

「確かに」

「ちょっと二人とも。私を非常識な人間みたいに言わないでよ」

「非常識でしょう」

「規格外の非常識です」

「ぬぐぐ・・・」

図書館での調べ物は、順調に終わった。さすがは王都の図書館である。魔法スクロールの基本原理から作成法まで全部調べられそうだ。また探査魔法を解析した研究論文も見つけた。情報量が多いが後は鑑定術を使えば何とかなりそうだ。これで目処が立った。後は、ルシィがもたらすガスパールからの情報がうまく合えば、考えていたものが出来るかもしれない。

今回、恵が作りたいと思ったものは、魔石を使った魔道具である。これまでの経験の延長線で、人から漏れ出る魔力で発動のトリガーを作り、目的の魔法を発動させる。魔法は、スクロールと同じで魔石を使う。いわば自動で起動する魔法スクロールである。クロエが王女であることを考えた結果、危険を察知すると自動で起動するホーリー・シールドとなった。

だが危険察知のように曖昧な起動条件を作るのはまず無理だ。起動に使える魔力も少なく出来るだけシンプルにもしたい。結局、高速で近づくものがあると起動するようにしてみた。しかし、実際にはこれでもかなり複雑になると予想された。

(たぶん、ペンダントやブローチの大きさでは魔法陣が入りきらないよ)

恵がガスパールに聞きたいことは魔法陣の多層化についてである。初期の構想段階からこの課題は予測できていたのでルシィと実験をしていたのだ。各工房で秘匿されているが、魔法陣の多層化は既に実用化されている技術である。熱と風を組み合わせた小型のドライヤーのような魔道具を入手して調べてみたが、外観からはそこそこの厚みのプレートに魔法陣を書いて重ねている様子で、恵が望む大きさには至っていない。恵はこれを、魔力を通しにくいトレントの樹液でコーティングした上に魔法陣を書き、更にコーティングをしてまた魔法陣を書く方法で小型化しようと考えた。しかし、羊皮紙の上でやってみたが、それぞれの魔法陣が干渉して魔法が起動しなかった。試しに二枚の羊皮紙の魔法陣を重ね合わせると干渉し、間隔をあけると干渉が無くなる。入手した市販品と比べると、羊皮紙の場合はそれより広げないと干渉するので、これでも特別な技術が使われているようだが、目指しているものはそれを越えなければならなかった。

「バームクーヘン式っていう名前まで考えていたのに・・・」

「バーム??・・・なんですか」

「いいの、いいの、心の声が漏れただけだから。・・・うぅ~師匠~助けて~」

「だだ漏れですね」


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